第十六話 背信

「サイチ~! 起きて~!」


「ん? エイム。もう交代の時間か、ってうわっ!?」


 眼前にあったのはマオの笑顔だった。体をゆすぶられ目を覚ました僕は突如視界に飛び込んできた女性の顔に思わず固まってしまう。


「あはは。サイチさん、美女に起こされた寝覚めはどう?」


「マオさん……心臓に悪いからやめてくれ」


 あぶる心臓を抑えながら僕は体を起こす。人、特に女性に対し耐性の無い僕の心臓はオーバーワーク寸前だ。


「サイチさん。ニイトさんは寝てるんですからもう少し静かにしてくださいよ」


「いや、それはマオさんが」


「さあさあ、見張りの交代だよ。もう私眠いからちゃっちゃと交代してね! マスミさんも起きて~」


「もう起きてるって。サイチ、うるさいよ」


 マスミから向けられる憮然とした視線。あれ? これ僕が悪い流れなの?





「私たちの見張り中は特に周囲に変化はありませんでした。ではサイチさん、マスミさん。見張りをお願いしますね。燃やせる枝なんかは周囲から少し集めてきましたから使ってください」


「エイム、マオさんありがとな」


「じゃあ、私たちは寝るね。お休みなさい」


 エイムとマオが僕らと入れ替わりに草を敷き詰めただけの寝床へと入る。僕はあくびを一つすると洞窟の外で燃え続ける焚火の下へと向かう。




「今から四時間、何して暇をつぶそう?」


「おいおい。いきなりサボる算段か」


 焚火を囲う僕ら。いきなりのマスミの発言に思わずため息をついてしまう。


「別に見張りなんて何かやりながらでもできるでしょ。日中は探索で手一杯なんだから今のうちにやれることはやっておきたいじゃん」


「やれること、ってなんだ」


「例えばこの異世界で今後どうやって立ち回っていくか話し合うのはどうかな? どんなスキルを取得するかとか、スキルの使い方の考察とか、あとは……異世界人をどうやってぶち殺すか、とかね」


「……」


 思わず閉口してしまう。

 今まで意識していても考えないようにしていた懸念事項が頭の中で首をもたげる。そう、この戦いの相手は異世界人類なのだ。それは当然殺しを伴うものだ。


「サイチ。俺様は心配なんだよ。異世界人類との戦いはいつか絶対に来る。その時にパーティの皆が戦えるのかどうか。いざという時に足がすくむようじゃ戦いでは足手まといだからね」


 マスミの言葉。そう、僕らは平和な現代日本で暮らしてきた人間なんだ。当然動物やましてや人なんて絶対に殺す機会なんて無かった。だからきっと、生き物と相対した時には抵抗感があるはずだ……そう思っていたのに。


「それは、大丈夫だと思う」


「へえ。即答するんだ。意外だね」


「ああ。普通は忌避感がある物だと思うんだけどな。なんでかな。この世界に来てからずっとおかしな感じがしていたんだ」


 異世界に来てから感じ続けてきた違和感がマスミの言葉に刺激され、頭の中に言語として流れ込んでくる。

 植物型のリビングウッドは置いておいて、地球にもいた生物に近い見た目のライノーやシープ・エイプと相対したあの時、僕がまず真っ先に考えた思考は“どう倒すか”だった。

 魔物だぞ? 普通恐怖や、戦闘への躊躇が先に来るものじゃないか?


「魔物と相対した時僕が感じたのは闘争心だった。リビングウッドやライノーの時は魔物の方も敵意をむき出しにしていた」


「ふーん。それで? 何が言いたいの」


「この体は女神により作り替えられたものなんだよな。僕は今まで見た目が変わった程度に思っていたけれど、女神は何か別の変化を僕たちの体に施しているんじゃないか」


 自分の口から出た言葉に僕は言い知れない恐怖を感じていた。体だけじゃない。思考さえも女神により作り替えられているんじゃないか。背筋を冷たい物が伝う。


「マスミ、もしかして」


「サイチ。それ以上は考えない方がいいんじゃない?」


「はっ? 何を言ってるんだ」


 僕の疑問。マスミは真剣な表情で口を開く。


「確かに女神の説明には明らかに何か隠している部分があるよね。異世界人類が地球を侵略するのを止めろと言うけれどその具体的な方法は? 明らかに取得しちゃダメな地雷スキルがあるけどどうして女神は教えてくれなかったの? そもそも女神は力が弱っていて僕たちに頼ったというけれどこれだけの規模の事ができるんだ。普通なら生み出すより壊す方が簡単だよね? どうして自分で異世界に攻撃しなかったのかな?」


 マスミの言葉に僕の中の黒い靄が広がっていく。女神は僕たちのことを、騙している? だが、何のために……


「でも、そんな無意味な事を考えるのなんてナンセンスだよね」


 僕の思考を中断するようにマスミが声を出す。


「無意味……って。僕らは騙されてるかもしれないんだろ!?」


「だからって、俺様達に何を変えられる? 俺様達転生者インベーダーに出来るのは自分の世界を守るためにこの世界と戦うことだけさ。なら女神が何を企んでいようと関係ないよね!」


 マスミの言葉を僕は胸の内で咀嚼する。相手は神だ。僕らがどうあがいたところで相手をできる存在ではない。でも。


「だからと言って思考を放棄するのは違うだろう。考えた上で従うかどうかを決めるべきだ」


「分かってないなあ、サイチは。僕らにその選択ができると思うのかい?」


「っ!?」


 マスミの言葉に僕の脳裏にはコミの顔が浮かぶ。


「サンプル数が少ないから確かなことはいえないけどここに集められた人間は何らかの強い思いを抱いて参加しているのさ。少し疑わしくたって女神の手を取ってしまうほどの強い思いをね」


「それはマスミも、そうなのか」


「……さあね。けど一つだけ確かなことは俺様達はこのゲームから逃げられないと言うことさ。止めることができないなら攻略するしかないでしょ? そのために思考が邪魔になるんだったら、考えるべきじゃないよね。それは効率的じゃない」


 逃げることは出来ない。その言葉が僕の心へと重くのし掛かる。僕らが参加した戦いの重さを改めて認識する。それを前に僕は。


「……そうだな。僕には逃げられない理由があるんだ。絶対に異世界からの侵攻を阻みコミを取り戻して見せる」


 僕はあふれ出す不安に目をつむる。僕が戦うのはコミの為だ。目的を達する。その為にはどんな障害でも乗り越えるしかないんだ。例えそれが僕たちをこの世界へと送り出した女神なのだとしても。


 答えの出ない思想を続けるうちに夜はどんどんと更けていった。

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