第11話:消ゴムのジンクスって小学生かよ
現在は五時限目の授業中。科目は現代文。絶好の構ってアピールチャンスにも関わらず、本日は珍しくあいつからのちょっかいがない。
俺としてはちゃんと授業を受けたいと思っているところなので、あいつからのアクションがないのは心底助かるが。
理数系の俺にとって、読解の含む現代文の授業はかなりの鬼門なのだ。特に心象をどうのこうのとかなると……顔のパーツが真ん中に寄るくらいクシャっとした表情になる。
登場人物の心象をもっとも捉えてる文章なんてわかるかよ。わかってんのは作者だけだろ。それなのに読み手の解釈でどうこうしていいのかよ。なんて言い訳がましいことが頭に浮かぶのだが、わからないやつあるあるだよな。ない……? そっか……。
全体的に国語が苦手なんだよな。記憶してどうにか出来ないところがなんとも言えないし、読み込まないと問題が解けない。元々本を読むのも好きじゃないから、読解力も身についていない。
あっ、しまった。
ごちゃごちゃと考え事をしていたら、書き間違いをしてしまった。
っと、やべ。
慌てて消ゴムを取ろうとすると、運悪く小指に激突した消ゴムがそのまま机の外にダイブする。
あっ……。
地面に落ちてホップステップジャンプと不規則な動きをしながら、器用なことに消ゴムは後ろの席まで飛んでった。
椅子を引いて床を確認する。丁度彼女の足元に落ちていることがわかったが、場所が場所だけに手を出すのが憚られる。
「浅見、すまん。足元の消ゴム取ってくれないか」
顔を上げて浅見を見ると、ボーっと机を見つめていて、少し眠そうに瞼が下がっていた。ちょっかいが来なかったのは、珍しく眠かったからか。
浅見は俺の声に目を開くと、半歩遅れて「消ゴム?」と訪ねてくる。
話聞いてなかったな。
「お前の足元にある消ゴム取ってくれないか?」
「ああ、なるほど。はい」
何故か浅見は机の下の消しゴムを取る素振りすらせず、自分が使ってる消ゴムを差し出した。俺と同じ、青と黒と白の三色ストライプのカバーがついた消しゴムだ。
「あの……なぜ?」
消しゴムは欲しいけど、自分のを取ってほしいのですが?
「一先ず使っていいよ。後で返して」
「お前はいいのかよ」
「相馬の消ゴム使う」
「そう。まあいいけど……」
意図はどうであれ、消ゴムがないと困るのでありがたく借りることにしよう。
前を向く瞬間、横目で浅見が自分の口元に手をやって欠伸を噛み殺してるのが見えた。よほど眠いのだろう。だとしたら、今日は後ろからの奇襲はないと思っていいかもしれない。授業に集中できるぶんありがたい。
~~~
特に問題もなく授業が終わり、教材を片しながらペンケースに消ゴムを放り込んだところ、これが浅見から借りた物であることを思い出す。慌てて取り出し、後ろを向いた。
「浅見、消ゴ……何してんだ?」
「あっ、ちょっと見ないでよ」
咄嗟に手で隠すが、浅見は持っていた消ゴムに何かを書いていたように見えた。
すでに消ゴムの大半がカスとなり、新しい消ゴムに変えないといけないとかなら、彼女が借りているこれとは別に消ゴムを持っていてもなんら問題はないと思うが、彼女から借りた消ゴムはまだまだ現役を貫き通せるほど余っている。
つまりあいつが今手を加えている消ゴムは、恐らくは俺が落とした消ゴムということになるだろう。
いや、確証もなしに追及するのも違うか。浅見もさすがに人も物に勝手に落書きとかしないだろう。
ひとまず俺の消しゴムでないことを祈りつつ「それ俺の消しゴムじゃないよな?」と尋ねる。ただ俺の祈りもむなしく、彼女は「ううん」と首を横に振った。
こいつ……。
「お前、なに人の消ゴムに落書きしてんだよ」
さすがに見過ごすことはできないので少し強めに追及したが、彼女はいたって真剣な様子で「落書きじゃないよ。ジンクス」と答えた。
「ジンクス?」
「聞いたことない? 消ゴムに好きな人の名前書いて、誰にも見つからずに使いきると両思いなれるってやつ。あれ思い出したの」
なんか小学生のころ、女子がそんな話題で騒いでいたようなそうじゃないような……記憶としては曖昧だな。
まぁだからと言って俺の消しゴムでする必要はないわけだが。
「でっ? なんで今そのジンクスをする必要がある? しかも俺の消ゴムで」
「だから見ないでって言ったじゃん。バレないように使ってもらおうと思ったのに」
こいつは俺に、自分の恋愛成就の片棒を担がせようというのか。にしても、かなりのチャレンジャーだな。というか、それ以前に。
「お前、好きな人いたのか?」
「いたよ。失礼だな」
うら若き乙女であることは確かなので、例え彼女に好きな人がいても問題はないのだが……キッパリとそう答えられて、なんだか少しモヤモヤとした気持ちがわいてくる。なんだこれ。
「俺がカバーを外すとは思わなかったのかよ」
「う~ん、まあぶっちゃっけそれでも構わないけどね。そもそもそこまで信じてはないし」
バレても問題ないとか……どういう神経してんだよ。自分のプライベートの部分じゃないのか?
「所詮はジンクスってか?」
「それもあるけど……自分のじゃないと効果ないかもだし」
「俺のに書いてるじゃないか」
「自分の消ゴムが汚れるの嫌じゃん?」
人のだったらいいのかよ。前言撤回だ。やっぱ最低だな。
「まあ気にせず使っておくれよ」
渡されたので受けとるが、苦い顔になる。
彼女のあまりにもすがすがしいふるまいに、今更自分の怒りがどうとかはなくなってしまった。別段消ゴムに何かが書かれても気にはしないが、ただ人に書かれたというのがなんとも言えなかった。
……まあいいか。やってしまったものにこれ以上怒るのも疲れる。
俺はもう片方手に握られた、借りた消しゴムを彼女の机の上に置き、「消ゴムサンキュ」と形ばかりのお礼を言って椅子を直し座りなおす。
「うん。あっ、ちなみに」
「なんだよ?」
「その消ゴムには、本当に私の好きな人の名前書いてあるから」
それだけ告げて、浅見は席を離れ寺島のところに向かった。
なんだか見るなと念押しされたような気がしてならない。普段であればプライベートを覗き見るような行為はしないし、するわけもないのだが、先ほど彼女が見られても構わないという言葉が頭を巡る。
……あいつの好きな人か。
気になると言えば気になった。あいつはルックスもいいし、人当たりも悪くない。男子からの人気も高いだろうし、告白も何度か受けてるだろう。
そんな奴の好きな人。誰なんだろう。
俺ではないことが、明白ではあると思う。あいつは俺をおちょくることはしても、明確に好意というものを見せたことはなかった。匂いが好きだって言われて嗅がれた過去はあるけど、あれは男として好きと言う訳じゃない。なので俺ではないことはわかる。
……気になる。
あんな自分本意な人間が好きになる相手、気にならないわけがない。見られても構わないといったのはあいつだし、別にいいんだろう。
おそるおそるカバーに手を伸ばす。しかしカバー掴んだところで、ふと手が止まった。
本当にあいつの好きな人を勝手に見てもいいものか。あいつはジンクスは信じてないようだったが、それでも好きな人を書いていると言っていたからには、多少は信じているんだろう。ならば俺は、あいつの幸せを応援してやるのがいいのではないか? それが友人のする行いではないのか?
それにあいつからの信頼を失うのは……。
引きかけた手を戻し、ペンケースに戻そうとしたところで「見ないんだ?」と浅見に耳元で囁きかけられた。
ゾワリと鳥肌が立ち、ガタガタと椅子を鳴らしながら浅見から距離を取る。
「偉いじゃん」
「……人は誰しも、嫌われたくないものなんだよ」
「ふ~ん。じゃあその誠意に応えて、相馬には特別に見せてあげる」
「えっ?」
浅見は俺の手から消ゴムを取ると、俺に見えるようにゆっくりとカバーをずらしていく。
カバーがずれ、真っ白な消ゴムが露になると共に、その白いキャンバスにシャーペンで書かれた文字が姿を見せてくる。
どうやら横文字で書かれているようで、最初の『木』の文字が見えた。
木。木村、木嶋、木戸。考えられる名字はたくさんある。しかし木の文字が立てに長い。おそらくは木偏の漢字なんだろう。木偏の漢字もかなりの数があるが、相馬である俺も対象内だ。
その考えに至ったと同時に、心臓が跳ねた。散々対象外と思ってきているのに、可能性があると思うと、とたんに手のひらを返す。厚かましいにも程があるが、なんだかんだ言いつつ俺と浅見の関係は悪くはない。可能性としては十分にある。
もし……もし本当にあの後に続く文字が『目』であるなら。相馬の『相』の字なら……期待しても、いいのだろうか?
次の文字が見え始めた。俺はそれをしっかりと見据えていたが、突然浅見が手を止めてカバーを元に戻す。
「えっ?」
「やっぱや~めた」
「はっ?」
まるでお預けをくらった犬のように、口をポカンと開けて浅見を見上げた。
「顔。赤いよ?」
浅見に指摘されて、反射的に腕で顔を隠す。照れているからという訳ではないが、期待が顔から滲み出てしまったのだろう。完全に無意識だった。
「一先ずこれは私の物にということで――」浅見は自分のペンケースの中から消しゴムを取り出し「はい。私のあげるから、これに好きな人の名前でも書きなよ」と進めてきた。
「……誰が書くか」
「ああそれと」
「まだ何か?」
浅見は自分の持っている消しゴムを指差す。
「この消しゴム。相馬の名前が書いてあるから」
「……はっ?」
再度浅見を見上げると、彼女は「また赤くなったね」と小悪魔な笑みを浮かべて、そのまま寺島の席に戻って行く。
してやられた、という気持ちが強かった。あれが本当にしろ嘘にしろ、俺をからかうという目的は、彼女の中で完遂されてしまった。
今日はちょっかいはないと思っていたが、まさかこんなところで思わぬ奇襲にあうなんて。
「あのやろう……」
悪態をつきつつ、彼女から渡されたまだ使い始めたばかりの真新しい消しゴムを、弄られた腹いせにペンケースに放り込んだ。
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