第20話・迷惑とはこういうことなのだ
「だ、か、らっ!!靭帯の損傷くらいそんなに泣くほどひどいケガじゃないんだってばオズ姉っ!!」
「でっ、でも…大智しばらくサッカー出来ないんでしょう…?そんなのって…そんなのって酷すぎるわっ!」
泣き崩れる緒妻さんと、それに取りすがられて迷惑そーな大智を前に、わたしはスマホで「じんたい 損傷」と検索していた…が。
…専門用語が多くて理解不能。
でもまあ、命に関わるとかもう一生サッカーが出来なくなるとか、そこまで深刻じゃなさそうなことだけは、分かった。
「損傷でまだよかったんですってば、緒妻センパイ。断裂なんかしてたら手術した上で一年くらい棒に振るんすから」
「ええっ?!大智一年もサッカー出来ないのぉっ?!」
「…だから、もっと酷かったら、の話ですってば。…チー坊、なんとかしてくんない?」
「俺はもう諦めた。泣き疲れたら寝ちゃうだろ…」
「大智…大智ぃ…」
なんか緒妻さんは早くも泣き声が小さくなってきてた。
余裕ある風ではいたけど、やっぱり受験勉強大変なんだろうなあ。それで大智がケガしたなんて話を聞かされたら情緒不安定にもなるって。
緒妻さんからの電話だけでは要領を得なかったので、わたしは先に帰ったハズの秋埜にも声をかけて、緒妻さんが辛うじて教えてくれた病院に向かった。
幸いにして秋埜はまだ学校の近くにいて(どーもわたしが下校するのを待っていたらしい…)すぐに合流出来たのだけれど、そこから先が…もー、緒妻さんが言ってた病院の名前がデタラメもいーとこで、仕方ないから大智の学校に問い合わせ。
今日び生徒のこじんじょーほーがどーので散々渋られたのだけれど、緒妻さんの名前まで出してこっちの身分も明らかにしてよーやく、運ばれた先を教えてもらえて。
そして到着したらもう大智は治療を終えてたものの、今度は緒妻さんが人目も憚らず泣くわ喚くわと。
電話の緒妻さんの様子からよっぽどの大けがかと思ったら意外とケロッとしてたのは幸いだったけど、大智がケガしたってだけで緒妻さんがこうなるとは思ってなかったから、ホント、秋埜が一緒で良かったと思う。
「リン姉、アキ。俺治療方針とかリハビリの話を校医のセンセと一緒に聞いてこないといけないからさ、アズ姉のこと頼むわ。もう寝入っちゃったみたいだし、静かだと思う」
「うん、分かった。一人で歩ける?」
「松葉杖あるし問題無いって。じゃ」
「気をつけてけー」
秋埜の声に一度立ち止まって、後ろ手で返事。ギプスで固められた右の足は痛々しいもののそれほど気落ちした様子もない…のだけれど、大智のことだから結構ヘコんでて、わたしたちに気を遣わせないようにしてるんだろうなー…すっかり男の子だよ、大智も。
「麟子センパイ、ちょっと緒妻センパイ支えてもらえます?」
「ん、分かった」
大智に寄りかかっていた緒妻さんの体を、秋埜に代わって支える。
その間に秋埜は、ベンチソファーの上の荷物を片付けて、それが済んだところに緒妻さんをそっと横たえた。
「…はー、大騒ぎでしたっすね」
「そうねー。騒いでたのは緒妻さん一人だけ、って感じだけど」
「チー坊のこと、よっぽど大事なんでしょーねー…」
「そうねー…」
外来の診察受付はとっくに終わってて、今ここにいるのは診察の終わった人たちばかりらしく、人影もまばらだった。でなければ、あの緒妻さんの様子では通報されていたって不思議じゃなかったと思う。
「…それにしても、靭帯傷つくってどんなことになればそんなケガするんだろ」
「あー、ちょっと捻り方悪いと靭帯って結構簡単に切れたりするらしいっすよ。サッカー選手だと、日本代表になるよーな選手でもファンサービスの軽い試合で断裂までいくよーなことありましたし」
「ふぅん…」
例えはよく分からなかったけれど、そういう厳しい状況で部活やってる、ってのはなんとなく伝わった。緒妻さんが心配しても無理ないことなんだろうなあ。
「…ん、ん~……」
そうして話題もなく、しばらく黙ってるうちに緒妻さんが、寝返りをうつ…かと思ったらそのまま起き上がった。
「う~ん…ちょっと寝ちゃったわね…あれ、大智は…?」
「お医者さんのとこにいったみたいです。話を聞きにいかないといけない、とかで」
「そう…。えっと、二人ともごめんなさい。みっともないところ見せちゃったわね」
「うちらはいーすよ、別に。でもチー坊はケガしたとこに緒妻センパイの相手もしないといけなかったんですから。ちょっと反省して欲しいす」
「あー、うん。返す言葉もないわね。戻ってきたら謝るわね」
「そーしてください」
秋埜にしては珍しい、叱責の言葉。
緒妻さんもしゅんとしてしまったのだけど、わたしも結構引っかき回された感はあったので、特になにも言わず。
「…飲み物でも買ってこようか?」
「わたしはいいですよ。秋埜は?」
「うちも特には。それより緒妻センパイ、疲れてるんでしたら座っててください」
「うん、そうね。そうさせてもらうわ」
緒妻さん、座り直してはみたけど大あくび。
「…あんまり眠ってないんですか?」
「ちょっとね。勉強が予定より遅れ気味で」
「睡眠時間削って勉強したって効果ないですよ」
って、これはわたしの高校受験の時に緒妻さんに言われたことだけど。
「あとはわたしと秋埜で見ておきますから、帰ったほうが良いんじゃないです?」
「そうね…お言葉に甘えたいところなんだけど、大智の顔見ないで帰るとまた勉強が手につかなそうだし…」
ほんとこの人は、普段運動以外は大体完璧なのに、大智のことになるとダメな人になるなあ。
「あー、じゃあチー坊戻ってきたら動画撮って送りますって。それでガマンしてください」
秋埜、ナイスアイディア。連れてきて良かった。
「………う~ん………よし、わかったわ。二人の言葉に従って今日は帰って休むことにする」
「それがいいですよ」
「っすねー」
緒妻さんは立ち上がってコートを羽織る。そういえばこの人制服のままなんだけど、どういう状況で大智のケガを知ってどーやってここまで来たんだろ。気にはなる…けど、話が長くなりそうなので黙って見送ることにしよう。
「…よし!じゃあ二人ともおねが…」
「わりー。待たせた」
「だいち~…痛くない?もう歩ける?お腹空いてない?寒かったら私のコート着る?」
「おわぁっ?!ちょっとオズ姉、一人で歩けるから大丈夫だって!ああもうほらしがみつくな歩きづれーって!」
「………」
「………あうとー」
虚ろに呟く秋埜に、わたしも同感だった。大智…なんて間の悪い子…。
その後、病院の清掃の人ににらまれながらわたしたち四人に大智の学校の校医先生を交えて、これからどうするのかといった話を雑談として聞いた。
大智の学校の校医先生は、わたしたちの学校の、一線踏み抜いてとっくにアッチ側に行ってしまったセンセイと違いしごく上品で物腰の良い男の人で、部外者であるわたしや秋埜にも面倒がらずに説明してくれていた。
その説明によれば、今回はそれほど損傷も酷くないのでギプスも割とすぐには外れるらしい。
ただその後も、ケガしたところがあまり動かないような器具を装着して、リハビリにも結構時間がかかるということで、この病院に頻繁に通わないといけないとのことだった。
もちろんその間サッカーは出来ないのだろうけど…大智は「今まで鍛えてなかったところを鍛えるチャンスだし」と前向きだったのが救いと言えば救いなんだろう。
「外村君は体格に恵まれて逆に正しい筋トレをサボってきたようなので、確かに良い機会でしょう」
って、言ってた校医先生の言にはわたしも秋埜もなるほどなあ、と納得したものだ。
そして残る問題として…ねえ…。
・・・・・
翌日。
またも下校時刻に緒妻さんからかかってきた電話の最中、わたしは秋埜と昨日行けなかった寄り道をしていた。
『お麟ちゃん。折り入って頼みがあるんだけど』
と、やたらと畏まった口振りに、わたしは秋埜と思わず顔を見合わせる。
「…厄介そうっすね?」
まあねー、とわたしは目で返事。肩をすくめた秋埜は、我関せずを決め込もうとわたしから三歩ほど離れた。この薄情者。
「…それでどうしたんです?」
『大智がリハビリで、病院に週二回通わないといけないんだけど。お願いお麟ちゃん。その付き添いを引き受けてくれない?』
わー…予想をはるかに越えて面倒な頼み事だあ…。
だってね…大智にべったりの緒妻さんが大智のそばにいるのを誰かに譲るなんて、後が怖い。
「そーいうことなら緒妻さんが付き添いするものだと思ってましたけど」
『私だってそのつもりだったわよ!…でもね、でもうちのくそ爺さまが、受験をほったらかしにして男のもとに足繁く通うなど言語道断、とかいいやがってね!いーじゃないのべつにー』
それはお爺さんの方が正しいと誰でも思うんだけどなあ。大智だって子供じゃないんだし、別に一人で行けるでしょ、そんなの。
緒妻さんが車運転出来るとでもいうならともかく、送り迎えが緒妻さんでなくちゃいけないって理由は無いと思うんだけど。
…ってことを簡単に言ったら、ひどーく重苦しく恨み満載って感じの声で。
『…大智って結構モテるのよ…リハビリに通う、なんてことになって私が傍にいなかったら…どんな虫がつくかわかったものじゃないし…』
…って。わたしならいーのだろうか。
『どうして?お麟ちゃんなら、大智と何かあったとしてお麟ちゃん始末しても、どうにか言い逃れする自信はあるもの』
ちょっと緒妻さーん。
冗談だって分かっててもその、わたしのこと知ってるだけに逆に真実味があって怖いんですケド…。
『うん、冗談なんだけどね。お麟ちゃんなら、大智のこと任せても大丈夫かな、って』
チク。
…うーん、安全だと思われるのもなんていうか…。
『…それに、前にも言ったでしょ?お麟ちゃんに納得のいかないものがあるなら、今のウチに徹底的に納得しないといけないから、ね。お互いに』
「意味が分かんないです、緒妻さん」
『きっと分からないふりをしてるだけよ、それは。じゃあね、予定とかは大智に直接聞いておいてね』
「あちょっ、緒妻さん?!わたし引き受けるとは一言も………もー…」
切れた。
やっぱり大智のことになると周囲の迷惑顧みない困った人だった。
「…大体何があったかは想像つくんすけど。何ごとです?」
聞き耳だけはしっかり立ててた秋埜がお気楽な様子で歩み寄ってくる。
わたしはスマホを制服のポケットに仕舞いながら、秋埜に緒妻さんからの「頼み事」とやらを話すと。
「…ふーん。引き受けたらいいんじゃないすか?」
だって。
引き受ける前に決まってたんだけど。わたしの意志と無関係に。
でも秋埜のご機嫌よろしくない。そりゃまあ。
「妬いてる?」
「決まってるじゃないすかー。好きな人がほかの男の子と一緒に過ごそうっていうのに、にこにこ笑って見送るとかアホのやることですって」
だよねー。秋埜が割といつも通りにしてくれてるから忘れそうだけど、この子わたしのこと好きなんだよね…恋愛的な意味で。ただまあ、男女の組み合わせが妙なことになってるおかげで、秋埜が男の子みたいな立ち位置だけど。こんなにかわいいのにね。
「…でも、おかげで麟子センパイに踏ん切りがつくかもしれないんで。うちは待つ女を貫くことにします」
そう言って秋埜は、残っていたクレープをまるごと口に放りこんでしまった。わたしのおごりだからって折角頼んだ、スペシャル6セレクトトッピングが勿体ない。
「もご…ん、ごちそうさまっした。んじゃセンパイ。うちはこれで」
「秋埜も結構勝手だよね…食べるもの食べたらハイさよなら、ってそれはないんじゃない?」
「すいませーん、なんか今日はセンパイの顔見てるとちょっと腹が立つんで。チー坊の付き添いの時は教えてください。うちはなるべく予定入れてセンパイに付き合わされないよーにします」
「…あ、そ」
腹が立つ、という割にはどこか気ざっぱりした風で、それでも足取りだけは傲然と去って行く秋埜の背中を見てわたしは、秋埜が何を考えているのか分からなくなっていた。
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