壱ー5
突然フリーメールのアドレスで送られてきたのは、生田目君が凌辱されている画像だった。
おそらく校内で撮られたものではなく、どこか倉庫の中だと思われる。
顔は涙と血でわやになっていて、全裸の腹部は痣と火傷で塗り潰されている。一緒に添付されている動画ファイルでは、彼が泣きながら局部を慰めていた。
言う事に従わなければ殴られる。従っても蹴られる。
男子特有の間延びした野卑な声と嘲笑が響く中、生田目君の尊厳は失われていた。
やがて生田目君は射精する。
脱力して肩を落とした瞬間、彼は頭を踏みつけられた。
床ごと自分の精液を舐めさせられている。ひときわ耳障りな笑いが起こった。
見ているだけで気分が胡乱になってくる。
「これは……?」
画像と動画の他にURLが添付されている。某動画サイトのURLらしい。嫌な予感しかしないけれど、私は息を呑んでURLの先へ飛んだ。
それはライブ放送だった。
コメントは「w」と軽薄で中身のない単語がひっきりなしに流れ、肝心の動画では全裸の生田目君が床に蹴り転がされている。蹴ったのは同じクラスの深沢だった。
深沢はお腹をかばい丸まった生田目君の背中に、咥えていたタバコを押し付ける。
うめき声が上がった。笑い声も上がった。
『え、なに? 新しい人入った? いらっしゃーい。あー多分アレじゃね? さっきメールで送ったから飛んできたんじゃないの。うたか……おっと、最近シノブクンが仲良くしてる子』
背骨の裏を舐め上げられた、錯覚を覚える。
間違いなく私の事だ。肌が冷たくなる。手が震える。
私もこれまではイジメに直接関わらないでいた。
でも今になってなぜ、どうして深沢は私にこれを送ってきたのか。
嫌な予感はみるみる膨れ上がる。
深沢は生田目君の髪を乱暴に掴むと、画面に向かって彼の顔を接近させる。
楽し気に宮沢賢治を語った面影は無残に散らされている。
『せっかくだからシノブクンのお友達にも見て貰おって事で招待送ってみたんだけどどうかなー? 楽しんでくれてる? ほらシノブクンも顔見せたげなよ。笑って笑ってー、ほら、イエーイ』
生田目君は目も口も半開きのまま呆然としていた。
絶望した人間の思考速度は停滞する。
いま何をされているのか理解が遅れているようだった。
なので生田目君は思い切り殴られた。
『笑えよ』
画面にしかめたような表情が浮かぶ。
必死で口元を吊り上げようとしているようだった。
でもとても笑顔では無い。
流れるコメントの「ぶっさwww」という言葉に背筋が凍り付く。
どういう人間性でこれを書いたんだ?
『そうそうやればできるじゃーん』
『うぐっ』
ご機嫌な声で深沢が生田目君の背中を思い切り叩く。もちろんわざとだろう。
私は津波のような嘔吐感と嫌悪感の中で激怒した。肌に冷や水を塗られるみたいな感覚と同時、頭はインフルエンザのように熱で浮かされる。
冷静さよりも先に指が動いていた。
私のコメントが流れていく――「笑えない。本当に最低のクズだお前らは」と。
『えー何それー』
『ひっでー』
『クズだってよ、俺ら』
まるでちょっと気の利いた冗談でも言われたように。
いや「ように」じゃない。本人らにとっては本当にその程度の認識なのだろう。
画面の向こうのクラスメイト達はめいめいに笑い合う。私の怒りをダシにして。
余計に腹の底が煮える。
けれどすぐに違和感を覚える。
へらへらと口の端を歪める男たちの中で、ただ1人、いの一番に調子づきそうな男が――深沢がおかしかった。
まるで能面の様に冷めた表情で、道端の羽虫を意味もなく眺めるような顔で、ただ沈黙していた。
『え……深沢?』
『え何? 今度は何すんの?』
深沢は何も言わず、壁際に落ちていた木材を拾い上げる。
そしておもむろに振り上げる。
『”#$%&$!!』
角材は生田目君の脳天めがけて振り下ろされた。
悲鳴にならない悲鳴が響く。
他のクラスメイト達は絶句する。
コメント欄も「うわ」「マジ?」「えっぐ」等と無機質な戸惑いの言葉が過ぎっていく。
『ぎっ、あう、げっ、う、っ、……』
深沢は構わず何度も何度も角材を振り下ろす。
仮面みたいな薄い表情に、徐々に昏い笑みを宿しながら。
のたうち呻き悲鳴を上げる生田目君を、まるで肉袋を叩くように。
私は始めの内、呼吸を忘れていた。
画面の向こうで何が起こっているのか、すぐに処理できなかった。
やがて小さく、ボソッと、けれど確かに深沢の独り言が聞こえて。
『……殺してやる』
臓腑を乱雑に掴まれるような、嫌な嫌な闇を含んだ声が私の正気を呼び戻す。
何が深沢をそうさせた?
分からない。分かる事はひとつ。
このままでは生田目君が殺されてしまう。
私の余計な一言のせいで。
咄嗟にタッチパネルを操る指先が電話帳を呼び出す。
けれど冷静さは欠いていた。
だから私の覚束ない指先は110番でなく、あの人の番号に伸びていた。
『はい死本です』
「死本さん! お願い、助けて!」
『……っ、るっせ……!』
舌打ちと少しの間を置いて。
『いきなり電話口で、大声で怒鳴んじゃねえよ……鼓膜破れるわ』
「ごめんなさい! でもそれどころじゃないの! このままだと生田目君が……殺されちゃう!」
『……――何て?』
「だから深沢が生田目君を、今、ライブ放送で……殺してやるって……」
『殺される、だって?』
もう一度だけ少しの静寂。
『……死本さん?』
『へえぇぇ……ほうほう……』
半狂乱の私と裏腹に、通話越しに聞こえてきたのは、高揚を隠せないといった風の声色。基本的に不機嫌で気だるげな死本静樹の、本当に珍しい上機嫌が聞き取れる。
遅ればせながら、ようやく気付く。
私は電話する相手を致命的に間違えたのだ。
けれど不死身の異常者は何を思ったのか食い付いた。食い付いてしまった。
『それ詳しく聞かせろ』
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