第二十三話 クラフト&クッキング

 日が傾き始めた頃、僕らはようやく拠点となる洞窟へと戻ることができた。道中魔物の大群を探知で捉え大きく迂回を強いられたためだ。ようやく一息つけると僕は背負っていた袋を地面に下ろす。


「皆様お疲れさまです。今回私たちは以前取り逃がしたシープエイプと戦い、見事打ち勝つことができました。今回の戦利品である三枚のメダルと、三体分の魔物の肉。メダルの使い道は後で考えるとして、まずは食事の準備をしてしまいましょうか」


 全員が洞窟内に入ったのを確認しエイムが口を開く。疲労はあるだろうが魔物との戦闘で勝利したのだ。僕らの表情は明るかった。


「じゃあ俺様は火を起こしておくね」


「それなら、私は水を汲んでくるよ」


「おい、一人で行くつもりかよ。俺もついていくぜ」


 マスミ、ニイト、マオが連れ立って洞窟の外へと向かう。日の傾き方でいえば時刻はすでに夕方を迎えている。僕らは夕食の準備を開始した。


「では、サイチさん。私たちは食材の準備をしましょうか」


「……はあ。本当にこれ。食べるんだよな?」


 僕は地面に置かれた三つの袋に視線を送る。中に入っているのは戦利品のシープエイプの肉だ。猿型の、しかも魔物の肉である。正直食指は動かないし、できれば食べたくはないのだが。


「それならサイチさんは草を食んでますか?」


「いや、食べればいいんだろ。食べれば。準備しようぜ」


 僕はため息をつき行動を開始する。誰が悲しくて二日続けて草を食べねばならんのだ。そろそろ栄養失調で倒れるぞ。僕は顔を背けながら袋の中からシープエイプの死体を取り出した。


「でも、刃物もないし、どうやって解体する?」


「サイチさんのスキルで代用品は作れませんか?」


「いや。『軟化』と『硬化』の組み合わせで作れるアイテムは手で成形して形を整えたものだ。刃物のような鋭さは出せないな」


「ならできるだけ細く作って石などで削ってみればいいんではないですか。少しだけ『硬化』を弱めてもろくしておいて、完成した時に『硬化』を発動しなおせば作りやすいのではないでしょうか」


「ああ、なるほどな。やってみるか」


 手でできるだけ先を細くしたナイフもどきを作る。これを適当な洞窟内の岩で削っていくと確かに徐々にではあるが刃先が鋭くなっていく。続けること三分。見た目だけであればナイフと言えるような代物が完成する。


「おっ。思いのほかいい出来ですね。じゃあ、サイチさんは続けてもう一本作っていてくださいその間にこの肉、外に運び出しておきますよ。さすがに洞窟の中で解体しては匂いがひどいでしょうからね」


「ああ。頼むよ」


 僕はエイムが袋を運ぶのを見送る。

 ああ、ナイフを削る手が少し痛くなってきた。こういう細かいのは苦手ではないのだが、やはり力を使う作業は骨が折れる。僕はスキルを使いもう一本成形前のナイフを生み出すと岩を使い、刃先を研いでいった。




「うーん。ちょっとグロテスクだね~」


「うう、これを食べるのかよ。結構覚悟がいるな」


 僕らの目の前で火にあぶられているのはブロック状に切ったシープエイプの肉だ。用意したナイフではやはり切れ味が悪く、しかもシープエイプの体はやたら小骨が多くて解体するのに苦労した。

 どこがおいしいのかなんてわからないため内臓だけは避け、適当に形を整え木串に刺したのがこれだ。ちなみに串もスキルで作ろうとしたが食器類は直接口にあたるものということで骨製の物は不評だった。そのため、木を骨のナイフで削ったものを使っている。


「ははは。まあ、見た目はあれですがせっかく用意したんです。食べましょう」


「そ、そうだよね。せっかくサイチさん達が用意してくれたんだもん。感謝して食べなきゃね」


 戸惑いながらも皆が串へと手を伸ばす。肉の表面を見ればすでに焼きすぎなほど黒ずんでしまっている。僕を含め皆躊躇しすぎである。これなら味も何もわからないかもしれない。あまり大きく切ってはいないため肉の中には火が十分に通っているはずだ。僕は周囲を見回すと意を決して口を大きく開けた。


「サイチ、味はどう?」


「うっ!?」


 僕の口から洩れる息。みんなは僕の反応を固唾を飲んで見守っている。




「ダメだ……おいしくない」


「えー、やっぱりおいしくないんだ。そう言われて食べるのはやだなー」


「なんというか、肉が臭くて、うまいとかまずいとか、それ以前の問題だな。触感もパサパサしてるし」


「パサパサなのは焼きすぎたせいかもしれませんね」


「おい、人が食べたのを見てるだけじゃなくて、みんなも早く食べろよ。温かい方がまだ食えるはずだぞ」


「それもそうだね。じゃあ、いただきます」


 僕が少しだけイラついた声で促すと、皆は覚悟を決めたのか、順番に肉に食いついていく。


「ううっ。うええ。ほんとにおいしくないね」


「なんつうか、えぐみ? 癖が強すぎて、俺は好きな味じゃねえな」


「俺様も~。腐った血の匂いがする」


「まだ倒してから一時間程度のはずですが既にアンモニア臭が強いですね。味に目をつむれば食用には出来そうですが……」


 帰ってきたのは一様に不評の声だった。そこから僕らは鼻をつまんだり、一気に飲み込んだりして肉を胃袋の中に収めた。


「ふう。まだ食べ足りない気もするけど……これはもういいかな」


「うーん。せっかくのお肉なのにもったいないね。もっとおいしく食べられないのかな」


「そうですよね。血が臭くなるのは倒した際に体内に雑菌が入るのが原因だったはずです。傷を負わせないように倒すことができればここまで臭くはならないはずですが」


「難しいな。具体的にはどう倒せばいいんだ?」


「締め落としてしまうとかでしょうか。それか傷口を焼いてしまうなどしてふさいでみてはどうでしょう」


「なら僕の『軟化』スキルで作った骨を傷口に貼り付けたらどうだ?」


「私もそういう知識に詳しいわけではないので何とも言えませんが、やらないよりはいいですかね」


「じゃあ、今度魔物と出会ったときは締め落とすか、無理ならサイチさんに処置してもらえばいいね。おいしいお肉、食べたいからね」


「手間はかかるが仕方ないね。俺様も協力するよ」


 食の事というだけあって皆協力的だ。一応の対策がたったところで僕は脇に置かれた二つの袋へと目を向ける。


「なあ、あと二体分シープエイプの死体はあるけど。これはどうする?」


「ええー。もう食べられないよ」


「さすがに洞窟の前に放置するわけにはいきませんよね。匂いで他の魔物を引き寄せてしまっては大変です。処理するなら燃やしてしまうか、埋めるかしないと」


「燃やすのは……この大きさだと時間がかかりすぎるな。埋めるしかないか」


「別に遠くに捨ててくればいいんじゃねえか?」


「まあ、それでもいいですけどね」


「サイチ、スキルでなんか穴を掘る道具……シャベルみたいなものは作れないの?」


「僕は四次元ポケットじゃないんだぞ。まあ、作れないことはないと思うけど、あれって先がとがってないと地面に突き刺さらないだろ。作るにしても出来には期待しないでくれよ」


「まあないよりはましじゃない? あれば例えば罠を仕掛ける時とかにも有効そうだし。じゃあ、用意よろしくね」


 簡単に言ってくれる。僕はマスミの言動に苦笑い。だが、さすがに素手で穴を掘るわけにもいかないだろう。


「ああ。分かったよ……そういえば、前エイムとマスミで罠を作るとか言っていたよな。できそうなのか?」


「ん? ああ。もうすぐ出来るよ。出来たら仕掛ける時にお披露目するよ」


「そうなのか。僕のスキルで作ったやつも使ってもらっていいからな」


「サイチさん、ありがとうございます。ですが気持ちだけで充分ですよ。罠は発見されないことが重要なのでなるべく自然界にある物で作りたいんです」


 なるほど。そういうことも気を付けなければならないのか。僕は納得すると作業を再開する。シャベルなど数えるほどしか持ったことが無いが形状ぐらいは分かる。持ち手となる部分を作ると柄となる部分は少し太めにする。剣先部分は少し丸みを持たせ、刃先はなるべく細く作る。硬さは最大でいいだろう。


「サイチは“骨のシャベル”を手に入れた、と」


「あっ。サイチさん。もうできたんだ」


 シャベルの出来を確認しつつ岩を使い先端をとがらせているとマオ達が戻ってくる。


「? どこに行ってきたんだ」


「食事で水を使ったからね。もうひとっ走り行って水を汲んできたんだよ」


「もう行って戻ってこれたのか?」


「『身体強化』と『筋量増加』の重ね掛けで一気に走っていったからね。一瞬だよ」


「あれ?『筋量増加』は重量が増える分、動きが遅くなるんじゃなかったか?」


「その分、木をよけずに突っ切れるからね。早くなるんだよ」


「……だからニイト、隅の方でうずくまってんのか」


 洞窟の壁際でしゃがみこんでいるニイトに視線を向ける。おそらくマオに背負われていったのだろう。揺れ軽減機能なんてついているわけがないんだから、酔っても仕方ないだろう。


「ほんとは私一人で行けばよかったんだけどニイトが付いていくって聞かないからね」


「うっぷ……一人で行かせられるわけ、ねえだろ。いくらマオが強くなったとはいえまだまだ強敵は森に潜んでいるかもしれねえんだ……うっ。おええ。俺の『探知』があれば戦闘を避けられるだろ」

 

「もう。心配性なんだから。ニイトはそこで大人しく寝ててよ」


 マオは苦笑いでニイトの背中に視線を送る。二人のやり取りに僕は笑顔を向ける。


「じゃあ、シャベルができたなら私が魔物の死体は埋めちゃうね。貸して」


「いや、そのくらい僕が」


「適材適所だよ。力仕事は私に任せて」


「……ああ。マオさん、ありがとう」


 シャベルを渡すとマオは笑顔で掘削作業を開始する。力仕事は任せて、か。なんとも頼もしいことである。


 ものの数分で洞窟の入り口に十分な大きさの穴が開く。僕らはシープエイプの死体をそこに投げ込み上から土をかぶせた。


「でも、毎回これをやると思うとちょっとめんどくさいね」


「倒したその場で解体ができれば問題はないんだけどな」


 今回、解体作業は一体の死体から一食分の肉を切り出すのに1時間以上を要した。さすがに森の中でそれだけの時間一か所にとどまり続けるのは不用心だろう。シープエイプのように知性ある魔物もいるため下手したら探知の範囲外から囲まれるということもあるかもしれない。


「うーん。まだまだ問題は山積みだね」


「ああ。もう少し探索に時間を使えるように環境を整えないとな」


 僕らはできるだけ早く強くならなければならないのだ。僕は魔物の死体を埋めた穴を一瞥すると洞窟の中へ戻るべく振り返る。




「あっ、そう言えば水を汲んでくる道中、人間の姿を見たよ!」


「へえ。人間を……って、ええ!?」


 人間って、転生者のことか!? それとも……。

 突如落とされたマオの爆弾発言に僕は身を硬直させるのだった。

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