第28話⑥六道文と六尺(りくせき)の孤と鬼が住む縣

金庫番から情報を絞り出した結果、六道文のことは隅々まで把握出来たと言ってもいい。あの酒場のジジイの話と照らし合わせても、整合性がとれている。


「という訳で、近々六道文も年貢の納め時になるので、お知らせに来ましたよ」


「ふああ……」


俺が直々に報告をしに来てやっているのに、酒場のジジイは眠そうに答えやがった。ブッ飛ばすぞ、コラ。


「ふん、わざわざ頼んでもねえ報告、ご苦労なこった。てめえ、嫌味を言いにきたんだろ。『ジジイの話なんざ、疑い半分でいましたが、これで裏が取れました。ようござんした』てな具合によ」


別に嫌味を言いに来たわけじゃないが、このジジイの言っていることは、だいたい合っている。こんな怪しいジジイの話を、頭っから信じるほど、俺も人はよくない。


「いやいや、わざわざそんな嫌味を言いに来るほど、僕も暇じゃありませんよ。僕がここに来たのは、ご老人に昔話でも聞かせて貰おうと思ったからです。六道文のね」


「はあ? なんでわざわざ、そんなことを聞きたくなるのかねえ。合点がいかねえな。何か企んでんのかもしれねえけど、てめえ、マジで聞きてえのか?」


疑り深いジジイだなあ。まあ、ここもジジイの読み通り、裏があるっちゃある。色々聞かれても面倒だし、強引にいこうか。


「ええ、ぜひぜひ」


「ちっ、面倒くせえな。……いいか、六道文てのは、元はあの皇帝に併合された、獣人が中心の国の残党さ。それはまあ随分昔のことで、今さら何言ってんだって話だがよ」


自嘲気味にそのことを話す酒場のじいさんは、昼もまだ来ていないというのに、酒をあおりはじめた。ふーん、酒を飲まなきゃ話せないようなことなのか。


「へえ、残党と言う割には、国を取り戻そうなんて気概は、なさそうでしたけどね」


俺の得た情報だと、六道文という組織は金の為なら何でもする、非道の集団だ。とてもじゃないが、国の再建なんて志が有る連中にはみえなかった。


「ふん、それも昔のことってこった。あんときの志なんざ、もう忘れてしまったのさ。待っていくれる国民もいなきゃ、矜持も保てねえ。新参者に、知らねえ関係ねえって好き放題やられりゃ、心も折れるのさ」


それは、あの皇帝の治世は素晴らしかったということの証明でもある。獣人の国民も、以前より暮らしが良くなれば、誰が統治者だろうとどうでもいいのだ。その証拠に、いまでは獣人もこの国に溶け込んでいて、違和感なんてものは微塵もない。


「なるほど、それで行き場所がなくなった熱量が、今の様な巨悪の集団をつくる種火になったというわけですか」


「そういうこった。元は武力を有していた軍人モドキに、金の臭いを嗅ぎつけたならず者が加わった結果、最悪の軍団が出来ちまったのさ」


それが嫌になり、この爺さんはその組織を抜けたのだろう。俺があの金庫番に聞いた話じゃ、この爺さんは先代の右腕だったらしい。


「あなたはその組織で、頂点に近い地位に居たのでしょ? なら、今の幹部である6人、通称『六根人』と呼ばれる連中のことも詳しく知っていますよね?」


「ふん、俺も離れて長え。新しく入ったやつも居るとなりゃ、お前さんが聞きだした情報の方が確かだよ」


まあ、あんたの立場ならそう言うわな。


「ええ、そのように僕も認識していますよ。ただ、先ほども言いましたが、僕が知りたいのはその成り立ちです。それは、店主の方が詳しいですよね?」


爺さんは、酒をくいっと飲み。俺の方を見やると、口を開いた。


「なんだって、そんなことが聞きたいのかねえ。お前さんが六道文を潰すのに、必要な情報とも思えねえんだがなあ」


酔って来たのか、喋りが面倒な感じになってきた。いいから話せや、コラ。


「……六根人の半分は、確か新参者だから、俺もよはく知らねえ。だから、残りの半分。武闘派の二人のカマタリとジロウ、金に汚ねえモズなら話せるぜ」


「でしたらまず、武闘派の二人から」


「あー悪いが、その二人については、詳しくは言えねえな。今でこそ敵と成っちゃいるけどよ、長い付き合いだ。言えねえこともあるのよ」


「ええ、それで構いませんよ。先ほども言いましたけど、僕が聞きたいのは、昔話ですから」


俺がそんなことを言うと、面食らったかのように、ジジイは俺をジロジロとみてきた。なんだなんだ、キモイ奴だな。


「本当によ、そんなことを聞いて、なんになるんだか。……まずはカマタリの方だが、こいつは竹を割った様なサッパリした豪快なヤツだ。酒も博打も好きで、よく俺に勝負を挑んできやがったな。今考えると、負けっぱなしだったのに、何で挑んできてたのかねえ」


「なるほどなるほど」


「次に、ジロウの奴だが、こいつはひたすら寡黙で根暗なヤツだ。好きなことは絵描きだとか場違いなことを言うから、よくカマタリの奴と喧嘩してたな。あの二人、そりが合わないのに一緒になることが多くて、不思議な縁があったな」


「へーへー」


「……てめえ、真面目に話を聞く気があんのか?」


おいおい、俺が真面目に話聞いてあげているのに、随分と失礼なことを言う奴だな。さくっ殺っちゃうぞ、コラ。


「聞いていますよ。では、次にモズの話を」


そいつの話を振ると、ジジイは酒をさらに煽り、酔いを深くしていく。


「野郎は、クズもクズ。六道文が今のザマになったのも、新参者の奴だ入ってからだ。あれはまだ、ミラの奴がオシメも取れてない頃の話だ。資金繰りに困ってた六道文へ、シンの奴が連れてきたのが始まりだ。奴が、六道文の兵力をロクでねえことに使い、金を稼ぎ始めたのよ」


「それは、興味深い話ですね」


「確かに奴の働きで、金に困ることはなくなった。しかし、金はヒトを狂わせる。デカければ、デカいほどだ。そのデケえ金が組織を腐らせ、金の為なら何でもやるようになっちまった。飢えたくねえ、あの時の苦しみを二度と味わいたくねえって、金がねえ苦労を知っている分、余計にな。俺も、それを知っていたから、あいつらを止めるのが遅れちまった」


その吐き出した話は、確かにモズという外道の話だったはずだが、途中から爺さんの後悔の念に変わっていた。話した本人が、気づけないまま。


「そして、六道文はただの外道集団へ堕ちていった、というわけですか」


「ああ、情けねえ話だがな」


この爺さんがいう情けないとは、誰を指しているのやら。まあ、いい。本題はここからだ。


「そして、ミラはそんな末路に至った、亡国のお姫様ってわけだ」


爺さんは、お猪口の酒をぐいっと飲みほし、ぽつりと言葉を漏らし始めた。


「ふん、お姫様なんて可愛らしいもんじゃねえがな。しかも、教育者が俺となりゃ、無粋なことしか教えてやれねえからな。いまはあんな感じだ。泣くし喚くし、しかもお喋りときた。こりゃ、俺の手に負えねえなと思ったが、最後にこれだからな。思った通りよ」


ミラが生まれた時は既に、組織も今のようなならず者集団になっていたはずだ。なら、ミラ本人には、亡国の姫なんて意識は微塵もないだろう。


「いまの親分は、先代を殺し簒奪してなったとか。つまり、ミラの直接の敵になります。姫なんて意識はなくても、カタキを討ちたいと六道文に挑む無謀な真似をしても、仕方がないでしょうね」


「……てめえ、この話が聞きたいから、昔話なんてふりやがったのか? 俺らしくも無く、つい口がすべっちまったぜ」


「さあ、どうでしょうね。ただ、ミラはことが終われば、僕に全てを差し出すと言っていましたよ」


この話を聞いて、このジジイは何を思ったのかね。厳つい顔からは、何も読み取れねえから、わかんねえな。


「あなたは、どうしますか?」


「ちっ、好きにしな。アイツももう、ガキじゃねえ。自分のケツは自分でふくだろう」


「そうじゃありませんよ。ミラでは無く、あなたはどうするのかと聞いているのです」


「……いよいよ、てめえがどうしてえのか、皆目見当がつかねえぞ」


疑問に首を傾げる老人を置いて、俺は部屋を出る為に踵を返しす。……流石に、これで出ていったら、鬼か。いや、俺は鬼だけど、それはねえよな。


「凶刃をその眼に秘めた老人へ、問うたのですよ。あなたはそれで、後悔しませんかってね」


老人からの返事は無く、ぴしゃりと、俺が扉を閉じた音だけが、鳴り響いていた。

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