第31話 公女の勤

「準備は御済みですか、ルーナ殿下。」


「ああ、サーンディ上級魔導士、しかし、歩いて行ける場所に、態々わざわざ、高価なポワジューレ共和国製の魔導四輪車モーグコルクで行かなければダメなのか?」



 サーディは厳しい瞳で、私を見つめながら、


「警備上、移動は早く済ませるべきであり、また、此の魔導四輪車モーグコルクは特殊魔導装甲ですから安全ですし、殿下の父上、姉上もお使いになられています。」


 確かに父上も姉上もポワジューレ共和国製の魔導四輪車モーグコルクは良く使ってはいるが、此の国では魔導四輪車モーグコルクは超高級品だ、私はどうも、こいつを見せびらかすようで、あまり好きになれない。


 しかし、此処でサーディと争っても時間の無駄だから、私は諦めて魔導四輪車モーグコルクに乗った。





 時は、魔導暦2035年4月1日


 此の国の、学生達の新学期は4月1日から始まる。


 私は今、我が国の東の最果ての街、バルセリアにいる。


 一週間前、私の乗る魔導巡洋艦が謎の怪物に襲撃を受け、此のバルセリアの近郊に不時着した、


 その怪物の正体も目的も分からない、我々は第二、第三の怪物の襲撃に備えて、不時着した巡洋艦の改装を決断した。


 改装期間は一月、その間、公民には怪物の事を隠すために、私は、一月の休暇という名目で、魔導省の業務から離れ、公女としての責務を果す事にした。


 その最初の仕事が、バルセリアの魔導高等学校アウル・バ・ハウゼの入学式での講和。


 彼処の学長は、確か父上と昔、いろいろあった、魔導皇のジェルダだ。


 此は偶然なのか?


 ジェルダとあの化け物は何か関係があるのだろうか?



 ・・・



 いけない、疑心暗鬼になってる。



 此こそが、父上の怖れている事だ、


 此の疑心暗鬼のせいで、二百年前の、違法魔導士の『魔導大戦』では多くの魔導士が無実の罪で死んだ。


 あの悲劇を繰り返してはならない、実際、魔導省の実動部隊も動いている。


 私が取り乱したら、終わりだ。


 落ち着こう。





 直ぐに四輪魔導車モルグ・ドルクは、魔導高等学校アウル・バ・ハウゼの南門に付き、其処で教魔省のクレイド・ホルガンとキャリー・ベネディア、あと学校の学校事務職長ハウゼ・オルパーダ、エルデシィア・ガーランドが私を待っていた。


 エルデシィアの案内で、彼等と一緒に学園に入り、其のまま校舎に入った私は、



 えっ!



 校舎の廻廊かいろうに入った瞬間、私はウェルドの、ゴードバーレンの大自然の景色が目の前に広がり、



「こっ、此は、」


 

 エルデシィアを除いた、他の二人も同じような幻影を見ていたのか、呆然と立ち尽くしている。



 魔導術の『しん』?



 違う、色!色だ!!


 壁や天井に風景画が描かれている分けでは無い、しかし、見た瞬間の錯覚は、私、自信の過去の記憶!!


 其を思い出す程の色使い!


 天井の薄い蒼色あおいろに白い雲、光の当たり具合でまるで、雲が流れているように見える、


 壁も同じだ、美しい白い壁面に薄い上品なみどりが森に見える!!!


 凄い!!!


「あぁ、・・・エルデシィア事務職長オルパーダ、・・此の学校は凄いな、此の壁面や天井、其に美しい床、見事だ。」


 エルデシィアは嬉しそうに、


「有難うございます、ルナリィア殿下。」


 教魔省のクレイドが、


「エル君、此の壁面の色は、相当な画家に描かしたのか?」


 と、エルデシィアに聞いたが、彼女は首を振りながら、


「いえ、異国の学校作業員ハウゼ・アルパが、壁や天井が少し汚れていたので、掃除してもらったら、彼が色を塗ってくれて。」




 えっ!!



 また、異国人!!



 まさか!


「えぇと、エルデシィア、」


「エルデシィア事務職長オルパーダ、殿下と打ち合わせもしたいので、早く、講堂に案内してくれませんか。」


「は、はい、キャリー監督官、直ぐにご案内します。」




 私は・・・その学校作業員ハウゼ・アルパの事を聞きたかった。


 だが、教魔省の二人は、私と話し合いたいようなので、此の場で、その異国の学校作業員ハウゼ・アルパの話しを聞く事は諦めた。


 講堂の貴賓室で、教魔省のクレイドが私に、講話の後、ジェルダ学長を壇上に読んで握手をして欲しいと言い、


「・・・次官のマークスか、」


 次官と魔導皇の関係は有名だ。


 クレイドは、苦笑いを浮かべながら、


「確かに、次官の要望でもありますが、教魔省としても、公民にとっては公都を除いて、魔導皇の称号の人気は絶大ですし、まぁ、本人は自覚して無いようですが、我々としても其の人気を利用したい分けで、」


 ・・・此の男、随分、はっきりと言う奴、確か、マークスの片腕だったか、


 その部下のキャリーが、


「一応、魔導新聞社アウル・ジェーラの記者も呼んでます、ディ・プラドゥのローシィ・レーランド記者も来ていますから、今日の夕方の魔導新聞アウル・ジェーゼには殿下と魔導皇の記事は全国に配信されます。」


 ディ・プラドゥのローシィ・レーランド、彼女の創作のお陰で、公民の目が魔導艦の墜落事故を故障にすり替える事が出来、その為、私は一月の休暇を取ることになった、


 ふぅ、私はため息を付きながら、


「分かった、兎に角、魔導皇ジェルダを壇上に呼んで、公家と魔導皇が対立していない印象付けに協力しよう、どっちみち、父上も其を望んでいた、只、父上の場合、取り巻きが煩いから、出来なかっただけだし、」


 クレイドは笑顔を浮かべながら、


「有難うございます、殿下、まぁ、殿下なら元老院も文句は言わないと思いますし、」



 元老院、父上の影の御意見番達、


 当時、私は学生だったから知らないけど、魔導皇ジェルダが公都に嵐を発生させ、彼女は父上と元老院等を震え上がらす程、脅したと彼等は言ってる、



 彼女が父上や元老院を脅した、


 公都では、皆がそう思っている、


 だが、あの事件以降、ジェルダは二度と嵐を呼んでいない。



 今は、あの事件は偶然だとか、ジェルダには魔導皇の実力が無いんじゃないか等、いろいろと言われているが、彼女は何を言われても決して反論しない。



 結局、我々は魔導皇ジェルダの事は何も分かっていない。



 たぶん、彼女の事を一番理解しているのは、教魔省のマークスだけだ。




 キャリーが私の顔を見ながら、


「殿下、もう一つお願いがあります、ジェルダ学長と和解した後、『継承の義アウム・オーデ』に参加していただけませんか。」


「『継承の義アウム・オーデ』か、懐かしいな、そのくらいなら。」


 後ろに控えている、サーンディが厳しい表情で、


「其は、警備上問題が有る、理由を聞きたい。」


 サーンディの怖い言い方にキャリーが、ちょっと怯みながら、


「はい、その、記者の方から殿下が直ぐに引き下がったら、魔導皇との関係がわざとらしいので、『継承の義アウム・オーデ』に一緒に出席した方が良いと、アドバイスを受けまして、」



 記者のアドバイス?


「その記者って?」


「はい、ディ・プラドゥのローシィ・レーランド記者です。」


 ローシィ・レーランド!


 また彼女か、


 噂では、彼女は各省庁の隠れた演出家と言われているが、確かに記事に対する演出には拘りが有る、


 まぁ、その演出に魔導省も私も助けられたのだが、


「サーンディ、出席は難しいのか?」


 サーンディは少し考えた後、


「大丈夫だと思います、一応、舞台の袖に私が待機しています。」


「そうか、有難う、サーンディ」

 


 こうして、教魔省の二人と打ち合わせが終わって、私は、講堂の貴賓席に向かった。


 明日は、農魔省のイベントで、上級野牛バ・コルゥモウを飼育している農牧高等学校ラウダ・バ・ハウゼ高校生パールバウゼと歓談するらしい、



 こんな事が一ヶ月続くのか!



 ・・・



 本当に気が滅入る。






 入学式は普通に行われ、魔導皇ジェルダの講話は『嵐』で始まり、『嵐』で終わった、彼女は本当に『嵐』が好きなようだ。


 彼女が新しい先生を紹介した後、新しい学校事務員ハウゼ・オルパの話しをした時、本人は不在なのに学生の中から拍手が起きた。



 学生に人気が有るのか?



 私は、学校事務員ハウゼ・オルパが、あの彼のような気がするのだが、




 気になる。




 その後、ジェルダが私を紹介して、私が壇上に上がり、学生達に話しをする。


 話す内容は何時も同じだ。


 言いたい事は、一つ、此の国の未来は若者に掛かっている、古い慣習や馴れ合いではダメだ、こんな話しをするから、私は防魔省の参謀官や元老院の爺共に嫌われる、だが、変わらなければ、此の国の発展は無い。


 此の国は、東の隣国、ポワジューレ共和国のように売って外貨を稼ぐ技術も無い、北の北方共和国連合のように豊かな資源も無い、


 威張っている軍人が多い此の国では南の自由都市同盟のように、観光と言うサービス産業も育たない。


 売れるのは民芸品と、牛と武器を外した軍艦。


 金持ちの国が、我が国から武器の無い軍艦を買って、自国の軍艦に改装する。


 その金で、我が国は更に新しい軍艦を作る。


 軍艦を作る事しか出来ないから、需要は限られている、だから需要を作る為に紛争を起こし、軍艦の需要を喚起する、


 公民が決して豊かにならない負のスパイラルだ、父上も此の負のスパイラルにメスを入れようとしたが、



 上手く行かなかった。



 私の代で、此の国が変わるとは思っていない、だから、私達より若い世代に私は訴える!



 諦めてはいけないと!!



 そして、自分の可能性を信じて欲しい!!



 そうすれば、必ず道は開かれる!!



 と、説いて、私の講話は何時も終る。




 

 そして、私は、ジェルダ・ルーバッハの名前を呼び、彼女もクレイドから話しを聞いていたのか、直ぐに壇上に上がり、手を差し伸べながら私の前に来た、


 私は、その手をしっかりと握り、


「魔導皇ジェルダ、お久しぶりです。」


 彼女は笑顔で、


「ルーナ殿下、本当に久しぶりね。」



 そうだ、私は、昔、まだ私が小学生パールデウゼの時、彼女が働いている研究室に見学に行き、彼女を紹介された事を思い出す。


 彼女は、まだ二十代後半で若かった、しかし、当時の彼女も、また天候の魔導論を発表した、若き秀才として有名だった事を覚えている。


 あの当時の私は、この人に憧れた。



 ・・・



 私は、ジェルダに語り掛ける、


「ジェルダ、貴女と父上の間に、いろいろな事があった事は知っている、だから、父上は何時も後悔しているし、貴女に謝りたいと私に言っていた、・・・その、・・・どうか父上の事を許してはくれないか、ジェルダ」


 ジェルダは首を振り、そして私の手を握り締めながら、


「ルーナ殿下、失礼な事をしたのは私だ、私こそ、公皇に謝るべきだった、あの時の私は、『美しき嵐』を、公皇に見せられる、そう思って失敗してしまった、申し訳なかった。」



 ・・・美しき嵐?


 なんだ、其は?



「魔導皇ジェルダ、私には、その、貴女の言う、『美しき嵐』の意味が分からない、だが、もし、貴女がその、『美しき嵐』を起こす事が出来るようになったら、必ず、私にも見せてくれないか。」



 ジェルダは、微笑んで、


「私が、その深淵しんえんの境地に到達した時は、必ず、貴女に見せる事を約束しよう、ルーナ殿下」


 彼女が、そう私に言った瞬間、




 会場は、割れるような拍手に包まれた、



 此の時、公家と魔導皇の対立は解消された、世間はそう思ってくれる、



 そう思えるような、暖かい拍手だった。



 

 そして、『継承の義アウム・オーデ


 懐かしい、


 私は、公女だったから、特に魔導術の才能が無くても、学年代表として、『継承の義アウム・オーデ』をしなくては成らなかった。


 才能の有る者に取っては、ずるい事かもしれない、しかし、才能の無い私には迷惑な事だった。


 才能が無くても、しなくてはならない事が有る、私が公女と言う肩書きを生まれながらにして、持っているからだ。


 此の重さは、誰にも理解してもらえない、


 本当に努力して、練習して、やっと出来た、小さな『ボォロ』。



 先生達は、その『ボォロ』を大きくして、私に返してくれた、


 私自身も、その『ボォロ』と同じ様に、大きくなった、そんな気がした。



 舞台上では、三年生の女子学生が、ジェルダに『雷玉ライ・ボォロ』を投げている。


 ジェルダは、その紫の雷光で輝く『ボォロ』を、より大きな白い雷光の『ボォロ』にして返した。



 白い雷光!


 会場は騒然となり、私も目を見開いた、


 魔導皇!


 此が、魔導皇の実力の一端!!


 

 そして、二年生の男の子が大きな『炎玉エン・ボォロ』をジェルダに投げ、彼女は簡単に、その『ボォロ』を直径一メータの白い炎の『ボォロ』にして返した!



 白い炎!



 またしても、彼女は色を消した!



 此は、一体、どれ程の技術なんだ!!


 魔導術の才能の無い、私でも、此の魔導術の凄さが分かる!


 其をジェルダは簡単にやってしまう。


 更に、彼女自身は自分が凄い事をしている自覚が無い、



 だから、魔導皇なのか!!



 魔導士協会は、彼女に皇の認定を与えたのは間違ってはいなかった。


 会場からは、魔導皇、魔導皇の言葉が聞こえてくる。


 これ程の実力があるジェルダは、私に、まだ自分は深淵に到達していないと、私に言う。



 彼女が目指す深淵とは、一体何れだけ深い世界なんだろう



 ・・・



 私は漠然と、そんな事を考えていると、壇上に可愛らしい女の子が登場した。



 ?



 確か、アルベスト・デューレエード、


 アルベストだから男の子だよね。


 ・・・

 

 そうか、あの髪型か、あの髪型が我が国の価値観からすると、彼を女の子のように見せているのか、


 あれは、確か、ポワジューレで流行っている髪型だ。


 成る程、


 若い子達が、ポワジューレのファッションを好んでいると聞いていたが、


 そう言う事か。


 確かに、ちょっとお洒落に見える。


 我が国にも、新しい価値観が生まれようとしている、


 彼は、初々しく、私達に御辞儀をした瞬間、




 ドックン!!!!!!!!!



 えっ!



 何だ!此の嫌な気持ちは!!



 『しん』か!!


 私は、直ぐに、舞台の袖に入る、サーンディ・アーランドを見たが、彼女に変化が無い、彼女は、今の異変に気付いていない、


 と言う事は、今のは『しん』じゃ無い!




 私が新入生に目を戻した時、彼の右手には、



 黒い、『ボォロ



 あれは!



 あれは!!



 そんな、


 

 新入生が、私に向かって、



 暗黒の『ボォロ』を投げつけ、



 私の体は、動かない、避けられない!


 

 時は、ゆっくりと動く、



 黒い、暗黒の『ボォロ』が私にゆっくりと近付いて来る、



 サーンディがその場で手を差し出し、


 私の前に、『りき』の壁が出現し、


 『ボォロ』が壁と接触した瞬間、



 スコーォン!!



 壁が『ボォロ』に吸い込まれた!!



 此は、魔導術じゃない!!



 此は、


 此は、



『大丈夫ダ、』



 えっ!?


『右手ヲ出シテ』



 此の声は!


 あの人の声!

 

 あの人が、


 『右手ヲ、』


 私は、右手をゆっくりと持ち上げた、



 その瞬間!!!



 スコォオオオオオオオオンン!!!



 小さな白い流星郡が、



 暗黒の『ボォロ』に流れ込み!



 続いて、翠色リョクショクの星々が暗黒の『ボォロ』の中心で光輝く白い星に取り込まれながら、『ボォロ』は私の右手の上で回転を始めた!



 そして、白い光輝く星が暗黒の『ボォロ』を打ち消し、その大きさが、二倍になった瞬間、



 会場からは、盛大な拍手が起こった!



 えっ!



 拍手?



 拍手って、



 そうか!


 

 会場は、会場の人達は、



 此を、此を、私の演出だと、



 思っているのか!



 白く光輝く『ボォロ』は、ゆっくりと新入生に向かって移動し、


 フゥワアアアアアア


 『ボォロ』は新入生に届く直前で消えた!



 ドサッ!!!


 ダッ!!!


 新入生が崩れ落ちて、舞台の袖にいた、サーンディが駆け寄り、


 バタバタバタバタバタバタ


 先生達も駆け寄った。


 サーンディは、先生達を左手で制止しながら、


「大丈夫だ、気を失ってるだけだ、タンカで医務室に運ぶんだ!」


 舞台で先生達が、慌ただしく動き、サーンディは私の近くにきて、耳元で、


「殿下、彼は、魔導術を発動する前から意識が無かった。」


 私は、サーンディを見詰めながら、


「そうか、分かった」


 と答え、


 

 そして、自分の右手を見た、



 その、右手には、



 彼が、持ち去った、



 『星のピアス』が有った。





 『星のピアス』!!!




 彼が、




 彼が、私に、




 私に、




 『星のピアス』を、



 サーンディが、驚いて、



 「殿下!?」




 その時、私は、




 自分が泣いている事に、




 始めて、




 気が付いた。




 始めて、



 

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