第八章 白藤銀次は剣を振るう(1)

 そのメールが来たのは、アリスの治療が終わってから一ヶ月後だった。痩せたアリスも多少元気を取り戻したころだった。

 あの日以降、Xはぱったり姿を現さなくなり、優里は何を企んでいるのかと、懸念していたときに来たメールだ。

「優里の、馬鹿」

 アリス、銀次、シュナイダーに届いたメールを読むと、アリスが苦々しげに呟いた。

 優里から送られて来たメールは、今日の昼に手持ちのXを全部放つ、というとんでもないものだった。

「予告してくる、とか遊んでるんでしょ。優里のやつ」

 ケータイの画面を割りそうな勢いで、机に叩き付けながらアリスが言う。

 同じくケータイ片手に届いたメールを見ながら、銀次とシュナイダーもアリスの部屋に居た。

「遊びたいって、言ってましたからね、優里さん。最後にデータを取るつもりなんでしょう」

「いっぺんに送りこむことで、銀次くんの状況にも変化が訪れるでしょうし」

「確かにこの間みたいに、一日に何体も相手にすると、薬が効く限度ってものがありますよね」

 シュナイダーの言葉に銀次も淡々と事実を返す。

 アリスの眉がぴくりと動いた。

「……それ、本当?」

 そして伺うように尋ねてくる。

「はい」

 頷くと、

「……そう」

 溜息をつきながらそう呟いた。

「それは、やだな」

 小さな声がその唇からこぼれ落ちる。

「……なんで白藤ばっかり」

 さらに小さな声で言われた言葉に、心臓が跳ねる。ああ、そんなことを思っていてくれたのか。自分ばっかりが犠牲になっていると、心配してくれていたのか。

 アリスは呟くと、そのまま両手で顔を覆う。

 彼女を傷つけることは、心配をかけることは本意ではなかった。だからといって、このままで居るわけにもいかない。逃げ出すわけにもいかない。

 優里が現在飼っているXの量がどれほどだかわからないが、放置していたらアリスだって無事ではすまされないだろう。そんなわけにはいかない。

「お嬢様」

 顔を覆ったまま動かないアリスを呼ぶと、

「なに」

 彼女はゆっくり顔をあげた。

 泣いてはいなかった。ただ、何かに耐えるように唇を噛み締めていた。

「とめないでください」

 はっきりと告げた。

 それに、自分は犠牲になっているわけではない。そんな風には、今は思っていない。今は寧ろ感謝している。大切な人を守れる力を手に入れていることを。自分自身の力で、アリスを守ることができることを。

「……勘違いしないで」

 アリスも真っすぐに銀次を見つめ返した。

「誰も行くな、なんて言っていないわ。ただ、世間なんていう曖昧なもののためじゃなくて、白藤」

 ゆっくりと、はっきりと、いつもの勝ち気な言い方でアリスが続けた。

「私のために戦いなさい。そうして、ちゃんと全てが終わったあと、私の無事を確認しなさい」

 少しだけ笑う。

「これは命令です」

 ああ、そんなこと。

「言われなくてもそのつもりです」

 微笑み返す。

 そうやって、決意したのだ。すでに。

「私はお嬢様をお守りします」


 失礼します、と銀次が部屋をでていった。

 ふぅっと息を吐きながら、アリスは背もたれにもたれかかる。

 ここにきて優里が言っていた意味がわかった。まさか、優里が敵にまわってから、わかるだなんて思わなかった。

 いや、あの時にすでに優里は敵だったのか。どういう気持ちで言ったのだろうか。曖昧なもののために戦うことの是非について。彼女は、何を考えていたのだろうか。

 銀次には、自分を守るために戦ってもらいたい。それは自分の気持ちを満足させる意味もまるし、彼に帰って来ることを強要させることができる。

 銀次が自身を犠牲にして世界を守っても、アリスの心は守れない。それは銀次だってわかっているだろう。だから彼は帰って来る。

 そう、未来を押し付けた。

 無責任に。

「……お嬢様」

 控えていたシュナイダーが、そっと、伺うように声をかけてくる。

「なにしているの、行くわよ?」

 シュナイダーの声に、アリスは振り返ると、不敵に笑った。

 無責任に未来を押し付けた、その責任を今から多少はとりにいこう。全部はとれないけれども、少しぐらいなら。

「私を誰だと思ってるの? 出来損ないの不良品でも、ただ守られるだけのお姫様でもないんだから」

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