第25話 冬の社交界
12月の半ば頃から雪が降り始め、瞬く間にスーペルビアを白銀に染め上げて行く。3月末まで雪に閉ざされる季節が訪れる。
この季節は、領内の社交シーズンである。季節的に暇になるのと、貴族が移動すれば雪かきが行われる。交通確保の意味合いもある。
「マーヤ様、お初にお目にかかります。リヒトホーフェン伯が嫡男、ヒースクリフ・リヒトホーフェンです」
「ヒースクリフの妻、アニエス・セントクレア=リヒトホーフェンです」
王都から戻って来たヒースクリフ一家は、まず真っ先に青の塔のマーヤに表敬に訪れた。
「マーヤです。伯父様、伯母様、お初にお目にかかります。よろしくお願いします」
マーヤはさすがに立ち上がろうとしたのだが、隣に座っていたリヒトホーフェン伯夫人アンジェラが、そっとマーヤの手を触って、「駄目よ」と伝えた。
母親が秘蔵の孫娘を既に掌中の珠扱いしているのを見て、ヒースクリフは苦笑しつつ、言う。
「どうぞ、そのままで。あなた様は総督子であらせられます。私は確かにあなた様の伯父ですが臣下筋の者。臣下筋の者の挨拶に立ち上がられる必要はありません」
理屈ではそうなることは分かっていたのだが、だからと言ってどうして伯父相手にふんぞり返ることが出来るだろうか。マーヤはいたたまれなくなったが、それを見てブランシェットが、「お慣れになられることです」と言った。
そこで話を逸らして、マーヤはアニエスに向かって言う。
「来年には王都に赴く予定です。王都のことはよく分からないものですから、伯母様にも頼らせていただきたいですわ」
「はい。私たちで出来ることでしたら、何なりと。イーラもマーヤ様には関心を示すと思います」
アニエスはそつなく微笑しながら言った。
貴族学校は、全貴族の子弟の在学を義務とするため、各属州同士の権勢争いの場でもありつつ、交流の場でもあった。マーヤの実親の、イルモーロとグィネヴィアがそうであったように、境界を越えて、恋愛結婚に至る者たちも少なくない。
ヒースクリフとアニエスもそうで、アニエスはイーラの伯の令嬢である。「ジークフリート王家戦争」では、スーペルビアとイーラは矛を交えた関係であるため、アニエスには辛い時期もあった。
長らく子が出来なかったのも、アニエスと姑のアンジェラの仲がしっくりいかなかった理由である。
「息子を紹介させていただきます、これへ」
「ヒースクリフ・リヒトホーフェンの嫡男アドルファスです」
後ろに控えていたアドルファスが、前に出て挨拶をした。今現在14歳だが、身長は既に180cmを越えている。北国のスーペルビアの人々は、高身長の人が多いが、アドルファスは特に背が高かった。
「ニコロ、ジル、キリエは知っているわね? 私もあなたの従兄妹になります。よろしくね、アドルファス」
マーヤは優しく言った。ニコロ、ジル、キリエ、そしてアドルファスとマーヤは従兄弟同士ではあるが、身分の上下はある。リヒトホーフェン伯家の嫡男の嫡男であるアドルファスは、ニコロたちにとっては主筋であり、馴れ合う相手では無かった。
「あら」
とアニエスが声を上げた。
「アニエス、何かしら?」
聞き流さずに、アンジェラが言う。
「いえ。おいおいこの辺りはいずれお教えしませんと、と思っただけです。確かにニコロたちとアドルファスは従兄弟同士ですが、身分違いですから」
「みんな儂の孫だよ、アニエス。マーヤもな」
リヒトホーフェン伯イングラムが諭すような声で言った。
「ええ、それはそうですが」
ふっと、武装するようにして、アニエスは微笑んだ。リヒトホーフェン伯夫妻は、マーヤとヒースクリフ一家との間に一線を引いた。それならば、アドルファスとニコロたちとの間にも一線を引くべきではないか。アニエスは、微笑だけでその意を伝えた。
「総督子は特別よ、アニエス。伯家に生まれたあなたがそれを分からないはずはないのだけど。イーラでは、ルクスリアやスーペルビアとは常識が違うのかも知れないけど」
アニエスがことさら、イーラ出身であることをアンジェラは強調して、窘めた。瞬間、アニエスの表情が強張った。
それを取り繕うようにして、半ば強引にアドルファスが割り込む。
「マーヤ様、恐れながら貴族学校では私が2学年先輩になります。戸惑うようなことがあれば何なりとお申し付けください。君たちもだよ」
アドルファスはマーヤだけではなく、他の従兄弟たちにもにっこりと微笑んだ。顔の美醜が人間の値打ちを決めるわけではないが、美醜がその人が持つカリスマの助けになるのも事実である。
ヴィクトリアは選ばれてイルモーロの第二夫人に上げられたことからも分かるように、グィネヴィアとはまたタイプの違った美女であったし、そのヴィクトリアの兄のヒースクリフも目鼻立ちの整った美男である。
アドルファスも容貌においては常の少年たちの中にいれば、目につくほどの美少年だった。
マーヤの出現は、総督家でも少なからぬ波紋を引き起こしていたのだが、リヒトホーフェン伯家でも同様だった。
スーペルビアは大国として長らく序列1位であったが、ラインハルト王の治世下では最下位に置かれていた。一方、ラインハルト王の与党とも言えるイーラは、第1位の処遇を受けていた。
アニエス・セントクレア=リヒトホーフェンは、イーラの外交閥を取り仕切るセントクレア伯家の一族であり、彼女がいることでリヒトホーフェン伯家はスーペルビアの外交閥トップに躍り出た。ラインハルト王とのパイプを持たないガレアッツォ総督は、迂回してイーラを通して折衝を計るしかない。
リヒトホーフェン伯家が望むと望まずに関わらず、この12年、リヒトホーフェン伯家は、親ラインハルト王勢力として振舞い、そのことでスーペルビアの国益に貢献して来たのだが、イルモーロの子であるマーヤを抱えると言うことは、「ジークフリート王家戦争」の小さなミニチュア対立がリヒトホーフェン伯家内部でも起きかねないと言うことである。
この「一族の対面の儀」を実際にやってみて、マーヤはその危険性に気づいたのだが、アドルファスがそつなく火消しをしたのを見て、頼れる従兄弟だと認識した。
「あなたのことは優秀な人物だとお祖父様、お祖母様から聞き及んでいました。実際に目の当たりにして、その通りだと私も思いました。スーペルビアとガレアッツォ総督閣下のために、これからも頼みますよ、アドルファス。頼りにしています」
意を決して立ち上がったマーヤの姿は、見慣れているはずのリヒトホーフェン伯夫妻でさえ、息を呑むような威厳にあふれていた。
政治とは、演劇なのである。そして、その意味において、マーヤは演劇のプロであり、政治のプロであった。
リヒトホーフェン伯夫妻は椅子から立ち上がって膝をつく。ブランシェットたち側近や、ヒースクリフ一家の者たちも、それに倣った。
マーヤ・スーペルビア=北条真綾。
日本の事実上の国母である持統天皇の幼少期を、威厳を表現して演じた女優である。
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12月の中旬から領府スーペルビアは冬の社交シーズンに入る。
貴族学校から子弟たちが戻って来て、貴族たちはまずは領府に集まり、1年のことを報告しあうのだった。
マーヤは、ガレアッツォとコンラーツィア、リヒトホーフェン伯夫妻、ヒースクリフとアニエス、いずれかを伴って、ありとあらゆる舞踏会に参加した。
隠されて育てられた姫君だと言うのに、よくもここまでと貴族たちが驚くほど、マーヤは自然で、闊達で、洗練されていた。
「あの華やかさはヴィクトリア様のお子と言うよりは…」
貴族Aが隣の貴族Bにささやく。
「滅多なことをお言いでない。どのみちイルモーロ様のお子であるには違いないのだ。イルモーロ様は華やかなお方だったから不思議はなかろうが」
裏の事情を半ば察しながらも貴族Bはたしなめる。大事なのは建前である。その建前をスーペルビアが揃って押し出す限り、それが真実になる。
舞踏会ではマーヤは自由闊達に振舞いながらも、子猫が周囲を探索してはすぐに母猫のところに戻ってくるように、ガレアッツォを「叔父様」と呼んで、まとわりつき、コンラーツィアとも親しく笑いながら談笑して、家族的な愛情と結束を貴族たちに見せつけたのだった。
マーヤは、コンラーツィアを何度か「叔母様」と呼んで、たしなめられて「第二夫人」と言い直す姿も見せつけた。
家族的な絆がそこにはあること、そしてそれを優先させること、優先させても構わないほどの親しさがあることを、スーペルビア総督一家は、貴族たちに見せつけたのだった。
そこまでしてから、ウォルフガングたちが帰還してマーヤに会う準備が整ったのだった。
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