むかしむかし、青い岬のたもとに白い砂浜がありました。

　波の打ちよせる砂浜を登ってゆくと、松林のかげに数軒の家が寄り添っていました。

　或る日のこと。この浜辺に若い母親が男の子の手を引いてやってきました。春先のことで、親子の足元には黄色い都草の一群れが風に揺れていました。

　親子はそのまま村に住みつきました。男の子は太郎といいました。太郎はいつも母親の傍から離れず、村の子どもと遊びませんでした。そして大きくなると、一人で入り江に舟を浮かべて魚を釣って暮らしを立てるようになりました。

　＊　＊　＊

　春の日差しがうらうらと浜辺を温めていました。その日も太郎が舟を出そうとすると、子どもたちの歓声が千鳥の群れを舞い上がらせました。

　浜辺にそれは大きな亀がいました。甲羅の模様がたいそう美しく、眼差しは翁のようでした。おそらく昨夜の大潮に乗ってここまで上がって、引き潮に取り残されてしまったのでしょう。

　三人の子どもが大きな亀の行く手を阻んでいました。

　石をぶつけられ棒でつつかれ、そうでなくとも陸（おか）では動きの鈍い亀は大儀そうに目を閉じるばかりです。

「これ、可哀想ではないか」

　叱った声の主が太郎だと知って、子どもたちはびっくりしました。無口な太郎の声を聞いたのは、生まれてはじめてだったのです。

「やめるがよい。この亀は、そなたらのおじいさまよりもお年寄りであろうに」

　太郎は釣り竿を握り締めて歩み寄ると、亀を背に庇いました。

「変なの」

　お調子者の勘八（カンパチ）が吹き出しました。

「太郎さんのしゃべり方、お殿様みたい」

　あとの二人も遠慮もなく笑ったので、太郎は真っ赤になりました。

　この村に来たばかりの頃、話す言葉が違うといって同じ年頃の子どもにひどく笑われました。以来、太郎は敢えて地元のくだらない奴らとは一線を画す言葉遣いを心がけてきたのです。おかげで友だちは一人も出来ませんでしたが、自尊心は守られました。

　太郎は胸を張って重々しく言いました。

「亀を苛めてはならぬ」

　こどもたちは顔を見合わせました。体の大きい丸い目をした男の子が勘八で、小柄な釣り目の男の子がひとつ上の三吾（サンゴ）、頬の赤い元気な女の子がお俵（ヒョウ）でした。

「苛めてんじゃないよ。この亀は捕まえて喰うんだよ」

　年上の三吾が真面目に言い返しますと、足元で亀が観念したようにため息をつきました。貧しい村のことです。人も生きていかねばなりません。

　眉を寄せた太郎は、懐（ふところ）から錦の袋を取り出しました。

「これをつかわすゆえ、見逃してやれ」

　袋を開けると、黄金色の小さな仏様が出てきました。

　ものごころつく前から持たされている仏様は太郎のたったひとつの宝物でした。

「うわあ、きれいだなあ」

　勘八が真っ先に手を出しましたが、お俵に指をぶたれて引っ込めました。

「バカ。すぐ手をだすんじゃないの」

「だって、くれるって」

　勘八がベソをかきました。

　三吾は太郎を見上げて怪訝そうに言いました。

「どうして、亀を助けたいの？」

　太郎は返事が出来ませんでした。自分も漁師です。ただどうしたことか、目の前の亀がかわいそうで堪らないのです。

　そのとき。太郎と子どもたちの目の前に、波頭が高々と立ち上がりました。

　頭上から崩れおちた白波は、亀も人も悲鳴も、みな海中に掠ったのでした。

　村人が駆けつけたとき、息も絶え絶えの子どもたちが砂浜に打ち上げられていました。大亀と太郎の姿はありませんでした。みんなで舟を出して探しましたが、太郎はどこにも見つかりませんでした。