第29話 貴族学校の3月

 貴族学校は4月から始まるのだが、学期前の社交は3月半ばから始まる。生徒たちはそれに間に合うように、遅くても2月半ばには郷里を発つ。

 

 貴族学校とは、13歳年度から18歳年度まで、つまり日本で言えば中高生の年齢の貴族の生徒たちを、王都で一括して教育する機関である。事実上、王家が人質を取っているのと同時に、貴族たちにノサエルト人としての共同意識を叩き込む目的がある。

 各属州は、生徒たちを収容する寮を構え、その寮は、同時に王都駐在大使館を兼ねている。

 スーペルビア属州の王都寮は、グリフォン寮であり、装飾をなるべく排した、質実剛健な造りが特徴であった。


「噂のお方はまだいらしていないのね、アドルファス。あなたのお従兄妹にあたられるとか」

「せっかくのお越しですが、申し訳ありません。何分、総督子が在寮するのは20数年ぶりのことですので、いろいろもたついています」


 アドルファスは、正直にダンスの相手にそう言った。

 ダンスの相手は、インヴィディアの総督子のイスカンダリアであった。黒の巻髪は、銀色に輝くヘビの形の髪留めでまとめられ、青紫の装いは、大人びたイスカンダリアに似合っていた。

 青紫はインヴィディアの貴色であり、ヘビは、スーペルビアにとってのグリフォンがそうであるように、インヴィディアを象徴する貴獣である。総督子ともなれば似合う似合わないはともかく、属州の貴色、貴獣、貴石(スーペルビアはオニキス、インヴィディアはアイオライト)で装わなければならない機会が多いのだが、イスカンダリアには似合っていた。


 王都ではこの時期、各寮間では招き招かれての社交シーズンである。

 寮の顔ともなるべき、筆頭寮生は、総督子がいれば総督子が務めるのだが、いなければ伯子のうち適当な者が務める。リヒトホーフェン伯家は、スーペルビアの上級貴族の中でも家格が高い方なので、アドルファスが貴族学校に入ってからはアドルファスが筆頭寮生を務めていた。


「総督子の入寮が久しぶりで、もたつくことはよくあることよ。そう言う場合は、親戚の属州が手助けするものですけどね。先代の総督のお母君はインヴィディアのご出身ですもの、頼って欲しかったわ」

「さあ、それは。ずいぶん遠い間柄にも思えますが」


 スーペルビアでは現在の総督妃は不在で、先代はグィネヴィア王女である。二代遡らなければならない間柄はかなり遠い。しかしインヴィディアはその細い縁をよすがに、突破するつもりであった。


 ジークフリート王家の滅亡とともに、勢力を縮小させたのはスーペルビアだけではない。インヴィディアもそうであった。現王家の与党と言うべきなのはイーラであるが、インヴィディアはイーラとは国境紛争を抱えている。スーペルビアと連合を組んで、対抗したいところであるが、スーペルビアはすっかり引き籠っている。なんとかひきずりだしたいところである。


 スーペルビア主宰の舞踏会と言えば、もうここ何年も、他属州からは付き合い程度の伯家の者が出席するのがせいぜいであって、それはスーペルビア側から総督子が他寮の催し物に出ることがなかったせいでもあるが、そんな中でもインヴィディアはきちんきちんと総督子を出席させていた。

 今回、この舞踏会にはイーラ、ルクスリアの総督子が出席している。スーペルビアは落ちぶれても獅子なのである。

 その軍事力は精強であり、国内はまとまっている。スーペルビアを味方につけたい属州はインヴィディアのみではない。


「ところで、筆頭寮生はウォルフガング様とマーヤ様、いずれになるのかしら?」

「いずれお分かりになりましょう」

「あら、私に手土産ひとつも持たせないおつもりかしら」


 イスカンダリアは、小悪魔の微笑を浮かべた。

 継承順位で言えばウォルフガングが上位だが、序列では、前総督の子であるマーヤの方が、上になる。マーヤは少なくとも、インヴィディア総督家の外曽孫なので、インヴィディアが介入してくる恐れはあった。


「ねえ、アドルファス。スーペルビアはインヴィディアの沈黙を買いたいのではなくて?」

「必要であれば。しかし必要とは大使殿はお考えではないようですよ」


 大使殿とは、アドルファスの実父のヒースクリフ・リヒトホーフェンのことである。


「まあ」


 それだけの言葉の中に、イスカンダリアは万感を込めた。インヴィディアを舐めるというのであればお手並み拝見というところであった。

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