第6話 『方針』
決闘後、アデルたちはイーヴァルの自宅に招待された。最低限の家具だけが置かれた簡素な部屋の中にある丸テーブルを囲む形で椅子に腰を下ろしてイーヴァルの手で用意されたお茶を楽しむ。目的を果たしたことと一先ずの休憩に三者共にお茶を楽しみながら一呼吸つけていく。人間同士の争いが激化しつつある現状を顧みると休憩する暇すら許されないのだが、アデル自身が急く必要がないという旨を二人に伝えたことでお茶会を開くことになった。
「本当によろしいのですか?」
余裕な態度を保つアデルをよそにミリアたちの心には不安が募る。眷属の契りを交わして臣下となった今、主たるアデルの命令は絶対のものとなっているが、それで不安が消えてなくなるわけではない。むしろ臣下になったからこそ主の行く先に目を向けた結果だと言える。
「ここで少し急いだところで些細な変化しかない」
何より、とアデルは自身の胸の中央を押さえながら言葉を続ける。
「この世界は行く末は人類によるものだが、繁栄の過程に魔王という存在は欠かせない」
どれだけ人類が繁栄を望んで同族の争いを起こしたところで望む未来が訪れることはない。どれだけ努力しても、どれだけ諍っても、その結果が変わることは絶対にない。何故ならこの世界はそのように創られているのだから。
「故に世界の命運は俺と連動している。そのおかげか世界の猶予というのが分かるんだよ」
世界崩壊の刻限を感覚的に伝えられてきた。そこにある程度の余裕があったからこそこの年齢になるまで時間を費やすこともできたし、情報を集めることで初代魔王の眷属として腕を振るった一族の子孫とも改めて契りを交わすことができた。その意味ではここまで順調に事を進められていると言えるのだが、ミリアたちの不安を解消するべく事を迅速に進めることも今後の余裕に繋がる一手とも言える。
「だから今後の方針をここで決めようと思う。遠慮せずに意見を出してくれ」
眷属となったいまミリアもイーヴァルも死の運命に足を踏み込んだことになる。アデルのように絶対の死が定められているわけではないが、眷属となって絶対的忠誠を誓った以上は命を賭してアデルの為に戦うだろう。そんな忠実な臣下の意見を無碍に出来るはずもない。
「でしたらグランミル連峰の一角、エピス山に向かいませんか?」
意見をしたのはイーヴァルだった。
「グランミル連峰といえば確かミサランテから見える連山でしたか」
「そうだ。エピス山はその連山の一つで、そこに魔獣を使役する人物が住んでいると噂に聞いたことがあります」
「魔獣使いか……」
もし戦力に加わった時の事をアデルは考えた。人の数だけ存在する魔獣を自由自在に使役できるとなれば莫大な戦力補強となる。先代魔王が討伐されたことで落ちた魔王軍の風評も魔獣を使役する恐怖を植え付けることで回復できる。底辺からの始動であることからどんな要素でもメリットに働くことを考えれば断る必要が一切ない提案だ。
「ですが大丈夫でしょうか? あの山には帝国軍の兵士が訓練していますから鉢合わせでもしたら……」
ミサランテで見た帝国軍の事がミリアの懸念となっていた。
「それにミリアの足であの山を登るには険しすぎる」
二人の不安にイーヴァルは即座に答える。
「馬を借りてミリアにはそれに乗ってもらいましょう。帝国軍に対しては遭遇したところでこちらが魔王軍と知る術はないから問題ないかと思います」
イーヴァルの対策案にアデルは納得して頷く。
「ミリアもあの山に興味を示していたようだから丁度いいかもしれないな」
どういう形で決着するのかは登ってみなければ分からないが、それを抜きにしても
ミリアの希望を叶えられるのなら安い話だ。
「では、まずミサランテで馬を借りることにしましょう」
方針が決定したところでイーヴァルは席から立ち上がって玄関扉に向かい、その後にアデルも続くと、その後ろ姿を慌てた様子でミリアも続くのだった。
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