VS? 異世界人
第二十五話 幻影
「サイチさん、お水です。どうぞ」
「……はい。ありがとうございます」
目の前に差し出されたのは木を編み上げ作ったのであろう器であった。よほどしっかりと編み込まれているのか隙間から水が零れ落ちる様子はない。
僕に水を汲んできてくれたナイトは、さわやかな笑みで僕を気遣ってくれる。
僕らは今、木の陰に隠れ休息をとっていた。異世界人の中にコミの姿を見て錯乱し、駆け出した僕をマオと、先ほどであったばかりのナイト、シーフは引き止めてくれたのだ。
僕はもらった水に口を付ける。落ち着いてみれば先ほど見たローブの人物。あれがコミのわけがないじゃないか。
異世界人にとって転生者は敵と認識されているはずだ。それならば、もし仮にコミが何らかの方法でこの世界に送り込まれていたのだとしても、あのように異世界人と行動を共にできるはずがないのだ。
僕は頭を振る。先ほどであったばかりなのにナイト達にはふがいない姿を見せてしまった。僕は気合を入れ顔を上げると笑みを作る。
「コミさんというのはサイチさんにとってよほど大事な方だったんですね」
「ええ。コミは誰をも笑顔にする凄腕のマジシャンで、僕のあこがれだったんです」
いつも笑顔で周りに元気を与えていたコミ。この異世界で僕が戦うのはコミを救うためだ。僕の命に代えても助けたい相手なのだ。
「なるほど。ですが、先ほどの方は間違いなく異世界人です。あなたの知っているコミさんではありえません」
「はい。分かっています」
そう。コミはあの時、僕を庇って死んだのだ。転生者は生存者の中から選ばれるというのは女神の言だ。それを信じるのならばやはり、あの人物は他人の空似なのだろう。けれど……彼女が異世界人であったのならこれから先、僕は彼女と戦うことになるかもしれない。その時、僕はきっと彼女とは戦えない。
「サイチさん、大丈夫ですか?」
僕の表情の変化に気付いたのか、ナイトから声が掛かる。
いつまでも俯いているわけにはいかない、か。異世界人と戦うとしてもまだ先の話だ。実力が足りない。まずは自分の身を守れるぐらいに強くならなければ。
「はい。心配をおかけしてすみません。もう大丈夫です」
「それはよかったです。そうだ! サイチさん達は五人組のパーティなんですよね? 良ければ僕たちの
弾ける笑顔を見せるナイト。僕は聞きなれない言葉に首を傾げる。
「ギルド、ですか?」
「ええ。パーティには十人という人数制限がありますが、それを超えて皆で協力しようというのがギルドです。異世界攻略のためお互いにメダルを融通し合ったり、役割を分けて効率的なレベルアップを目指したりしています」
ナイトの誘いに僕は思案する。
大人数で行動するメリット、デメリット。それは女神により最初に送り込まれた白い空間でも考えたことだ。
「ギルドには何人が所属しているんですか?」
「現在は二十三人ですね。人数制限は設けていませんから、サイチさん達もパーティ全員で入っていただいて構いませんよ」
「……ごめんなさい、それならお断りさせていただいても」
「ちょっと! サイチさん。今絶対、そんな大勢の人と話せないとか考えて断ったでしょ!」
バシンと背中を叩かれる。振り向くとマオがいつになく鋭い目つきでこちらをにらんでいた。
「痛ったあああああああああ! マオさん、今スキル使ってたでしょ! 背中えぐれるかと思った!」
「もう、大げさだな。でも、ギルド加入とかそんな大事な事、サイチさんの一存で決めちゃだめでしょ! まずはみんなで相談しなきゃ」
「……ああ。分かってるよ、ナイトさん。ギルド加入の件はまずは仲間に相談してから答えてもよろしいですか?」
ちょっとした冗談じゃないか。僕はふてくされながらおそらく赤く腫れているだろう背中をさする。僕だってこの異世界での生活を経験して仲間の大切さはきちんと認識しているつもりだ。生き残る確率を上げるため、ナイトたちとは連携を図るべきだ。
「はは。マオさんは元気がいいですね。分かりました。では、後程集合ということにしましょうか」
「はい。集合場所はどうしましょう?」
「ここ……と言っても、時計もないですし会えない可能性が高いですよね」
拠点からこの場所まで、僕らは木々に目印をつけている。この場所にたどり着くことは可能だろうが何時に待ち合わせると時間で申し合わせることはできないのだ。この森は魔物も出るため行き違いになるリスクもある。
「それならサイチさん達には僕たちの拠点に一度寄ってもらったらどうでしょうか。それで場所を覚えて、もう一度パーティの仲間を連れてきてもらえばいい」
「それは……」
ナイトからの提案に僕は言い淀んでしまう。
確かにナイトの言う様に僕が場所を確認してしまえば待ち合わせの問題は解決する。ナイト達には命を救われた恩もあるため、失礼な態度はとりたくないのだが。
「僕たちの事、やはり信用できませんか?」
「っ!? いや、そんなことは、ないです」
僕の反応に悲しい顔を見せるナイト。図星を突かれた僕は目を逸らす。
だけど、仕方がないだろう。ここは異世界で、地球の法律は通じないのだ。いくら命を救われたとはいえ初対面の相手をすぐに信用することは難しい。
「なーんだ。サイチさん、そんなこと心配してたの? 大丈夫! いざとなったら私がスキルでサイチさんを守ってあげるよ!」
「いや、何も心配してるわけじゃないんだよ……そうだな。ナイトさん。案内をよろしくお願いします」
マオの明るい声に背中を押され僕は決意する。ここで悩んでいても問題は解決しないんだ。確かにリスクはあるだろうが、少なくとも彼らは同じ転生者だ。仲間を得られるチャンス。ふいにするわけにはいかない。
「はは。了解です。シーフもそれでいいよね」
「……ああ」
「じゃあ、二人ともついてきて。僕達の拠点に案内するよ」
今まで沈黙を保ってきたシーフと呼ばれる男に同意を取り、ナイトは西の方角を指さした。僕とマオは歩み出した二人に従い、後をついて歩く。
ナイト達も僕ら同様に途中の木々に目印を残しているようだ。傍目には確認できないが、時折木の幹を確認し方向を修正している。僕らもそれに倣い木々に目印をつけ進む。
「はは。僕達のギルドはとても楽しい人の集まりだから、きっとサイチさん達も気に入ると思いますよ」
朗らかに笑うナイトに僕らもしっかりと頷いた。
*
「みんな、ただいま!」
ナイトに連れられてたどり着いたのは巨大な木。その幹に空いた大きな洞だった。
大木は周囲の木々と比べ突き抜けて大きく、視界のさえぎられるこの森の中でも離れた場所から視認できるほどだった。そこに空いた洞も巨大であり、僕らが拠点としている洞窟の倍以上の広さがありそうだ。
「あっ! ナイトだ~。 おっかえり~!」
洞の入り口には二人の人影があり、おそらく見張りなのだろう。そのうちの一人、淡い青髪の小柄な少女がナイトへと駆け寄り、抱き着いた。
「はは。ヒーラ、出迎えありがとうございます。ただいま戻りました」
「うん。ヒーラは良い子にしてたよ~。みんなの傷もい~っぱい癒したんだから~!」
「はは。ヒーラはえらいですね。いつもありがとうございます」
「……その、ナイトさん。そちらの方は?」
いきなり起こる出来事に僕はたまらずナイトに声をかける。
「はは。彼女は僕達のギルドメンバーであるヒーラです」
「あれ~。そちらのお二人さんは誰なの~。ヒーラ、知らないよ~」
「こちらはサイチさんとマオさん。僕たちと同じ転生者です」
ナイトが僕らの事を少女に紹介する。
「あっ。よろしくお願いします。神主佐一と言います」
「浅木真央です。よろしくね」
「へ~。お二人ともギルドに入ってくれるんだね~。ウチはヒーラ。よろしくね~」
「ヒーラ。まだ二人は正式にギルドに入ったわけではありません。二人には他にパーティメンバーがいるので、その人たちにも確認してもらわなきゃならないんです」
「え~。めんどくさい~。みんなで協力した方が絶対にいいのに~」
ヒーラと名乗った淡い青髪の少女はナイトに抱き着いたままこちらに顔を向ける。年齢はまだ十代前半だろうか。こんな幼い子も転生者として頑張っているのか。僕は少なくない衝撃を受ける。
「お二人とは戦闘メンバーだけでも顔合わせしておきましょうか。ヒーラ。パーティのみんなを連れてきてくれないかな」
「うん。分かった~。二人ともちょっと待っててね~」
ギルド。この世界に来てから出会う初めての転生者達だ。いったいどんな人物なのだろうか。僕らは駆け出していくヒーラの後ろ姿を見送る。
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