第72話

 家で落ち着きを取り戻したドナは、その晩の料理に腕を振るう。解放された佑麻の労をねぎらうためだ。ドナが佑麻の皿に甘酸っぱいスパゲティを盛りながら言った。


「ドミニクが警官の友達から聞いた話だと、どうやら近くの病院が患者を奪っていると誤解して、警察に通報したらしいの。こんなことになるなら、もう講習会は出来ないわね」

「このまま終わりにして良いんだろうか?」


 皿を受け取り佑麻が言う。


「しょうがないじゃない。人のためにやっているのに、牢屋に入れられるんじゃ、やる意味がないわ」

「その牢屋の中で考えたんだけど…。ここは、街の人とドクターの間に距離があり過ぎるよね」

「どういう意味?」

「みんな病気になるまでドクターと話すことができない。本当は、病気になる前に話すべきなのに…」

「ナースがその役目をすれば良いじゃない」

「いや、ナースはあくまでもドクターのアシスタントだよ。仮にその役目をしようとしても、今でも忙しくて大変なのに、さらに仕事が増えるなんて無理だろう」

「日本はどうなの?」

「社会保障が確立しているから、みんな気軽に病院へ行ってドクターと話をするよ。必要のない人まで病院に行くものだから、いつも病院は人でいっぱい。ドクターに会うまで何時間も待たなければならない時もある」

「それはそれで大変でしょう」

「とにかく、この地域だけでもいいから、ナースに代わって街の人と病院との間をつなぐ役目の人達がいると助かるよね」

「医療はかなり専門的な知識が必要だから、そんな人を育てるのは簡単じゃないわ」

「いや、もっとシンプルに考えればいい。なにも難しい診断や治療に関する知識は必要ないんだ。近所のおばさん、おじさん、お嬢さんでいい。ドクターやナースが来てくれるまでの間、心配蘇生法の方法、発熱時の対応、出血への初期対処、このどれかだけでも、身近に知っている人がいれば…。例えば、ミミが知っていたとしたら、マムはとっても安心だろう」

「わかるけど…。でもどうやって育てるの」

「今までやってきたことの延長線でいい。街の人を集めて講習会を開くんだ。ただし今度は、今までにはなかった三つのものが必要だけどね」

「何?」

「地域行政に顔が利くオーガナイザー(主催者)、医学的裏付けと講習を助けてくれるメディカルアドバイザリースタッフ、そして街の人が来やすい講習会の会場設定だ」

「うーん…。話を聞いてたら、何かドキドキしてきちゃった。そうしたら、手始めに何から始めたらいいの?」


 佑麻は話を止め、黙々とスパゲティをほおばる。


「だから、何からやったらいいの?」


 佑麻は、相変わらずスパゲティを食べ続ける。


「スパゲティ食べるのやめて、答えなさいよ!…まさかここまで私を興奮させておいて、この先はどうしていいかわからないなんて、言わないわよね!」

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