第40話

 佑麻はゲートに進むドナを眺めながら、現実なんてこんなもんだと吐き捨てた。


 堂々と送りにもいけない自分を、情けなく思った。佑麻の携帯にメールが着信したのは、その時である。


『Thank you for everything, Donna.』


 携帯を持つ手が震えた。本当にこれがドナを見る最後なのだ。気がつくと佑麻はドナに向かって走っていた。


 ドナは叔母に最後のハグをしている肩越しに、物凄い形相で走ってくる佑麻を見た。不思議とドナに驚きはなく、ただ願いを叶えてくれた神様へ感謝の言葉を何度も繰り返した。

 佑麻は、荒い息を静めながら、ドナの前に立つ。彼の手に握り締められていた携帯を見てドナが言った。


「You were here and why you didn’t show up?(今までいたくせに、出てこなかったの?)」

「ああ。」

「Until my last minute in Japan, You're proving that your Bad guy.

(最後まで悪い奴ね、あなたは。)」


 佑麻を見るドナの瞳がわずかに潤む。


 それからふたりは長い間言葉もなく見つめ合った。お互いがお互いからのサインを必死に探し合っているかのようだった。見かねた叔父がドナを促した。


「ドナ、飛行機に遅れるよ」


 ふたりが同時に叔父を見たので、叔父は何だか悪いことしたような気になって後ろへ退く。向きなおした佑麻がドナに言った。


「元気で」

「Ikaw rin.(あなたもね)」


 佑麻とハグも握手もせず、ドナは彼と叔母夫婦に背を向けて、しっかりとした足取りでゲートへ進んでいった。

 ドナを後ろから見送るもの達からはそう見えたが、実際前に回ってみるとドナの頬は大粒の涙で濡れていた。乗機待ちのロビーでは、ドナは人目もはばからず、声をあげて泣いた。こんな泣けるのは生まれて初めての経験だった。できれば、帰国する前に涙でこの切ない気持ちを洗い流してしまいたい。そう願っているかのようだった。


 ドナを見送った空港での別れ際に、叔父が佑麻に何事かを話しかけた。佑麻は立ち止まったものの、叔父とは視線も合わせず、ただ軽くお辞儀をしただけでその場から離れていった。

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