カーテンの隙間から


 ああ、今日もまた。

 覗かれている。


 私は布団を頭からかぶって、そこを意識しないように五感をシャットアウトした。

 そうすれば、いつの間にか寝てしまう。

 日付を超えて目を覚ます事が出来たら、私の勝ちだ。

 次の日を無事に迎えられたことに感謝して、ベッドからゆっくりと出る。

 そして勢いよく、ぴっちりと閉まっていたカーテンを勢いよく開けた。


 朝日が私に向かって、まぶしい光を容赦なく与えてきて、目を細める。

 それでも、おかげで更に私の意識を覚醒させた。

 私は小さくあくびをすると、学校へ行くためにゆっくりと準備をする。

 朝になると、視線は無くなるから呼吸が楽になる。

 夜になるまでは、大丈夫。

 もしもそうじゃなければ、私の精神はずっと前におかしくなっていただろう。

 それは運が良かった。

 ……いや、普通の人には視線が無いのだから、運は全く良くない。


 私は自嘲気味に笑いながら、家から出た。





 視線を感じるようになったのは、一体いつからだろうか。

 それを覚えていられないぐらい昔からで、それでも未だになれる事が出来なかった。

 私の生活を脅かす存在は、正体が分からない。

 何が目的で、どうして私を覗いてくるのか。

 分からないからこそ、正体不明の恐怖に怯えている。


 今まで、誰にも相談できずにいた。

 しかし、もう限界だった。


「視線を感じる?」


「うん、そうなの……夜の間だけど」


 私はとうとう、友人の一人である湯沢に助けを求めた。

 彼女は同い年とは思えないぐらい落ち着いていて、相談をするにはもってこいの人材だった。

 だから昼休みに時間を作ってもらい、話をしていた。


 夜になると、きっちりと閉めているはずのカーテンから視線を感じること。

 そちらを見たら、なにか良くないものと目が合いそうなので、絶対にそちらを見ないこと。

 その状況がもう、ずっとずっと前から続いていること。


 ご飯を食べながら並行して話していれば、湯沢は真面目な顔をして聞いてくれた。


「……っていう感じなんだ」


「そう」


 特に口を挟まれることなく、話は終わった。

 私は彼女の反応を、ドキドキしながら待つ。

 口元に手を当ててしばらく考えたあと、私の方を真っ直ぐに見て口を開いた。


「一度、唯の部屋を見せてもらってもいい? 今の話だけでは、判断が出来ないから」


「えっ? ああ、うん。いいよ」


 言われた言葉が、相談に対する答えではなくて驚いたけど、その提案は私にとって嫌なものではなかった。

 だから最初は戸惑ったけど、すぐに頷いた。


「良かった。それなら、家に行くのいつならいい? 私としては、早ければ早い方がいいんだけど」


「そ、それなら、今日の放課後はどう? ……あっ、でも時間があればだけど……」


「いいね。今日の放課後にしよう」


 私の答えに、湯沢は満足そうな顔をする。

 間違っていなかったのなら、良かった。

 今の私には、湯沢しか頼れる人がいない。

 だから見捨てられたら、また一人で悩まなきゃいけなくなってしまう。


「ありがとう。すっごく助かる」


「いいよ。困った時はお互い様だし、友達なんだから」


 ほっと安堵して、私はお弁当箱に残っていたプチトマトを口に入れた。

 私が嫌いだとわかっているのに、彩りのために入れられるそれは、潰した途端に何とも言えない味が広がる。

 それをお茶で流し込んだけど、いつまでも消えない味は、昼休みの間私をずっと苦しめていた。





 そして放課後、私は湯沢を引き連れて家へと帰った。

 二人だけで帰るのは初めてだから緊張したけど、意外にも彼女の話の豊富さに助けられた。

 思っていたよりも楽しく家まで帰ることが出来て、私は驚いてしまったぐらいだ。


「ここだよ」


「おー、マンションなんだ。凄い」


 私の家があるマンションの前まで来ると、彼女は見上げて興味深そうな顔をする。

 確かに最上階まで三十階ほどあるから、その気持ちは分からなくもない。

 それでも何だか恥ずかしくなって、腕を引いてさっさと中へと入った。


 エレベーターで目的の階まで行って、鍵を開けて部屋に入る。

 そこまでの間、湯沢は特に何も言わなかった。

 しかし気まずいという感じはなく、私としてはありがたかった。


 家には他に人はいなくて、私が誰を連れてきても特に文句は言われない。

 だから気兼ねなく、自分の部屋の中に入れた。


「ここが、私の部屋」


「なかなか広いね。もしかして、唯はお金持ちだったの?」


「そんな事ないって。ああ、そうだ。ジュースでも飲む?」


 私の部屋を見た彼女はからかいまじりに、そう聞いてくる。

 そう言われるのは嫌で、すぐに話題を変えた。

 湯沢はきちんと察してくれて、これ以上深くは聞いてこなかった。


 それぐらい空気が読めるのならば、話題すらだして欲しくなかったものだけど。

 これは、さすがにハードルが高いから言わない。


 私は返事を聞かずに、ジュースを持ってくるために部屋から出た。

 冷蔵庫にあるのは、お気に入りで取っておきのものだけど、この際仕方がない。

 私は客人用のコップに注ぎ、お盆にのせて戻った。


「おまたせー……って、何やってるの?」


 明るく声をかけて部屋に入れば、湯沢がこちらを驚いた顔をしてみながら、腕を後ろに隠した。

 そんなことをしていたら、絶対に気になるというもので。

 私は何を隠したのだろうかと、彼女の後ろを見ようとした。


 しかし後ろに回り込もうとしても、体を翻されて見せてもらえない。

 そうなると見るまでは、絶対に終われるはずがない。

 私はフェイントをかけて、半ば騙すように後ろに回った。

 そして、彼女が手に持っているものをとる。


「……え、何これ……」


 それは、とても小さな機械みたいなものだった。

 親指と人差し指で足りるぐらいの大きさで、少し力を入れれば簡単に壊れそうだ。

 でも、これが何なのか私には分からなかった。


「盗聴器だよ」


「えっ……ええっ!?」


 しかし彼女は、分かったみたいだ。

 眉間にしわを寄せて出てきた言葉は、私に衝撃を与えた。


 盗聴器?

 そんなものが、どうしてここに?


 私は信じられない気持ちで、彼女の顔を見た。


「カーテンのすき間にあったの……誰がつけたかは分からないけど、たぶんそれが原因なんだと思うよ」


「嘘……」


 小さなそれを見ながら、私は色々なことを考えていた。


 まさか、こんなにも早く見つかるなんて。

 どうして盗聴器なんかが、ここにあるんだろう。

 誰がいつ、何の目的で?

 何を聞かれていたのだろう。


 そんなことをぐるぐると考えていたら、私はいつの間にか気を失ってしまったらしい。





 次に目を覚ますと、心配そうに私をのぞき込む湯沢の姿があった。


「大丈夫?」


 気を失った私を、今まで看病してくれたようだ。


「ありがとう。もう大丈夫だよ」


 私は心配させないために、ゆっくりと微笑む。


「それなら良かった。……さっきのあれは、処理しておいたから安心して」


「ごめんね、ありがとう」


 何から何まで、やって貰ってしまったのか。

 私は慌てて寝かされていたベッドから起き上がろうとしたけど、片手で制されてしまう。


「もう少し、ゆっくりと休んでいな。私は帰るね。あまり遅くなったら、心配されるからさ」


「うん」


 彼女は荷物をまとめると、そのまま部屋を出ていった。

 扉の閉まる音と、金属音を耳にすると、私はまたベッドに横たわる。


 まさか盗聴器をしかけられていたとは。

 でも、こんなにも早く見つかって良かった。

 これで安心して、夜も眠れる。


 私は少し首を傾けて、開け放たれているカーテンを見た。



 ……何かを感じた気がしたけど、きっと考えすぎだ。

 もう危ないものは、無くなったのだから。










 あはは。

 私を信じて、なんて馬鹿なんだろう。

 あれを見られた時は焦ったけど、上手くごまかされてくれた。


 都合よく眠ってくれたから、たくさんしかけられて良かった。


 これでもっとたくさんいっしょにいられるね。

 わたしがまもってあげるからあんしんしてねむって。





『カーテンの隙間から』

 ・夜になると、きちんと閉めたはずのカーテンから視線を感じる。

 ・それは、本当に隙間から?

 ・カーテンを閉めたからこそ、現れたものじゃないのか。

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