第8話 愛の在り方

「いってぇ…」


「妹さんに殴られて嬉しいの間違いでしょ?」


 そう言って私を嘲笑う女性は太陽の光を浴びて艶やかに輝く黒の長い髪がなびかせていた。

 一見清楚に見える彼女の腹の中は真っ黒だ。それはもうあらゆる色の絵の具を混ぜて行き着いた黒のように得体の知れなさを感じる。


「俺は妹に欲情するような変態じゃねぇよ」


「そうだったわね。あなたは私に思う存分殴ってもらいたいタイプよね?」


 次から次へとどうしたらそんな言葉が出てくるのだろうか。

 彼女の悪魔のような微笑みが末恐ろしい。1度彼女のペースに乗せられてしまうとやられ放題である。


「そんなことどうでもいいけど、今日はあの女一緒にいないわね」


「来栄のことか?確かに今日は居ないな…」


 まさか幼、小、中、高と皆勤の来栄が体調不良程度で休むとは思わないが何かあったのだろうか。一応幼馴染でもあるから心配ではある。


「まぁ、後でよってみるか…」


「なに?あの女のところにいくの?」

 ぼそっと呟いた言葉決して彼女は逃さなかった。顔はさっきとは真逆の明らかに不機嫌そうな顔をしていた。

 麻衣は来栄とは犬猿の仲である。そんな彼女は私の来栄を思う発言が気に食わないのだろう。


「腐っても幼馴染だからな。それにあいつ母子家庭でなかなか親が家にいないからな」


「ふーん。あっそ。勝手にやれば?」


 俺の言葉に気に食わなかったのか、かなり素っ気ない返事を受けた。

 麻衣とは気まずいまま、大学へ向かうことになってしまった。

 なんと朝から踏んだり蹴ったりなのだろうか。


 ◇◆◇◆◇◆


「さぁ入って!」


 私は来栄さんに促されるまま、部屋へと入っていった。夜かと思うほど暗く部屋のレイアウトは見えない。

 ただドアを開けた光が部屋に入り何か壁に色々ついているのがわかった。


「ここは?」


「私の部屋。と言っても普段使っている部屋とは別だけどね…」


 そう言うと来栄は明かりをつけた。

 するとそこには口が無意識に開いてしまうような光景が私の目に写り思考を一時的に停止した。


「こ、これは…?一体どう…して…?」


「ふふ。驚いた?どれもいいでしょ?」


 来栄さんの部屋の壁に至る所に写真が貼られていた。しかもその写真というのは私の兄伊月の写真。

 普通の集合写真や何かの記念に撮った写真ならば納得はすると思う。しかしその写真というのは明らかに盗撮しただろうというようなものばかりであった。


「どうして兄貴の写真が…しかもこれは…」


「あなたの言いたいことは分かるわよ。いつ撮ったのか?でしょ?」


「ええ。こんなの普通じゃない…おかしい」


 私は来栄さんを軽蔑した。だってこんなのおかしい。兄に対する感情は恐らく普通の恋愛感情とは違う。

 私はここから去ろうと決意した。


「私帰ります…」


 そう言って帰ろうとした。しかし、私の右手を掴み離さなかった。

 振り返り来栄さんの顔を見る不気味な笑顔をしていた。そして彼女の目はまるで遠いところを見つめているような焦点の合ってないような目であった。


「あなたも私と同類よ?みっちゃん?」


「何をいってるんですか!?私は兄貴にあなたのような感情は…!」


「自分を偽るの?いっちゃんにをしておいてよく言えるね?」


 その言葉を聞いた時に私は心臓が止まりそうになった。彼女は私の右手を離した。

 彼女は決して適当なことを言ってる訳では無い。

 彼女は知っている。私と兄のことを。彼女の目がそれを言葉なしに伝わってくる。


「みっちゃん。あなたはどれだけの仮面を被っていようとも、私には分かるわよ…類は友を呼ぶってね…」


「私はね…みっちゃん。愛にはそれぞれの形があると思ってる。例えば、あの麻衣ちゃんなら好きな人を虐めるということで伝える愛。別に愛に異常も正常もないのよ」


 彼女の言葉には妙な説得力のようなものが今の私には感じられた。

 なぜなら私は実の兄に対して妹とは思えぬような感情を持っている。

 そしてそれを見透かされている。しかし何故だろう、そのこと知られたことが私には妙にスッキリし、心に開いた穴が埋まったかのような感じがした。


「来栄さんは兄貴のことを一体どう思って…」


「いっちゃんのこと大好きよ。1人の異性として、心も身体も全て愛してる」


「私はいっちゃんのことを思う度にここが濡れるの」


 そう言って来栄さんは女性の秘部がある部分を右手で触った。


「ふふ。あなたもやっているのでしょう?いっちゃん、実の兄をオカズにして」


 冷や汗が止まらなかった。私がやっていたことを全て知っているのではないかとあらゆることを把握しており、彼女に恐怖すら感じた。


「私はいいと思うわ。それも愛だから。だから私はあなたを否定しない」


「来栄さん。私は…!」


 私が言葉を発しようとした時に、突然抱きしめられた。


「あなたの全てをさらけ出しなさい。深月?」


 私はどんどん彼女に取り込まれていくような気がした。しかしそれはもはや私の思考では止められるようなものではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る