第10話「彼女は見ていた」

 同じく六家ろっけ二十三派にじゅうさんぱに名を連ねていても、雲家うんけ衛藤派えとうは鬼家きけ月派つきはでは屋敷の様相が全く違う。


 いつから存在しているかハッキリとしない百識ひゃくしきであるから、そのトップもいつから存在しているかさかのぼるのも限界があるほど、古い血筋という事になる。


 その最も古い血筋の一角という鬼家月派ともなれば、あずさ雲家うんけ椿井派つばいはを潰してから成立した雲家衛藤派とは全く違うのは当然といえる。


 その時々の当主が増築していったという事情は雲家衛藤派も鬼家月派も同様だが、当主の趣味が前面に出た結果、明治・大正の成金趣味にしか見えなくなった雲家衛藤派の屋敷とは違い、洋館の中に和室を馴染ませた鬼家月派の屋敷は、それなりのというものが存在した。


 そんな屋敷でも、既に会の部屋は存在しないため、応接間で待たされる事になる。


 ――異様。


 住んでいた時は気にも止めなかったが、今の会には、この屋敷がまとう風格を現す言葉が二文字で浮かぶ。


 40畳を超える応接間は広々とした中庭に望んでいるが、それは緑を視界に入れて客に不要な緊張感を与えないという性質ではない。


 ここまでの道程にしても不便としかいい様のない道を通る必要があったのは、「それでも来る用事がある奴だけが来い」という居丈高な態度だった。


 ――来客を寛がせるような場所な訳がない。


 会はソファに腰掛けず、窓に寄り添うように立っていた。庭は、それこそ庭師が徹底的に整備しているのだから一分の隙もない。一分の隙もなく、鬼家月派の権威や凄みといったものを圧として放ってくる。


 窓の外も室内も、面白いものが見える訳ではない。



 ここにあるのは全て、百識の頂点である六家二十三派は特別だと示すためにある。



 ――何の役に立っているという訳でもないのに。


 今ならば会も分かる。百識は社会の生産に何ら寄与していないのだ。財産管理会社を持つくらい特別な階級にいるのかも知れないが、なくなったところで困る者は数えられる程度で済むし、何よりもどれだけの落伍者を出しているのかを考えれば、結論にたどり着くのは容易い話だ。


「ふん」


 会は軽く鼻を鳴らしたのは、結論が出ると同時に目的の時間が来た皮肉に対してだ。


 ――来た。


 壁が厚く、天井も高い屋敷であるから、室内から室外の様子を伺う事は難しいが、今の会には厳密に感知する《方》がある。


 鞄から槍を取り出し、繋いでいく。室内であるから、剣は兎も角、槍は無用の長物ともいえるのだが、全て繋がずに一間いっけんはん――約270センチ――に留めた槍は、丁度、室内戦を考慮した武器となる。


 切っ先を確かめるように、立てた槍に視線を滑らせる会は、同時に含み悪いも感じ取っていた。


 ――槍?


 ――何でそんなの持ってきたの?


 ――どこで買ってきたんだろ?


 それは姉妹たちからぶつけられる嘲笑。


 会が身一つで帰ってきた上にアポイントメントなしで当主に会うというのだから、目的は明白すぎる程、明白だ。



 当主に挑む気でいる。



 これは姉妹にとっては嘲笑のネタでしかない。片目が欠損している会は身体的に劣等。《導》も飛び抜けて優秀とはいえず、また精神的な面を見ても、一度でも屋敷から出た――当主争いからドロップアウトした会など、最前線にいる者にとっては「何を今更」という言葉ばかりが浮かぶ。


 ――割り込むなって事?


 会がそう考えるのは、平静を保つためだ。当主に挑める順番などはないし、夜討ち朝駆けは常識ですらある。


 視線や言葉に込められている者は会にも分かっているからこそ、平静を保つ事が必要となっていた。


 視線に込められている嘲笑は、身の程知らずの一言しかあるまい。


 しかし、そこには会もいいたい言葉がある。


「どうせ、挑めもしてないんでしょ? 腕が足りないのか度胸が足りないのかまでは分からないけれど、色々といい訳をして、自分のプライドを何とか満足させられる言葉を探してる。だから私程度を低く見て、実は0でしかない自分の方が上にいるといいたくなる」


 一言で纏められれば格好良かったのかも知れないが、会には一言で纏める事は不可能だった。


 ――ま。


 ――まぁ。


 ――まぁまぁ。


 会の言葉は嘲笑から言葉を消したが、その分、嘲りの感情は強くしてしまったが。


 それ以上のはできなかった。


 ノックの音で全ての声が消える。


「……ご当主です」


 女中が告げた当主の到着は、それ程の重さがあった。


 一礼したから室内へ視線を向けた女中は、会が槍を持っている光景に息を呑まされた。百識の家に仕えている女中も、槍を持ち込んできた者は見た事がない。分かり易く暴力を示す道具は、百識ではない者にとっては、《導》や《方》とは種類の違う原始的な恐怖感を与える。


「もういいわ」


 女中の背を押して、当主が二人だけにしろと告げた。


「一勝負、できると思ったので」


 槍の穂先をゆっくりと降ろす会。応接間を戦いの舞台にするのは非常識かも知れないが、六家二十三派の当主は、最も優れた女子が実力で奪い取るなどという習わしそのものが、世間一般の道徳から見れば非常識なのだ。


 ――できるかしら?


 ――できる力があるらしら?


 また姉妹の嘲笑が聞こえ、当主は視線だけを盗み見ている娘たちへと向けた。


「雲家衛藤派の当主を仕留めたと聞いています」


 舞台の事を、当主はしっていたのだ。


「他家の百識など、例え敵が当主であろうとも後れを取る訳にはいかないのが、鬼家月派。勝利は常識」


 衛藤えとう歌織かおりに勝利した事を理由に、自分には鬼家月派の当主になる実力があると主張するならば勘違いも甚だしい、と当主は厳然と告げていた。


 しかし――、


「鬼家月派の《導》を、よく使いましたね」


 会の鬼神きしん招来しょうらい人鬼じんき合一ごういちについては認める点があるという事も、同時に告げる。


「まだ伸びる余地がいくらでもある《導》です。もしも日を改めたいというのなら、私には受け入れる余地があります」


「ははははは」


 会は思わず笑い出した。


 ――日を改める? 受け入れる余地? バカな事いわないで!


 会は、逃げ口上だと会祝したのだ。


「お断りします。今、ここで――」


 会の《導》が立ち上る。


「鬼神招来! 人鬼合一!」


 降りる気はない。


 ただ一戦して一勝する事が、会の望みだ。


「鬼家月派の歴史は、終幕とさせていただきます」

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