玖ノ段
「えっと、確か先生に貰ったのが……あっ、あったでつ」
オマルは箱の中からさらに小さな長方形の箱を取り出す。
その箱は少し錆びた装飾が四方に施され、蓋の中心には誰かの銘が掘り込まれていた。
「それは?」
イメツムはその古びた箱を見てオマルに尋ねる。
左右の留め金を外し、開いた箱の中身、それは籠手だった。
「これを腕の代わりにするといいでつ」
その籠手は血のような深い赤色をし、五指や手首の間接部分の繋ぎ目にこれまた見たことの無い文字が描かれていた。実際には籠手というよりも義手と言った方が正しいのかもしれない。
「これは僕が先生から貰った物で、名前はなんて言ったでつかねぇ……」
両手の指でこめかみを押しながら過去の記憶を辿るオマル。やがて思い出したのか、手をポンと叩いてその名を口にした。
「そうそう、〝デルフ・イグニ・サーバス〟でつた」
「……嫌な名前ね」
籠手の銘を聞いたフィアナが片目を眇めて呟いた。
「どういう意味なのだ?」
「古代アーステア語で直訳すると、『騎士殺しの杭』ね」
籠手の上部には銃身のような筒状の穴が三つ付いている。しかし、弾丸を込めるような穴も無く用途はよく分からないものだ。
「イメツム、着けるでつか? 最初に断っておくでつが、この籠手は一度着けたら二度と外せないでつ」
オマルの言葉にフィアナが思わず「は?」と声を漏らした。
「何よそれ、つまり呪われてるってこと?」
「違いまつよ。この籠手は装備するものではないので、んー、何て説明したらいいんでつかね」
「構わぬ、着けてくれ」
「ちょっとイメツムもそんな簡単に!」
慌てるフィアナを他所にオマルから箱を受け取るイメツム。二度と外せない籠手、彼は別にそれで構わないと思った。失った腕の代わりになりさえすれば、己の技を全力で揮える身体に戻りさえすれば。
「わかりまつた。それではそこに横になるでつ。術式を施しまつ」
「術式って……オマル、あなたひょっとして」
「そうでつ! 僕は機巧魔士でつ」
機巧魔士。それはアーステアに存在する職業(ジョブ)の一つ。医療と機械技術を組み合わせ、魔導具を人体へ移植することが出来る数少ない職業である。魔導具の精製も自ら行うことができ、それを売買して生活をしているので表向きは行商にしか見えない。
機巧魔士という職業自体が人から忌避の目を向けられることが多く、人体に直接魔力源たる道具を付けることが神に反した行為と考える者が多いことも理由に挙げられる。
「まぁ僕はまだ先生から卒業させてもらってないから、見習いでつけどね」
オマルに言われた通り、地面に仰向けになったイメツムは茜色に染まりはじめた空を見つめながら深呼吸を一つした。
肘から先の失った左腕に巻かれた包帯を外したオマルは、その部分に籠手を添える。
「別に僕の技術のせいじゃなく、移植は物凄く痛いけど我慢するでつよ」
「あぁ、よろしく頼む」
「あ、おっぱいちゃんハイドレンジア使える?」
オマルは思い出したようにフィアナへ声を掛ける。
「おっぱッ……。使えるわよ!」
少しふてくされた顔でフィアナは答えた。
どうやらあだ名を訂正させる気も失せたようだ。
「じゃあ僕の施術と同時に使ってほしいでつ」
「分かったわ」
ハイドレンジアは治癒魔法だが、痛みを和らげる為の麻痺効果、つまり麻酔の役割も果たす魔法である。それを理解していたフィアナはすぐに詠唱を終えると、イメツムの傍で待機した。
「それでは、術式を開始しまつ」
籠手を左手でイメツムの腕に固定し、オマルは魔法の詠唱を始めた。
『冬の華、孤影に積もりし結晶、冷たき焔を以って今ここにその骸を――』
「ちょっと!? オマルその魔法は!」
『灰に帰せッ! スパティフラム!!』
オマルが詠唱を終えた瞬間、彼女の右手から青白い炎のリングが放たれた。そのリングはイメツムの左腕と籠手を繋ぐような形で押し込まれていく。
「ぐっ! ぐうぉおおおあぁ――ッ!!」
それと同時にイメツムは絶叫した。
スパティフラムは本来、炎術系の攻撃魔法でありフィアナも使える割と初歩的なものである。但し魔法というのは、放った距離や時間によって威力が減衰していく性質があり、形状の維持、コントロールが熟練の魔導士でも存外難しい。その技術に長けているのが機巧魔士である。
オマルはイメツムの腕と籠手を、炎が放つ熱で溶接するように繋ぎ合わせ始めた。
「早くハイドレンジアを!」
「こんな無茶苦茶な手術がどこにあるのよ、もう! ハイドレンジア!」
(熱い! 全身の血液が沸騰するようなこの感覚はッ!)
イメツムは凄絶な痛みに意識が飛びかけていた。傷口を焼いた刃物で抉られ、神経の一本一本がはっきりと感じられ、それが焼き切れていくような感覚。やがて腕の痛みが肩、首、左顔面へと伝わり、その眼から血涙が流れ出した。
「があああああああああああァ――――――ッ!!」
ハイドレンジアで痛みを和らげても焼け石に水のような状態だった。
「おっぱいちゃん! イメツムの身体押さえるでつ!」
フィアナは暴れだしたイメツムに覆いかぶさり、その身体を押さえ込んだ。
痛みに身体を捩じらせ、残っている右手でフィアナの顔を引き離そうともがく。
「イメツム! 我慢して! って胸触らないでよぉ!」
「ぐぉあああ――……」
イメツムは薄れゆく意識の中で見た。鮮血に染まり、お互いを喰らうおぞましい獣の姿を。やがて骸となったその二頭の獣の血が燃え、肉が溶け、骨が砂となって消えていく。
その瞬間、何かが繋がった。
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