第18話
彰夫が目を覚ました。
彼は床の上で毛布一枚にくるまって素っ裸で寝ていた。寝ている間にベッドから落ちたようだ。彼は半身を起こして見知らぬ部屋の周りを確認した。ベッドの上にも、部屋のどこにも人影がない。
彰夫は、ゆうべの事をゆっくりと思いだそうと集中した。そしてその蘇ってきた記憶に愕然とする。俺は、テルミと寝たんだ。
自分は被害者だと思おうとした。しかし、思えなかった。昨夜の一連のことに対する自分を正当化しようと試みた。しかし、その材料が見つからなかった。それほどゆうべの彼は燃え上がっていたのだ。
彰夫は混乱した頭の中をなんとか鎮めようと深呼吸した。しかしやがて、テルミの部屋に居てはそんなことが不可能であることに気付く。
こんなところに一秒だって長くいるべきではない。彰夫は、床に散らばる自分の服を急いで身につけながら、あらためて部屋の様子を眺めた。
あのテルミにしては、小奇麗に整理された女性らしい部屋である。部屋の片隅に、キャンバスと画材が置いてあった。酔いがさめた時には、趣味で絵も描くのか。ちょっと意外な印象を持って、もっと部屋を観察したい気もしたが、こんなところに長居は無用だと考えなおす。
靴をつっかけて、慌てて部屋を出た。エレベーターフロアの呼び出しボタンを何度も叩いて、エレベータを呼んだが、こんなにゆっくりとしか動けないものなのかと焦れた。
「あら…、おはようございます」
1階に到着した彰夫に挨拶した女性がいた。好美であった。
テルミは好美の隣の住人だ。会ってもおかしくはないのだが、好美は今この瞬間でテルミの次に会いたくなかった女性だった。
彼女は彰夫との思わぬ再会に、顔を赤らめている。
「彰夫さん、朝からお仕事ですか?」
好美は、朝起きたての寝癖を隠すために、髪を後ろにまとめていた。その髪型も新鮮だった。あいかわらずの彼女の純朴で美しい素顔を見て、彰夫は昨夜の出来事への後悔で胸が焦げる思いがした。
そのせいか、彼女の問いに答える声も、今にも消え入りそうである。
「ええ、まあ…。」
「私、ゆうべ遅かったものですから、寝坊しちゃって…。コンビニで朝食を買ってきたんです」
彰夫が聞いてもいないのに、明るい笑顔で話す好美の手には、確かにコンビニの袋があった。
テルミの誘惑に負けた今の俺には、彼女の笑顔を受ける資格が無い。彰夫がそんなことに苦悩している事など知るよしもない好美は、気持ちいい朝にふさわしい、とびきりの笑顔と透きとおった声で彼に言った。
「それでは、頑張ってください」
「ありがとうございます。好美さんも…」
すれ違う好美を見て彰夫は言葉を失った。その左耳に、夜明け前の湘南の浜で見た印象的なホクロがあったのだ。
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