第二十六話 “アースガード”

 “ギルド”とはパーティを超え、転生者同士で協力しようとする組織の事だとナイトは説明した。

 ナイトからギルドに誘われた僕らは、構成メンバーと顔合わせをする。今まで転生者に合わなかったのが嘘であるかのように目の前には二十人を超える転生者が集まっていた。


「転生者、こんなにいたんですね」


「はは。彼らが僕達の仲間です。 ギルド”アースガード”は異世界人の侵攻から地球を守る正義の組織です」


 現れたのは年代も性別もバラバラな転生者達だった。多くは二十代から三十代に見えるが中には十代前半の子供や五十過ぎの男性の姿も見える。格好もスーツや白衣などの仕事着と思われるものから、金属製の飾りを大量に付けたパンクな物、コスプレ衣装のようなゴシック&ロリータ、さらには森の木々と同化しそうなミリタリーファッションを着込んだ集団も見受けられる。


「ナイト。ウチらも自己紹介した方がいいかな~」


 声を上げたのはギルドメンバーの中で最も若年だと思われる淡い青髪の少女だった。フリルのついたかわいらしい服装に顔つきはまだ幼く小学生と言われても納得できる容姿である。


「はい。そうですね。これから接する機会もありますから言語スキルを持つメンバーだけでも挨拶してしましょうか」


「じゃあ、ウチからね~。ウチはヒーラ・フルネ。フランス人だよ~。ギルドでは魔法で傷の回復を担当しているよ~」


 少女はあざとく首を小さく傾げ挨拶をする。


「魔法、ですか?」


 魔法、というヒーラの言葉に僕は思わず前のめりになる。女神の説明で話だけは聞いていたが、魔法という概念のない地球に住んでいた僕達でも魔法を使うことができるのだろうか。


「魔法もスキルの一種なんだよ~。【魔】の因子を装填することでその人の適性にあった魔法を取得できるの~。ただ、魔法に適性がない人も多いみたいで、そう言う人は魔法は使えないんだって~」


「ちなみにギルドの中で魔法の適性を持つのは僕を含め、今から紹介する五人だけです」


「なるほど。案外少ないんですね」


 ギルドメンバーは全部で二十三人と言っていたから魔法の適性を持つのは約20%。僕らのパーティでは一人いるかどうかといったところか。僕は少しだけ肩を落とす。


「そういえば、僕の紹介もまだでしたね。僕はナイト・ロッソ。イタリア人です。アースガードのリーダーをさせてもらっています。とはいえギルドメンバー間では上下関係はないので気軽にナイトと呼んでください」


「ナイトはね~、すっごいやさしいんだよ~。みんなのお兄さんみたいな存在だね~」


 ヒーラに飛びつかれながらナイトは体の向きを変える。それに合わせ三人の男が一団から前へと進み出る。


「他のメンバーもヒーラが紹介するね~。まずはギルド最年長のスミスさん。創造系のスキルでギルドメンバーの武器や防具をガシガシ作ってくれるんだ~」


「ガハハ。スミス・ミュラーだ。52歳のスイス人だぜ。使える魔法は『エンチャント』っつう、物に効果を付加するっつうものだ。よろしくな」


 白い肌に濃いブラウンの髪はツンと逆立っている。体つきは纏うTシャツが弾けんほどの筋肉質で話し方と相まって豪胆な印象を受ける。


「隣の迷彩服を着ているのがスカウドさん~。なんと、サイチ達と同じ日本人なんだよ~」


「俺は雪江せっこう透人スカウドだ。『気配遮断』をもってるから未探索地域や魔物の調査を中心にやっている。地味にギルドには日本人がいなかったからサイチ達が入ってくれるのならうれしいぜ!」


 張りのいい声が響く。彼が着込むのは木々に紛れるような暗い緑色の迷彩服だ。顔面の半分以上を黒い布で隠しており口元の動きが見えないが、話し方を見る限りノリがいい人物なのだろう。同じ日本人、仲良くできるだろうか。


「それで~。そこの薄着の人がメイジさんだよ~」


「コラ、誰が薄着だ! これはファッションなんだよ。ファッション……おっと。自己紹介だったな。俺っちはメイジっていうんだぜ。ああ、苗字とかめんどくさい物は地球に置いてきてやったぜ、パンクだろ?」


 裸に革ジャンを羽織った男性はとびきりの笑顔でこちらを見つめてくる。僕はそっと目を逸らした。


「って、おい! なぜに目を合わせてくれねえんだ」


「……あれ、そういえば、シーフさんは魔法を使えないんですか?」


 僕は疑問を口にする。ナイトが言うには戦闘班は全員魔法がつかえるという。てっきりナイトと行動をしていたからシーフも戦闘班だと思っていたのだが違うのだろうか。……メイジの事はめんどくさい臭いがするし、当たりが強い人と言葉を交わせそうにないので、とりあえず無視する。


「はは。メイジさんは少し黙っててね」


「おい、ナイトまで。ひでえぞ! ふがっ!?」


「……それで、シーフさんの事だけど。彼は魔法は使えないんだ。だけどスキルが特殊で戦闘向きだから僕のパーティに入ってもらっているんだ」


「……」


 特殊なスキル? 僕が目を向けるがシーフは沈黙を保っている。逆にあまりにはしゃぎすぎるメイジはスミスに引っ張られ奥へと退場していった……何だったんだ、あの人?


「それで、その特殊なスキルというのは何なんですか?」


「はは。シーフさんのスキルは『強奪』です。触れた相手のスキルを一時的に使用不可にし、倒した相手のスキルを奪うことができるという強力なものです」


「ええっ!? さすがに強すぎませんか、そのスキル」


 エイムが聞いていたら絶対に「チートスキルだ!」と騒ぎだしていただろう。仮に敵としてそのスキルと当たったらどう戦えというのだろうか。スキルを封じられ、無数のスキルを駆使する相手。完全に悪夢だ。


「はは。もちろん発動条件がありますし、スキルを奪うにしてもかなり厳しい条件がありますけどね。ですが強力なスキルだということは確かです。僕たちは人数がいますからスキルについてはいろいろ試しているのですよ。そしてシーフさんのスキルがその成功例。サイチさん達も僕たちのギルドに入れば当然、そのカラクリをお教えします」


「ははは。さりげなく勧誘してくるんですね」


「当然です。僕たちは転生者同士協力し合うべきなんですから、行動を共にすることにデメリットはほとんどなく、人数が増えるメリットは大きい。僕としては何としてもサイチさん達に仲間に加わってほしいんです」


 ズズズ、と鼻先まですり寄ってくるナイトの顔に僕は思わず後ずさる。ナイトのまっすぐで誠実な言葉に身構えてしまうのは僕の悪い気質だろう。

 僕はあいまいな笑みを返す。




「おーい。そろそろ探索班は出発しようと思うけど、大丈夫か?」


 迷彩服の日本人、スカウドの声にナイトの勧誘が遮られる。見ればスカウド含む五人の転生者たちが鉄製の鈍器を片手に集まっていた。


「はは。そういえばそろそろ探索の時間ですか。よろしくお願いします」


「探索、ですか?」


 迷彩服姿のスカウドは武器を肩に担いだ。先ほどの話を聞くに、新たな地域の探索に向かうのだろうか。


「ああ。俺達の担当は”ボス”の調査なんだ。サイチ達はコレ、見たことあるか?」


 スカウドの手に握られているのは透明の立方体だった。目の前に差し出されたそれを手に取る。立方体の中心には青色の大きな光がともっており、その周りにはバラバラに赤い大小さまざまな光が散らばっている。


「これは女神様から頂いた“ギフト”だ。この“探知機”は周囲にいる上下五レベル以内の敵との位置関係を自分の居る位置を中心に表示することができるぜ」


 よく見れば赤い点は少しずつ動いているようだ。基本的には同一平面上にいるが中には上下にずれた位置にも存在する。


「一般的な探知機は衛星を利用する関係で上下の座標を測るのには向かない。だが、女神様の用意したこの探知機は原理が違うんだろうな。上空や地中に魔物が居る場合、高度の違いもこの立方体に表示されるんだ」


 スカウドが光の点を指さす。僕らは立方体を二人して覗き込んだ。


「へー。便利ですね。例えばこの下にある点は魔物が地下にもぐっているということでしょうか」


「ああ。上にあるのは木の上にいるか、飛んでいる個体だ。光の強さはそのまま個体の強さを表すから光が強ければ強いほど強い個体だということを示す。それで俺達が調査をするのはこの一番強い光を放っている魔物だ。これがおそらくこの地域の”ボス”だろうな。ボスは大量の経験値を持っているのに加え、強力なメダルを落とす傾向にある。俺達はそれを優先して狙っているんだ」


 魔物の位置がわかる道具。これがあればレベル上げを効率的に行うことができるし、危険を避けることもできるだろう。


「調査、というと、どういうことをするんですか?」


「あっ? ああ。当然”ボス”というぐらいだから奴らはえらい強いんだよ。戦うなら直接戦闘はできるだけ避けたい。だから俺達が先行して戦う前に罠を仕掛けたり、環境を調べたりして有利に戦えるよう準備をするんだ……だが、今回は今までのボスとは少し様子が違うようなんだよな」


「様子が違う、ですか?」


「ああ。どうも気になる反応があってな。探知機に表示されている光なんだが、時折反応が消えるんだよ」


「反応が消える……探知を避けるスキルを持つ魔物がいるということですか?」


 僕の疑問にスカウドが首を横に振る。


「確かにスキルには自身の発する音や臭いを遮断する『隠密』系がある。だけど、女神の”ギフト”は電磁波を媒介にしているから『隠密』スキルでは無効化できないはずだ。探索をしていたらいきなり強敵と遭遇、なんてことになったらシャレにならないからな。少し調査をしてくるんだよ」


 僕はリビングウッドとの戦いを思い出す。あの時はニイト、マオが初撃で倒された。実力が互角だとしても奇襲を受ければ初手で壊滅的な打撃を受ける場合もある。探知にかからない魔物。警戒するのは当然だろう。


「まあ、探知機に映らなくても目視しちまえば関係ないからな。探知機で大まかな位置をつかんだら『気配遮断』を持つ俺が張り付いているつもりだ。この辺は俺達のギルドが魔物を狩ってるから個体数は少ないけど、戻るときには気を付けろよ……ああ、そうだ。その探知機一つサイチ達にやるよ」


「えっ、貴重な物なんですよね? 受け取れませんよ」


 僕は慌てて辞退するがスカウドは黒いマスクから出た目をニヤリと緩ませる。


「探知機はボス討伐報酬でな。俺達のギルドは今、全部で四つそれを持ってるんだよ。道中でサイチ達が魔物に襲われれば将来のギルドメンバーが失われるわけだろ。それにサイチ達がこのギルドに入ってくれるなら結局探知機は戻ってくるんだ。なあ、ナイト。サイチ達に探知機を渡してもいいよな」


「ええ。サイチさん達は同じ転生者の仲間です。転生者同士協力するのは当然です。構いませんよ」


 ギルドのリーダーであるナイトからも了承の返事が出る。


「……でも」


「おいおい、遠慮するなよ。社会のルールや法律の無いこの異世界で人と人を繋ぐのは情だろ? これで恩を感じたならギルドに入って俺の話し相手になってくれればうれしいぜ」


「はは。わかりました。スカウドさん、皆さんありがとうございます」


 僕は探知機をそのままポケットへと忍ばせる。


「じゃあ、俺達は行ってくるぜ。サイチ達の加入はマジで楽しみにしてるから、絶対また会おうな」


「はい。お気をつけて」


 僕らに手を振るとスカウドは背後に控える迷彩服の集団と合流する。僕も反射的に手を振り返すが、自身の挙げた手を見て苦笑する。普段の僕ならば初対面の相手にこんなことは絶対にしないだろう。何気に僕も知り合いの居ない異世界に送られて、人恋しくなっているのかもしれない。




「見送りは必要ですか?」


 スカウドたちの出発を見送った後、僕らもギルドを発つことにした。他のメンバーは自分たちの仕事へと戻っていった。最後にナイトが見送りに出てくれる。


「いえ、さすがにそこまで迷惑をかけるわけにもいきません。探知機もいただきましたし、魔物を避けながら戻るので大丈夫ですよ」


 僕はスカウドから受け取った探知機を掲げて見せる。


「はは。そうですか。では、道中お気をつけて」


「はい。ギルド加入の可否に関わらず必ず返事はさせてもらいます」


「じゃあ、ナイトさんまたね!」


 ナイトが柔和な笑みを浮かべた。僕らは深く頭を下げるとギルドを後にした。




「ナイトさんたち、いい人そうだったね」


「ああ。エイムたちもギルドへの加入には賛成してくれるだろうな。何も言わずに来たんだ、急いで戻ろう」


「うん。きっとみんな心配してるよね」


 日はまだ高い位置にある。暗くなる前には拠点に戻れるだろう。僕らは足を速め帰路を急いだ。

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