第47話
どうやらコトは無事治まったらしい。その証拠に佑麻はバスルームにいた。
久しぶりのシャワーである。シャワーと言っても、シャワー口から勢いよく水を浴びるものではなく、水道から大きな桶に水をため、手桶で身体に浴びせる方式だ。
もちろんお湯が出るなんて習慣はこちらにはないので、冷たい水に身体が慣れるまでは少し時間がかかったが、それでも水を浴びれば生き返った気分になる。やはり生物は水から生まれたのだと実感した。
長い間水を出しっぱなしにしていると、ドナがドアを叩いて警告する。
『マムに怒られるわよ!』
薄くはあるが久しぶりに髭をそり、歯を磨く。その時、裸の背に人の気配を感じた。慌てて前を隠して振り向くと、両手で顔を覆った少女が立っていた。
彼女が、この家に居候する十一歳のおませなソフィアであることは、このあとの食卓で知ることになる。よく見ると、ソフィアは指の隙間から佑麻を見ていた。
「いい男ねぇ。さすがアテ・ドナが日本から連れてきただけのことはあるわ…。晩ご飯よ。早く来て!」
タガログ語だが最後の部分だけは、佑麻でも意味が分かった。
食卓には、マムは同席しなかった。ドナはこの家に一緒に住んでいる妹のミミ、そして先ほどのソフィアを佑麻に紹介する。ミミは人見知りするタイプなのか、佑麻が挨拶しても、挨拶を返してこない。その代わりせっせと家事をして、佑麻のテーブルウエアの準備をしてくれた。
食事の後、ドナはミミ、ソフィア、ドミニクをリビングに集めて何やら相談事をしている。時折ドミニクが首をもたげて、佑麻を睨みつけるのをドナは何度もいさめたが、佑麻はリビングにいづらくなったので、グロート(マリアの祭壇のある小庭)に出て、金魚が泳ぐ姿を眺めることにした。
話し合いが終わると、ドミニクは不服そうに自分の家に戻り、ドナは佑麻を引き連れ2階にあがり、彼の寝床の準備をした。日本の建築基準ではあり得ないような急な階段を上がったところが、小広いフロアになっている。床はむき出しのベニヤ板であるが、その床に薄い敷布団を一枚。相変わらず蚊には悩まされそうだが、路上で寝た昨夜に比べれば天国のようだ。ドナとミミとソフィアは、一緒にドアのある奥の寝室で寝る。
その夜、ふたりとも積もる話が山ほどあったが、ドナが寝床を完成させないうちに佑麻はもう寝息を立て始めていた。ドナは優しく佑麻の頭をまくらに添えてやり、明かりを消した。月夜に浮かぶ彼の寝顔をしばらく見入っていた。佑麻の家での看病以来、またこの男の寝顔が見られるとは夢にも思わなかった。
この先どうなるかわからないが、ここまで彼を無事に導いて下さった神様に深い感謝の祈りを捧げるドナだった。
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