第19話⑥狂賢と喧々たる少女と鬼の住む縣
「ところで、スバルは狼男のことを何か知っていますか?」
このアホ娘。何でも聞けば答えてくれると思うなよ。そもそも、そのネタはお前が持ってきたんだろうが。なんで俺が知っていると思うんだよ。
「いえ、僕はミヤから聞いた話が全てですよ」
「ですよね。実はミヤも狼男のことは、全然知らないのです」
こいつ、それは何の前振りだ。
「ミヤは狼男を探しに、街へ行こうと思うのですが、スバルはどうするのですか?」
ミヤの発言はいつも唐突だ。そして、脈絡もないのが普通なのだが、今日の場合は脈絡も前振りも豊富にある。だから、そんなことを言うだろうという予想は出来た。
「僕はいくつもりはありませんよ。鬼が街に出たなんてなったら混乱は必至ですから」
わざわざ探しに行かなくても、向こうから出向いてくれるっていうのだから、そんな徒労と分かっていることをするつもりはない。
「ええ、そうなのですか? ミヤ一人だと街へ行くことを禁止されているので、それは困ったのです」
困った困ったと、頭を悩ませる素振りをみせるミヤ。いやいや、それは別に鬼が一緒なら行ってもいいてことじゃないだろ。常識的に考えて。
まったく、ミヤの両親の不出来具合には困ったものだ。こいつには常識なんてものが無いってことを念頭に置いて教育してないから、こんな勘違いをするんだぞ。そのせいで、誰が苦労すると思っているのやら。
まあ、まさか鬼が苦労するとは、あの皇帝すら思わないだろうから、想像もつかないだろうけどな。
「なら、行くのはお辞めになるといいですよ。大人が探しても見つからないのです。僕たちみたいな子供が探しても、見つかりっこないですよ」
なんて俺の発言を受けて「思いついた!」みたいな表情を作るミヤ。おいおい、止めてくれよ。どんなロクでも無いことを思いついたんだよ、このアホ娘。
「でも、ミヤなら見つけられると思いませんか!」
「へっ? なぜ?」
思わねーよ。こいつ、俺が話していたことを聞いていなかったのか? 無理だっていったろうが、このアホ。
「ミヤは、よく厄介ごとを見つける『てんさい』だとお兄様や両親から言われるのです。つまり、このめいたんていミヤにかかればこんな事件、ちゃっちゃと片付くのです」
「いやー、それは……」
それって、ミヤが厄介ごとを引き込んでるだけだろ。「てんさい」も漢字をあてるとたぶん「天災」て書くと思うぞ。この迷探偵め!
「こうなったら、言い付けなんて『ポイ』なのです。早速いくとするのです」
おいおい、お前みたいなお嬢様が一人で行ったら、天国へ逝くことになるぞ、わかってんのか? 颯爽と逝くんじゃねえよ、このアホ娘。
しっかし、どうするかな。本来なら止めるとこなんだろうけど、こいつが俺の言うことを聞くとは思えないしなあ……。
「はあ、仕方がないですね。こうなったら、僕も一緒に行きますよ。苦も楽も共にするのが、友というものですからね」
「そうでしょう! くもらくもともにしましょう!」
で、早速街についたのだが、周りの人間は俺を一目見るなり、引く引く引くことザザァと引き波のように、どんどこと離れていく。
いつもなら、鬼を隠す魔法なり変装なりするとこだけど、今回はそんなことはしなくて正解だったな。ミヤの護衛もあるし、厄介ごとを引き込みたくも無いしで、こうやって向こうから避けさせるのが一番だ。
「ではまず、調査の基本として周りの人から話を聞きましょう!」
「事情聴取ですか。話を聴けるといいですけどね」
そして、ミヤが話を聞こうと人々によると避けられ、店によると門を閉じられるような有様だ。
「うーん、なんだかうまくいきませんね。何故でしょうか?」
まあ、俺が一緒に居るせいなんだけどな。もし、ここに居る連中がミヤのことを領主の娘だと知っていれば、事情も少しは違ったのかもしれない。けれど、公務もこなしていない様な年齢じゃ、それも無理な話だ。
「ね? 上手くいかないでしょう。大人でも上手くいかないのですから、当然です。さあ、ここはもう諦めて、おとなしく帰りましょう」
そんなやる気の無い俺の発言を受けて、ミヤが見せた顔は得意満面な不吉な顔だ。まーた、何を思いついたのやら、嫌な予感しかしねえよ。
「まあ、ここの調査ではこんなものだろうと予測していました。さすが、ミヤちゃんです。本命は別にあります」
「ええ……、それはどこですか? なんだか嫌な予感がしますけど」
「それはもちろん、裏の人達です! 以前も話しましたが、狼男は裏と関わりが深いということですので、その人たちに聴きに行きましょう! 居場所もお兄様の話を立ち聞きしたのでわかります!」
こいつ、またロクでも無い話を聞いちゃったのかよ。そして、あの若造も脇が甘い。おそらく、ミヤをバカにしすぎて、そんなことをやれると思ってねえな。
「はあ、止めても無駄なのでしょうね。わかりました、付き合いますよ」
ということで、怪しい裏通りに入ったはいいけど、人っ子一人いない有り様だ。いや、実はさっきまでいたんだけど、俺をみるなり全員隠れちゃったんだよなあ。
まあ、当たり前か。
「うーん、なぜか人が一人もいなくなったのです」
何故かじゃねえよ、何故じゃ。理由に思い当たらんかね、この娘も。
「ふう、そのようですね。では、この次はどうしますか? もう帰りますか?」
「大丈夫です! こんなこともあろうかと、確実に話を聞けるところを聞いて来ました。お兄様の話では、うまく話を聞くことが出来なかったみたいですが、私なら大丈夫です!」
まーた、根拠のないこと言いやがって。
そんなこんなで行き着いた矢先は、いかにも怪しい感じで、殺伐とした裏路地にあるにしては不釣り合いなほど綺麗な飲み屋だ。
「あらあら、困ったお客さまがきたみたいね。ここは雅な子供や、子鬼ちゃんが来るようなお店じゃないのよ?」
そして、そんな店で店主をしてたのは、赤髪の妖艶なエルフだった。
ミヤの素性を知っていたり、俺を見ても露骨な拒否反応を見せないあたり、相当の修羅場をくぐってきたことが見て取れた。
しかし、鬼と領主の娘を相手取るには、少々実力不足といったところだ。
「大丈夫です! めい探偵ミヤは、体は子供でも頭は普通じゃないので、問題ないのです! そして、ちょっとお話しを聞きに来ただけなので、迷惑もかけないのです」
おー、そりゃ頭がまともなら、こんなとこ来ねえよな。よく分かっているじゃねえか。
「はあ、困ったわね。何が聞きたいのかしら、お嬢さん?」
「ミヤが知りたいのは、狼男のことです。何か知っていれば、教えてください」
ペコリと、頭を下げるミヤに、本当に困ったと目を向ける赤髪エルフ。
その眼は、俺にも向けられた。たぶん様子を窺っているのだろう。
「私からも、お願いします。もちろん、『話せる』ことだけでいいのですよ。貴女が危険にならない程度の内容で構わないのです」
俺の後ろ、壁の向こうから伝わる人の気配からは、銃を準備する音と、殺気が伝わってきた。こいつらは、彼女の用心棒兼監視役といったところだろう。こんなところで店をはっているのだ。裏社会と繋がりがないはずがない。
「……本当に困ったわね。私から話せることは、なにもないのよ」
彼女は、本当に困ったという表情を作って、そんなことを言ってきた。
これは、妙な話だ。おそらく彼女は、件の狼男について何か知っている。であるなら、言っても言わなくても命の危険に晒されているこの状況だと、その表情には恐怖や苛立ちが混じってしかるべきなのだ。
それが無いということは、彼女にとって己の命なんてものは、軽い扱いなのかもしれない。その軽い理由が、生に執着がないのか、それとも命よりも重いモノがあるのか今はわからないけど。
ただ、その事実が彼女に交渉の余地があることを示していた。
「ささいなことで構いません。その情報で、貴女に危害が及ぶ事は無く」
この前提では、彼女の表情に変化は見られない。
「ミヤが危険な目に遭うことも無く」
今度は、ピクリと少しだけ反応をみせた。
「些細ではありますが、貴女に何かお礼をしたいとも思っています」
「お礼、ね。子供のあなたに何か出来るのかしら?」
にっこりと笑みを浮かべて、俺を見てくる赤髪のエルフ。
なるほど、俺にやって欲しい事があると。
「ええ、僕のような子供に出来るようなことですけどね」
そう、俺の様な鬼が出来るような、大それたことだ。欲望に魅せられれば、染まれば、溺れれば、渇望すれば、人が懐くような儚い願いなど、なんでも叶う。
罰を忘れ、無視し、目を背け、見えなくなってしまえば叶う、大罪の、破滅への契約だ。
「ふふ、貴方は怖い事を言うのね。けど、私は何も願わないのよ。だから、貴方が私の為に何かする必要も無いの」
そんな言葉と共に彼女が浮かべたのは、虚無の瞳をした笑顔だ。
ふん、どうやら赤髪のエルフは、人生というものに執着がないらしい。
「けど、貴方が望むのなら、教えてあげる。それが……」
彼女が何か発しようとした瞬間、背後の連中が不穏な動きを見せようとした。
が、俺の指から弾き出された針によって頭部を壁越しに撃ち抜かれ、息絶えたることとなる。
「私が得ることの出来る、唯一の喜びだから」
凄惨な事の後でも考えるのは、懺悔の念などでは無く、このエルフの不可解な発言の真意だ。どんな意図があってそんなことを言ったのか、問いただしたいところなのだが。
「えっ? それは、狼男の話を聞かせて貰えるということですか?」
ミヤの、都合の良い所しか聞いていない発言によって、遭えなくかき消されてしまった。
「ええ、そう言うことよ。と言っても、確かなことは言えないのだけれども、それでもいいかしら?」
「はい! よろしくお願いしますです」
……まあいいか。ここは黙っておこう。きっと聞いても彼女は、答えてはくれないだろう。
聞けば何でも答えてくれる訳じゃないと、俺は知っているのだから、そんなミヤみたいな無茶をいう訳にはいかない。
それが、大人としての矜持ってものだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます