第22話 じじバカばばバカ

 それから一週間が過ぎた。

 どうしてこうなった、とフェルカムはため息を漏らす。

 四六時中、冗談ではなく本当に四六時中、リヒトホーフェン伯夫妻はマーヤと一緒にいる。まとわりつく。追いすがる。


「莫迦め、宝玉はでかければいいというものではないのだ。そんな大きな粒のダイアモンドなど、マーヤの清楚さを損なうではないか」

「ああら、朴念仁のあなたが女の宝玉の何が分かるっていうんです? あなたの送ったサファイアの指輪、色合いは綺麗ですけど、まあ、ちっちゃくって安っぽくてダメダメだわ。そんなんじゃマーヤが舐められますからね」


 どれだけの衣服、アクセサリー、お菓子がリヒトホーフェン伯夫妻から送られて来ただろう。もちろんある程度は、リヒトホーフェン伯家も準備はしていたのだろうが、弾が尽き始めるにつれ、家伝の宝石や、実家から持って来た花嫁道具などもマーヤへの贈り物として駆り出されていた。


「お祖母様、この首飾りはご実家から持っていらしたものよね?」

「そうよ、私はルクスリア属州の出身ですからね、ダイアモンドはルクスリアの州石ですもの」


 ちなみに他の州の州石は、スーペルビアがオニキス、アヴァリティアがルビー、インヴィディアがアイオライト、イーラがインカローズ、グーラがエメラルド、ピグリティアがターコイズ、王領がアンバーである。

 マーヤがブランシェットと決めた基本的な装飾宝石は、オニキスとアイオライトなのだが、それ以外の宝石もこの1週間でずいぶんコレクションすることになった。


「だとしたら、それはヒースクリフ叔父様の奥方様か、ヒースクリフ叔父様のご令嬢に継がれるべきではないかしら」

「いやよ、あんな女に。それにヒースクリフには娘はいませんからね。これは私の娘にやるつもりだったものだからヴィクトリアの娘のあなたに継がれるべきものよ」


 マーヤが実際にはグイネヴィアの娘であることは差し置いて、表向きは、マーヤはリヒトホーフェン伯夫人アンジェラの長女の長女である。最年長の女の孫でもあるから、確かにマーヤが引き継いだとしてもおかしくはない。


「それにダイアモンドを身に着けていれば、ルクスリアとのつながりも示せますからね」

「それにしてもその大きさは下品すぎるだろう」

「んもう! あなたって人は余計な茶々を入れて! もういいからさっさと仕事に行きなさいよ!」

「なんのリヒトホーフェン伯爵にとって、総督子たるマーヤを接待することに優先する仕事などありはせんわい」


「あのお二人とも、そろそろマーヤ様のお勉強の時間なので出て行って欲しいのですが」


 フェルカムがおそるおそる申し出る。リヒトホーフェン伯家は伯家の中でも名門の家系なのだ。


「マーヤにはもう勉強なんて要らんだろ」

「そうよそうよ、二年生のアドルファスよりはよっぽど優秀だわ」


 アドルファスは、リヒトホーフェン伯爵家の嫡男の嫡男なのだが、もはや血の通った実の孫を貶めてでも、リヒトホーフェン伯夫人はマーヤを手放さないつもりである。


「マーヤ様は総督子です。スーペルビアのみならず各州の人的つながりについてあらかじめ学んでおく必要があります。貴族学校では、ウォルフガング様と共にスーペルビアを代表するお立場になられるのですから」

「あんたたちもいい加減におし。マーヤ様はあんたたちのおもちゃじゃないんだよ」


 ブランシェットがかなりきつめに言った。ブランシェットはリヒトホーフェン伯夫妻とは同時期に貴族学校で学んだ学友であった。


「お祖父様、お祖母様、私行かなければ。リヒトホーフェン伯の孫娘ですもの。お祖父様とお祖母様に恥をかかせないよう頑張らないといけないわ」

「おお、マーヤ、何と立派で気高い…。身を切られるほど辛いがしばしの別れを甘受しよう」

「ああ、悲しいわ。でもそうね、マーヤの邪魔をしてはいけないわね」


 ようやく二人はぐずりながらも退出した。


 やれやれ、と教師役として残ったブランシェットが首を振る。


「マーヤ様がいきなり抱き着いた時にはどうなるものかって思ったものだけど、まあ、結果よしなのは良かったが…あれは何と言うか、なつきすぎだね」

「お祖父様とお祖母様と心が通い合えて、私も嬉しいわ」

「マーヤ様…今回はうまくいったからいいけど、二度とあんなことはしたら駄目だからね?」

「分かってるわ。私も別に計算してああしたわけじゃないもの。身体が勝手に」

「まあ不思議なこともあるものさ、アマテラス様のご加護かね」

「アマテラス?」


 なぜだか少し不安になってマーヤは尋ねた。言うまでもなくそれは日本の女神の名だ。


「主神様の御名だよ。知らないのかい?」

「知らなかったわ」

「意外なところに知識の抜けがあるね。今晩はその辺のことをフェルカムに講義させようか」


 そんなことを二人が話している時、フェルカムは、リヒトホーフェン伯の執務室に連れ込まれ、リヒトホーフェン伯夫妻から尋問を受けていた。


「マーヤとウォルフガング様をめとわすなど儂は断じて認めんぞ」

「私もよ。総督家に娘を差し出すのは、もうこりごりです」

「マーヤ様のお立場からすれば、スーペルビアはともかく、他の総督家に嫁がれる可能性は高いのですが。もしくは王家に。総督子と言うお立場でなくても、あの美貌、聡明さ、魔力の大きさ、いずれも垂涎の的になるでしょう。他の属州に嫁がれれば、リヒトホーフェン伯領に里帰りすることもそうそう叶わなくなりますが?」

「それは困る! おお、アドルファスの嫁に来てもらえばどうだ!」

「それはいいわね、あなた。そうしたらずっとマーヤと一緒に暮らせますし」

「お忘れですか? 先日、伯爵様は総督令嬢のメイフェア様をアドルファス殿の夫人として迎え入れたいと申し出られましたよね? 既に総督様は了承されました。もはやそれは覆せません」

「おお、儂のバカ! 何と言うことを申し出てしまったのだ」

「本当にあなたって使えないわね!」


 夫に向ける妻の毒舌に、背筋が凍る思いをしながらも、フェルカムは言葉をつづけた。


「こう言ってはなんですが…並の総督令嬢ならば、伯家に嫁ぐこともあるでしょうが、マーヤ様が伯家に嫁ぐなど、周囲が許しますまい。マーヤ様の傑出ぶりはいずれ皆が知るところになります。皆思うはずです。マーヤ様のお相手が、リヒトホーフェン伯家のアドルファス? あり得ない! と。ウォルフガング様ですら釣り合いかねるとは思いますが…そこは将来の総督ですから、まあしょうがないかと」

「王家はどうなのだ? マーヤならば王妃だって狙えるだろう?」


 実の孫ではなく、事実上は養女とは言っても孫は孫、孫が王妃になればと言う野心がにわかにリヒトホーフェン伯の胸の内に沸き起こる。


「マーヤ様はスーペルビアに残ることをお望みです。リヒトホーフェン伯、リヒトホーフェン伯夫人と言う大切な方々が増えたからにはなおさらそうでしょう」

「おおそうか儂らが大切か」

「うふふ、嬉しいわね」

「そう言う訳でマーヤ様のご希望から言っても、ウォルフガング様との婚約は決して悪い話では無いのです。いえ、むしろ最善手と言ってもいい」


 スーペルビア総督家の政略から言っても、マーヤを次代の総督妃として取り込むことは万事丸く収まる最良の一手であるが、マタイとラケルからなるべく距離をとりたくないマーヤとしてもそれはむしろ望むところなのである。


「とはいえ、貴族学校にお入りになられれば、必ず他の総督家から狙われるでしょう。インヴィディアなんかは特に要注意です。他の総督家からの横やりならば押し返せますが、王命で以て王家に入ることにでもなればどうしようもありません。ですから、その前に手を打つのです」

「それでマーヤとウォルフガング様を婚約させると?」

「まだそう言う話が具体化しているわけではありませんが、総督様は既にお考えでしょう。来年の1月から3月の間に滞りなく婚約は済ませられるでしょう」

「うーむ」


 リヒトホーフェン伯イングラムからしても、総督妃から生まれたイルモーロは「本物の総督」だったが、第三夫人を母とするガレアッツォは、どうかすれば伯家出身者よりも出自が劣る「間に合わせの総督」でしかない。

 そのガレアッツォの総督妃から生まれたならばともかく、第二夫人から生まれたウォルフガングは、出自としてはかなり見劣りがする総督子である。

 この序列意識は貴族である以上、抜きがたく、リヒトホーフェン伯も持っている。

 そんな見劣りがする総督子に、マーヤをやれるか、という気分があるのも事実ならば、スーペルビアに留まれるならばその方が良いと言う思いがあるのも事実である。その思いの間で、リヒトホーフェン伯夫妻も揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る