052 家を手に入れよう (2)

 ――3軒目

「こちらの敷地の広さは、1軒目と2軒目の中間ですね。建物は平屋ですが、広さはそれなりにあります。少し古いので補修は必要かも知れませんね」

「ここは何か曰くはあるの?」

 先ほどのことがあったからか、ハルカがジト目でディオラさんを見るが、ディオラさんは苦笑して首を振った。

「こちらは普通ですよ。この町がまだ村だった頃から住んでいた方の家で、ご覧の通り畑もあるんですが、お年を召されたので今はもっと町の中心部分の、小さな家で生活されています」

 敷地が広いのは、村全体とその周りに作っていた畑をまるごと取り込んで、ラファンの町ができたかららしい。

 この周りも昔はこんな家があったのだが、町が発展するにつれ、広い敷地を分割して家が建てられていったため、今では殆ど残っていないのだとか。

「ここは金貨12枚ですが、ハルカさんたちの要望はかなり叶えられていると思いますよ」

「結構高いわね……」

 そう言って少し渋い顔をするハルカ。

 家賃の相場は知らないが、微睡みの熊亭の宿泊料金などを考慮すると、少し高い気がする。

 日本でも地方ならもっと安いだろう。

「ハルカ、一応中を見てみない?」

「そうです。家を見に来たのですから」

「それもそうね。ディオラさん、入っても良い?」

「はい、もちろん。開けますね」

 ディオラさんに鍵を開けてもらい、中に入った俺たちは、適当に分かれて中を見て回る。

 日本に比べると湿気が少ないからか腐っている部分はあまりないが、一部に雨漏りしている様子もあるし、洗濯場も狭いので風呂桶を置くのは厳しそうである。

 個室と呼べるのは4部屋で、大部屋が1つに大きめの納屋。そして個人的に一番の問題点は台所が小さくて、状態が悪いことだろう。

 先日、アエラさんの所の台所を見たこともあるだろうが、あまりにも酷い。正直、ここで美味い料理が作れるのか、疑問である。

 しばらく時間を掛けて見て回り、再び家の前に集合した俺たちは互いの顔を見るが、やはりその表情は皆、かんばしくない。

「どうだった?」

「……微妙だな」

 ハルカの問いに、俺は少し躊躇いつつもそう答える。

 住めないわけではないが、住みたいかと言われれば、Noと答えるだろう。

「いや、ダメだろう」

「私も、ここはちょっと……」

 紹介してくれたディオラさんが居るのに、はっきりと答えるトーヤと、控えめながら拒否するナツキ。ユキは何も言わずに苦笑しているが、その表情からユキもこの家は嫌なのだろう。

「私も少し厳しいかな、この家は。ちょっと高い気がするし……。そう思わない、ディオラさん?」

「そうですねぇ、そこは、大家さんの思い出補正なんでしょうか。自分たちの大切な家だから、少し過大評価してしまうという……」

 なるほど。不動産屋が間に入ればある意味冷徹に価値を評価してくれるのだろうが、自分たちの家だと良いところは過大に、悪いところは過小に見えるということか。

「他の物件はないのよね?」

「そもそもこのエリアに広い家なんてそう無いんですよ。このあたりは基本的にお金持ちが住む場所じゃありませんから、小さい家が殆どなんです。この家も周りに同じような家があれば、もう少し評価が下がるんでしょうが……」

 競争相手や比較相手が居ないから、高止まりしているのか。

 借りる人がいなければ下がりそうなものだけど、そのままということは、大家はお金に困っていないのかもな。

「う~ん、ディオラさん、少し相談させて」

「はい。正直、決めにくいと思いますから。もちろん、借りないという選択をされても全く問題ないですから」

「ありがとう。それも含めて相談するわ」

 俺たちはディオラさんから少し離れ、額を寄せ合う。

「どうする?」

「う~ん、難しいですね。1軒目は家がなく、ここの家はこの状態ですし」

 と言うか、住める家という事なら実質、この家しかないんだよなぁ。

「2軒目、見てないけど、頑張ってみる?」

「ユキ、何を頑張るんだよ?」

「……除霊とか?」

 指を顎に当て、首をかしげながらそんなアホなことを宣う。

「……ユキ、巫女さんやシスターだったりするのか?」

「いや、全然関係ないよ。親戚一同、宗教に関わりがある人はいないね。どちらかと言えば、巫女さんはナツキが似合いそうじゃない?」

 確かに。ハルカはこちらに来て髪の色が変わってしまったが、ナツキは黒髪だし、和風な雰囲気だから、巫女さんとか似合いそうではある。

「私ですか? 当家も神社の家系では……。傍流にはそちらの方と縁を結んだ者も居ますが、私にそちらの血が流れているわけではありませんし」

「あたしよりはマシだね。こっちの幽霊に巫女さんが効果あるか知らないけど!」

 ユキは……正統派巫女さんなナツキとは違い、アニメ的な巫女さんならアリかも知れない。大幣おおぬさでバシバシ叩くようなイメージで。

「いや、おまえら、ハルカのこと忘れてるだろ?」

「ハルカ? エルフに巫女さんは、どうなんだ? ――いや、それもアリか?」

 案外和服も似合うかも知れない。

 胸がないから、ある意味では最適なんじゃないか?

「違うだろ! 光魔法だよ! 『浄化ピュリフィケイト』ってそのための魔法だろ!」

「…………ああっ!? そうか、あれって洗浄用の魔法じゃなかったな!」

「そうでした。あまりに便利なのですっかり失念してしまっていました」

 まさかトーヤに指摘されるとは。

 元々は『不浄なる物を浄化する』魔法だったよ、あれ。

「ハルカ?」

「魔法的にはできるんでしょうけど、実力的には無理でしょ」

 ハルカに話を振ると、そんな答えが返ってきた。

「私の実力でどうにかなるなら、放置されていると思う? 貴族の館が」

「そうだよねぇ。貴族のお屋敷に住むとか、ちょっと期待したんだけど」

 ユキのプッシュの理由はそんなところにあったらしい。

 少しだけ気持ちは解らなくもないが。

「少し整理しましょうか。『広い庭を諦めて、別の家を借りる』。『高い賃貸料が必要な別の地域で探す』。『諦めて宿屋暮らしを続ける』。『最初の物件に家を建てる』。選択肢はこれぐらいだと思うんだけど、どう?」

「そうですね、それぐらいでしょうか」

 ハルカの提示した選択肢に、俺たちは揃って頷く。

「オレは庭のない家は避けたいな。訓練するために、毎回街の外に行くことになるだろ?」

道端みちばたでやるわけにもいかないしなぁ」

「そうね。これはみんな同意見かしら?」

 トーヤの意見に他のメンバーも頷く。日々の訓練は俺たちには必須なので、ここは譲りたくないところ。

「宿屋暮らしも、そもそもが宿屋でできないようなことに手を出そう、という話だったよな? 錬金術とか」

 料理もさることながら、錬金術に必要な道具を置いておいたり、魔法の勉強に必要な本などを置く場所を確保するために家を借りる方向で話し合っていたのだ。

 宿屋暮らしを続けるとなると、その辺りがすべてダメになる。

「そうよね。美味しい食事を食べたいこともあったけど、私たちのスキルを磨くためというのも大きいから、宿屋は出たいわよね」

「そうなると、残りはどちらもお金がかかる選択肢になりますが……まず、今の所持金はどのくらいあるんですか?」

 大きな家があるような高級住宅街での家賃、新しい家を建てるための費用。確かに、いずれもかなりの額になるだろう。所持金は重要なわけだが……

「正直言って、殆ど無いわね。ユキとナツキの鎖帷子を注文したところだし」

「う、ゴメン」

「私たち、殆どお金を持ってませんでしたからね……」

 ハルカにそう言われ、気まずそうな表情になるユキとナツキ。

 でも、必要経費だからなぁ。2人に怪我をされると嫌だし。

「いや、必要だからそれは全然構わないぞ」

「そうだな、トーヤに比べれば安かったし」

 体格的にはナツキが俺と同じぐらい、ユキが少し小柄なので、鎖帷子も少し安く付いたのだ。

 鎖帷子はその名の通り、鎖状に金属を編んで作っているため、その手間と材料費はサイズに比例する。つまり、値段もほぼ同様に比例するのだ。下手をすると、大柄なトーヤ1人分で、2人の鎖帷子が買えそうなほどに値段の差があった。

「……選択肢、全部消えたな?」

「現状ではそうね」

「つまり、しばらくはお金を貯めるって事?」

「それしかないでしょう。そして、私としては、最初の物件を借りて、家を建てることを事を推したいわね」

「私も自分の好きな家を建てられるというのは凄く魅力的に感じるのですが……少し無駄遣いじゃないでしょうか?」

「私も、良い物件があれば借りたいんだけどねぇ」

 この街の場合、邪神さんが最初の場所に選択しただけあって(?)、基本的に平穏な田舎町なのだ。

 そのため冒険者の数も少なく、住民の多くはこの街に定住している一般庶民。街の開拓に合わせて引っ越してきた移民が多く、所有物件に住んでいる人がほとんどで、庭付き一戸建ての賃貸という需要がほとんどない。

 貴族や金持ち向けの住宅であれば色々な事情で時々空くが、そのあたりは俺たちが手を出せるような価格でもない。

「だから、希望を叶えるなら、自分たちで建てるしかないかと思うのよ。できたら1軒目の土地、買いたいわね」

「ハルカ、買うのですか? 不動産は流動性も低いですし、現金資産の方が良くないですか? ここに定住するわけでもないのでしょう?」

「銀行があればその通りなんだけど。私たち、まだ低ランクの冒険者でしょ?」

「なるほど、そういうわけですか。不動産の流動性の低さが、ここではメリットになるわけですね」

「土地建物は持ち逃げできないからね。土地を買っておけば、街を出て行くとしても売ることができるし。借りた土地だと、建物の代金が丸損だから」

「あの契約だとそうなりますね」

「あとは、解りやすくお金を使っているところ見せる意味もあるかな」

「あぁ、確かに俺たち、金を持っているとみられている可能性、高いな」

 毎回、かなりの数のディンドルを持ち込んでいたのだ。その価値を知っている人であれば、俺たちの稼ぎを想像することはたやすい。

 実際にはそれらの稼ぎは殆ど武器と防具に消えたわけだが、目立つのは俺の持つ槍ぐらいだからなぁ。

「あー、つまりどういうことだ?」

「端的に言えば、私たちがお金を持っていると襲われるかもしれないから、解りやすく浪費しようってこと」

 説明の足りないハルカとナツキの言葉がイマイチ理解できなかったトーヤに、ハルカが簡単にまとめる。

「できれば最初に土地を購入しておきたいわね。しばらく宿屋暮らしが続くとしても」

「月に金貨2枚なら、先に家を建てたらどうなんだ?」

「家を建てたら、相手は売らないでしょ。私たちが出て行くときに家がタダで手に入るんだから」

「あぁ、そっか」

「取りあえず、ディオラさんに聞いてみましょ」

 ハルカはそう言うと、少し離れて手持ち無沙汰にあたりをぶらぶらしていたディオラさんに声を掛けた。

「ねぇ、ディオラさん。1軒目の土地、買い取りはできないかな?」

「買い取りですか? 持ち主は貸し出しを希望ですからねぇ……」

「参考までに、相場だとどのくらい?」

「あの辺りだと、金貨400枚も出せば十分ですが、売るかどうかは持ち主次第ですし」

 俺の感覚からすれば安い気もするが、基本的に日本の土地は高いので、比較対象にならないしなぁ。

 少なくともある程度の大きさの家を建てれば、土地よりも家の方が高くなることは確かなようだ。

 そりゃ、土地を安く貸しても良いよな。後で家付きで戻ってくるなら。

「ディオラさん、交渉は頼めない?」

「う~ん、交渉ですかぁ……」

 少し渋い表情を浮かべ、あまり乗り気ではない様子。

 そもそも仲介自体、冒険者ギルドの本業では無いのだから、解らなくもない。

「……ナオ、そういえば、乾燥ディンドル、結構たくさん作ったわよね?」

 唐突なハルカの言葉に、ディオラさんの眉がピクリと動く。

「ああ。自分たちで食べるために、それなりに確保しておいたな。高い果物だし、贈答用にも良いかもしれないしな」

「そうよね。お世話になった人へのお礼の品としても使えそうだもの」

 あまりにも解りやすい餌だが、ディオラさんには無視できなかったらしい。

 渋い表情を笑顔に変えて、ハルカに声を掛けてきた。

「ハ、ハルカさん? 確約はできませんけど、交渉、頑張ってみましょうか?」

「あー、無理する必要は無いよ? 土地だけなら他の地域でも手に入るかも知れないし……」

 あまりに解りやすいその態度に、ハルカは口角を上げてそんな事を言う。

「いえいえ、もちろんそうかも知れませんが、相場的に安いのはこの近辺ですから! ここを選ぶのは悪くない選択だと思います、ええ!」

「そう? それならお願いしても良い?」

「はい、お任せください!」

「私たちにも金策が必要だし、急ぐ必要は全くないから、腰を据えて交渉してね。価格は相場以下なら構わないけど、安くなればその分、頑張ってくれた方にはお礼を弾まないといけないわよね?」

「頑張らせて頂きます!!」

 ハルカがそんな言葉を付け加えると、ディオラさんはドンと胸を叩いて力強くそう言った。

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