第31話⑨六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣
この、高層建造物の6階にある六道文の会合場へ突撃してみると、そこに居たのはメガネのオッサンと、背がデカいクマ耳の獣人と、細身でコウモリ耳の獣人だった。
こいつらが標的である、モズ、カマタリ、ジロウの六根人だ。
「クソ! 俺は逃げるから時間を稼げ!」
さっきの銃撃で負傷した足を引きずりながら、偉そうに逃げだすモズ。いやいや、折角追い詰めているのに、逃がすわけないだろ。
「逃がすか!」
すかさず放たれたミラの銃弾は、
「ギャア!」
その場にいた、身を挺した護衛の黒服によって防がれた。
「ちっ! 追うぞ!」
「まあ、待ってください。追いたいのはやまやまなんですが、どうもそれを許してはくれないようです」
本当なら、俺も追いかけたいところだったけど、この場に残った六根人の二人。大剣を持ったカマタリと、その後ろにいるジロウが、それを許してくれそうに無かった。
「そうだぜ、折角ここまで来たんだ。俺達の相手をして貰おうか。鬼の小僧」
デカい声で、俺を挑発するカマタリと、
「……」
無言で見据えるジロウ。
見るからに両極端な二人だが、どうやら付き合いは長いようで、呼吸は合っている。
こいつらは、幹部と言っても兵隊だ。指示するものが居なければ、瓦解するのが目に見えている。だから、俺としては、この組織の金脈であるアイツを、まずは叩きたいのだが……。
「おじさん達、さっきモズを守る気配を見せなかったよね? だったら、そこを通してくれると嬉しいのですが」
俺の指摘に、笑って答えたのはカマタリだ。
「おう、その通りよ。俺達からすりゃ、いまさらあんな奴は守ってやる価値もねえ」
「だったら……」
「だがな、お前みたいなオモシロい奴を相手に、腕をふるえるって機会もそうそうにない。だった手合わせ願いたいのが、戦士ってもんだろ?」
俺としてはそんなもんより、奴を追う方を優先したいんだがなあ。
「鬼に喧嘩を売るとは、正気とは思えませんけど」
「正気なら、こんなことはやってねえぜ」
確かに。全く、面倒なオッサンだ。
まあいい、それじゃあ、行くとするかな!
カン、カンと金属がぶつかり合う音が、その場に響き渡っていた。そう、響き渡っているということは、カマタリのオッサンは瞬殺されなかったのだ。
俺としては意外な結果で、上下左右、あらゆるところから切り込まれた斬撃を、カマタリのオッサンは、その大剣で器用に受けきっているのだ。
武器・身長の長さではカマタリが勝っているのだが、剣の間合いの長さでは俺が勝っている。
傍から見れば不思議に映るだろうけど、相手が踏み込む間合いより手前で、俺が踏み込めていた。だから、オッサンが打って出ることは出来ず、防戦一方になる。
これが並みの相手なら、一刀目で倒しているところなんだが、このオッサンはなかなかやる。
「ここまでやるとは、正直驚きましたね。外に居た連中はチンピラばかりでしたので、六根人といえども大したことはないと思っていたのですが、まさか一流の腕前とは」
このオッサン、魔法の使い方も良い。、身体と武器の強化に魔法を使ってんだろうけど、その際の黒い靄は少ししか出ていない。
「ちっ、てめえ、そんな、話す余裕が、あんのかよ!」
そりゃそうだ。剣の腕は俺が完全に上で、それでも決着がつかないのは、俺の肉体が余りにも未熟だからに過ぎない。
剣に限らず、武闘で重要なのは間合いだ。相手に間合いで勝っていて、その間合いを完全に把握できていれば、まず負けることが無い。
相手の間合いにさえ入らなければ、どんな攻撃を相手がしてきても対処できるし、相手はこちらの攻撃を受けるのに精一杯になる。
今みたいに、だ。
「そろそろ、決着と行きましょうか!」
俺の剣戟がカマタリの体勢を崩し、その隙をついてトドメの一撃を繰り出そうとした瞬間、カマタリが体勢を崩した方とは逆側から飛翔物が飛んできた。
その飛翔物を俺は短剣を持たない方の手で受け止め、カマタリが放った一撃を短剣で受け、その力を利用して後ろへと飛び下がった。
ふーん、ジロウが放ったのは手裏剣か。魔法の効果、投擲の威力、ともに良い一撃だ。なるほど、今のはカマタリが陽動で、ジロウが本命ってことか。
「げっ、マジかよ」
「おっと、なかなかいい連携でしたけど、通じませんよ。当然ながら、ジロウさんの存在も忘れてはいませんから」
それに、俺達の戦いに着いてこれず、茫然と眺めているミラのことも頭にはある。舐めて貰っちゃ困るな。
「……今ので決まらないとは。君は、本当にその見た目通りの年齢なのかね」
おっ、これはもしかして珍しいんじゃないか。無口と評判のジロウが無駄口を叩くとは。
「そうだぜ。流石に今のがカスリもしねーのは、経験上ありえねえことだ。普通、キメに行ったときってのは、達人と言えども隙が出来るものだ。それでも躱せるのは、歴戦の戦士くらいだ。こればっかりは経験がものをいうからよ、どんなにスゲー奴でも経験が浅いなら少しは喰らうぜ」
へえ、こいつら、観察眼も良いのか。ぶっ殺したガンジといい、やたらと腕が立つ連中ばかりで、こんなことをやっているのは勿体無いとさえ、思えてくる。
「鬼はモノが違うということですよ」
「バカ言え。俺達はチラッとだが本物の鬼を見たことあるけどよ、アイツらの強さは、そんなもんじゃねえぞ。それこそ、天変地異を相手にしている様なもんだ」
「……君は、その姿以外、どうみても体は普通の子供と変わらない。だからこそ、違和感を感じる」
こいつら面倒だな。適当に話を逸らすか。
「こっちも違和感を感じますよ。あなたたちの戦い方は古風すぎる。銃は使わないのですか?」
「生憎、俺らは古臭くてね。昔ながらの戦い方しか出来ねえのよ」
なるほど、歴戦の戦士としては、銃よりも使い慣れた武器の方が戦力となるってことか。俺と、同じだな。
「まあ、どっちでも構いませんけどね。さて、それではそろそろ攻守交代でしょうか? あなたたちは、攻め方を変えてきますよね? なんせ、さっきの連携は防がれましたから」
「ちっ、やりにくい小僧だ」
カマタリとジロウは、俺の発言を受けて、冷汗をかきながらも健気に武器を構えた。よしよし、ちゃんとまだ気概はあるな。
では、戦闘再開といこうか。
今度の攻防は、さっきとは打って変わって、俺の防戦一方となった。
連中の連携も変わって、ジロウが牽制で手裏剣を投擲し、カマタリが隙をついて一撃を狙う形だ。
しかし、それでも有利なのは、俺だった。
防戦一方とはいえ、俺は間合いを把握し、相手が攻撃をする際は、それを外していた。これでは、決定打は生まれず、攻撃している方が疲弊していくばかりだ。
「クソ、笑えない冗談みたいなやつだ!」
「ふふ、僕はなかなか楽しいかったですよ。こんなに腕が立つとは思ってなかったので、余計にね。ただ、そろそろ僕も飽きてきました。終わりにしましょうか」
そして、俺が一撃を見舞おうと踏み込んだ瞬間、カマタリが強引に剣を振りぬきそれを邪魔してきた。その後の体勢なんてお構いなしの、捨て身の一撃だ。
その捨て身は成功し、俺は少しだけだが隙を作る羽目になった。
「……!」
瞬間、ジロウが高出力の魔法を使った。魔法は、俺の足元に散らばっていた手裏剣へかけられていた。
手裏剣は浮き上がり、俺へと一斉に向かってきた。
なるほど、手裏剣には定着・もしくは発動していなかった、『俺へ命中する』可能性と、『致命傷になる』可能性、『俺へ届く』可能性の増幅があったのだ。
そして、それを発動することで、数多の手裏剣が殺到する。
魔法発動、『千刺山彦』
なかなかいい魔法だ。ただ、惜しかったのは、その魔法を発動するまでに、少しだけ時間がかかったことだった。
その僅かな時間で、俺は体勢を立て直し、手裏剣の間を縫うように躱すことができる。
そして、隙のない俺へ追撃を放ってきたカマタリの大剣を、短剣で破壊することも出来た。
勝負アリ、だな。
「おいおい、化けもんかよ!」
「……!」
驚愕する二人へ、俺は目線で応える。だから、鬼だって言っているだろ?
「では、今度こそ終わりに――」
「そうは、いき、ません」
魔法発動、『鳴音咆哮:収束』
俺がその言葉を言い終わる前に、戦っていた者たちへ爆音が襲ってきた。それは、俺達の動きを止め、そいつが割って入るには十分な隙を作った。
そいつとは、犬耳……いや、全身犬みたいな直立歩行の、禍津人。
「お久、ぶり、です。友人」
「ええ、お久しぶりですね、友人よ。まさかあなたがここで出てくるとは、思いもしていませんでした」
全く、嬉しくない再開だ。
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