第10話「そして、真相へ」

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 ――――――ついに、この時が来た。

 俺は、この時を待っていた。

 そう、今日は明美とのデートの日なのだ。


 長かった、ここまで。彼女に一目ぼれしてから数日なのになぜだかそう思えてしまう。話しかけたのは当然あのアーケード街が初めてである。

「いや、のんきに考えごとしてる場合じゃなかった」

 ……こうしてはいられない。早く、待ち合わせ場所の星摘駅に向かおう。約束の九時まで後三十分。ここからなら十五分もあれば着く。これなら余裕だろう。




「……ごめん、遅くなった」

 ……どういうことだ。俺は十五分前に来たというのに、彼女は既にいたのだ。

「いいのよ。私、ものすごく早起きだからどうしても早く来ちゃうのよ」

 それにしたって早いでしょう。


「それで、明美はいつからここに?」

「三時間前よ」

 ……はい? 今、なんとおっしゃいましたか……?

「なんでまた、そんな早く来たんだ……」

「だから、私すごく早起きなんだってば」

 いやだから、そういう問題じゃないですよね……?


「そんなことより月峰君。早く電車に乗りましょう? 私、早くスゲーイモール行きたいわ」

 ……なんだかいつもよりいきいきしているな、明美。まあ、彼女が楽しそうならいいのだ。

 俺も、これでもかというくらいに楽しもう。




 電車に乗り込む。さすがに平日の昼間は空いているだろうと思ったのだが、予想を外してしまった。……なんと、地域の小学校の遠足と被ってしまっていたのだ。

 電車の中には大勢の小学生。ああ、これが人海戦術というやつか……。いや、違うよな。


「その、ごめんな明美。もうちょっと空いてると思っていたんだけど……」

 本当に申し訳ないです。

「え? いいわよ別に。私、小さい子好きだし」

 明美さん、ものすごく楽しそうである。よかった。本当によかった。

 今日は、既にものすごく楽しい日になっていた。




 電車に揺られること一時間。目的地のスゲーイモールの最寄り駅に到着した。ここから徒歩で約二〇分。バスもあるけど、どうしようか……。

 明美の方を見る。いない。


 ――――いない!? なんで!? 


 俺は辺りを見回す。昨日の奴らからの攻撃かもしれないからだ。

 しかし、それは杞憂であった。彼女は、先にスゲーイモール目指して歩き始めていたのだ。

 なんとか追いつく。明美さん、歩くの速いです。


「遅いよ、月峰君。私、早く行きたいのよ」

「――あ、ああ、そうだよな! じゃあ、早く行こうぜ!」

 ……なんだか、今日の明美は変な気がしてきた。異常なまでにご機嫌だ。やはり、一応聞いておくべきか。


「あのさ明美、なんで今日はそんなにご機嫌なんだ?」

「なんでって、そんなの決まってるじゃない。私、スゲーイモール大好きなのよ!」

 そう言って笑った明美の顔は、とても眩しかった。それはまるで、向日葵の様な、そんな、眩さだった。




 二人で海岸沿いの道を歩く。


 ……季節はまだ冬だ。つまり、ものすごく寒い。

 だというのに明美は、


「潮風が気持ちいいー!」

 なんて言いながら駆け抜けてゆく。

 おーい。いつものクールビューティ―はどこに行った。


「今から飛ばしてたら今日一日もたないぞー?」

 忠告をする。これで立ち止まってくれるかな。

「なんでよー。この道を走らないで、いつ走るっていうのよー」

 だが無意味だった。予想はできていたが、やはりショックである。


 ……でもまあ、今日は明美の笑顔がいっぱい見られるわけだから別にいいか。

 現に、この時点で明美笑顔カウンターがベストスコアを叩き出している。

 これは、期待せずにはいられないというやつである。

 ……よし、俺も走ろうか。本当は夏にやりたかったが仕方がない。季節的なフライングもまた、粋なものである。




 明美と追いかけっこをしている内に、いつの間にかスゲーイモールに辿り着いていた。

「着いたー! よーし、まずは昼ごはん食べましょ! 私、おいしいイタリアンのお店知ってるから、そこに行きましょ!?」

 ……プロだ。ここの地形を把握し尽くしている。

 俺の方でも店のリサーチは行っていたが……これは従っておいた方が無難であろう。

 ……正直、エスコートしたかったのだが、今日の彼女は強すぎた。




 イタ飯――死語?――を食べ終わる。確かに、とても美味しかった。

 親父が喫茶店をしているため、俺も軽食は作れる。それなりに自信がある。

 だが、やはりここのプロが選んだプロの料理人の腕は格が違った。俺なんかでは到底及ばない料理の腕だった。


「美味しかったね、月峰君」

「ああ、美味しかった。あんなに美味しいナポリタン、食べたことなかった」

 本当に、美味しかった。いつか明美に作ってもらったナポリタンに匹敵するほどだ。


「ふふー、月峰君もったいないことしたねー。ここのおすすめはバジルスパゲティーだったのだー」

 なんて、ものすごく自慢げに話す明美。

「え。じゃあなんで言ってくれなかったんだ?」

 そんなに美味しいのなら、是非食べたかったのだが。


「えー。だって、初めて来ていきなり一番おいしいの食べちゃったら、つぎからつまんないじゃん」

 ……ふむ、俺が飽きてしまわないための配慮だったのか。感謝感謝。

「……さて、そろそろ買い物しないか? 行きたいとこ、言ってくれよ」

 手際良く提案する。手際良く、というのは自己申告であるが、別にいいだろう。それぐらい見栄を張らせてほしい。


「うーん、そうねー。……よし、決めた。私、春物の服が欲しい! これもおすすめの店知ってるから、そこに行きましょ!」

 うむ。いい。こういう展開を待っていた。

 ……よし。では、早速向かおう。




「…………」

「どうしたのー? はやくはやくー」

 ……いや、明美さん。

 そこ、ファンシーな服しかありませんよー?

 あなた、一体いつそんな服着ていらっしゃいましたか……?


「私だってこれくらい着るわよ―」

 などと、両手を振りながら力説する明美さん。……なんだか、これが夢な気がしてきた。

 ほっぺたをつねってみる。――いたい。夢だけど、夢じゃない。


「なにやってるのー? 月峰君、今日なんかヘンよ―?」

 そのセリフ、おもいきりブーメランしていますけど。

「……本当に、買うつもりなんだな?」

 一応、念を押してみる。マジに気の迷い的な何かかもしれないからだ。

 ――が、


「んー、買うかどうかはまだ分かんない。……でも、そういうのは試してみなきゃわかんないもん」

 ……なるほど。明美さん、チャレンジャーだったのね。メモメモ。




 結局、買った。それも、ピンクのもこもこフードパーカー(うさぎの耳付き)、水色と白のストライプセーター(これも、もこもこ)、そして、もこもこメガ盛りMAXコート。

 ……いや、あのさあ。もこもこに関してはもういい。追及はしない。……だが、


「春物はどうしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」


 これだけは叫んでおきたかった。まわりの人々がびっくりしているが、まあそりゃこっちだってびっくりしたから明美に向かって叫んだわけなのでごめんしてほしい。

 だって、本末転倒だもの。うさぎだって春になったら毛が生え変わり始めるぞ。それなのになんで、あなたは逆行なさるのか。


「いいじゃないのー。もう、一目ぼれだったんだから―」

 これでは、救いがなさすぎる。唯一の救いは、自腹で買うと言い張った所だ。これで俺がお金を出して買って、その後一度も着られなかったらそれこそショックである。

 ……まあ、後悔は微塵もないだろうが。


「よーし! 次もガンガン買うぞー!」

 走り出す明美。……これは、俺の財布もいりそうだな。

 ――――資金の貯蔵は充分だ。

 俺は、明美の後を追いかけた――――――。




 帰りの電車では、明美は眠りっぱなしだった。……無理もない。あれだけはしゃいでいたのだから、むしろ当然である。

 結局、買い物の総額は五万円を超えた。

 ……にもかかわらず、明美は全て自腹で済ませた。

 これでは俺のメンツが立たない、と言ったのだが、


『じゃあ、交通費は月峰君持ちってことでいい?』

 なんて、やはり俺の負担の方が軽い結果になってしまった。

 男としてこれでいいのか、とも考えたが、言いくるめられてしまった以上、最早メンツもくそもない。仕方がないので、俺は切符を二枚買ったのであった。




 星摘駅に到着したので、明美を起こした。

 彼女はまだ眠そうであったが、自分で歩く、なんて意地を張って歩きだした。

 さすがに、走りはしなかった。




 夕焼けで赤く染まる道を、俺たちは歩いた。

 このまま今日は終わってしまうのかと思うと、なんだか寂しくなった。

 ……俺は、もっと明美と一緒にいたい。


「なあ、明美。……御馳走作るからさ、俺の家で晩御飯食べてけよ」

 ここからなら俺の家の方が近い。今度こそ、と願う。

「……、実はね、月峰君。私、あなたを――――」

 明美が何かを言いかけた、その時だった。


「なんだ、今日はどこをほっつき歩いてるのかと思ったらデートだったのか。……楽しめたか? 後でじっくり聞かせろよ?」


 親父の声が、背後から聞こえた。


「親父か! 驚かせるなよな、最近物騒だから不審者かと思ったぞ」


「ははは、悪かった。……それよりもカイ、そっちの子は彼女さんか?」

 親父は、未だ背を向けている明美の方を見ながらそう言った。

「な――――! そ、そんなんじゃ……。……じゃなくて、落ち着け、俺。えーと、クラスメイトの、明美さんって言うんだ。 べ、別に、彼女とかそういうのじゃないぜ。なあ? 明美?」

 俺は、明美の方を向いた。

「――――――」



 明美は、親父の方を向いて、

 そして、

「――――――うそ、どうして、なんだって、あなた、が――――」


 明美は、震えていた。

 親父の声に。


 明美は、泣いていた。

 親父の姿に。


「親父――――?」

 俺は、親父の方を向く。


 親父もまた、顔がこわばっていた。

 目が、潤んでいた。


「あ、ああ。あ、あ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 その慟哭は、明美のものだった。

 その嘆きの後、彼女は闇の中へ走り去っていった。


 ワケが、わからない。

 なんで、こんなこと、に。

 俺は親父に問いかける。

「親父、アンタ、明美と何かあったのか」

 それに対して、親父は驚愕の返答をした。




「――――アイツは。俺の娘だ」


「――――――――――は?」


「俺が、止めてやらないと」

 それだけ言うと、親父もまた、闇の中へ消えていった。




 辺りは既に暗黒の闇。

 闇の中で、俺だけが立ち止まっていた。


 辺りは暗闇。

 いつの間にか、日が暮れていた。

 冬は、日が暮れるのが早い。


 辺りは暗闇。

 いつの間にか、ひとりぼっち。

 今日は、人が消えるのが早い。


 ……俺は。ひとり、暗闇に立っていた。




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