第12話 目覚め
調度の整えられた部屋。
床と壁は大理石だが、色合いは白なので、見た目は寒々とはしていない。
その中央に天蓋が付いたベッド。
その中で、ゆっくりとマーヤは目を開いた。
「気づいたかね?」
中年の男がそう言う。
「ここは?」
「スーペルビア城内だ。君はあれから気絶して、一週間、眠り通しだったのだよ。治癒師がそろそろ目覚めそうだと言うので、人払いをして待っていたところだ」
部屋の中には、マーヤ以外に男が3名。
1人だけが椅子に座り、マーヤに話しかけ、他の二人はそれに従うように立っている。
「マタイは…」
「無事だ。君がドラゴンを葬って助けたからな。ついでに私たちをも君が助けたことになる」
「ついでに…?」
そう聞いて、マーヤははっとなる。あそこにいたのは、マタイ以外は貴族ばかりだったはずだからだ。マーヤは跳び上がって、半身を起こした。
「寝ていていい。まだ魔力の反動があるはずだ。無理をすることはない」
「あなたは…あなた様は…」
「私はスーペルビア総督ガレアッツォ。こちらは私の首席補佐官のフェルカム、ならびに親衛隊長のゼックハルトだ。みな、あの場にいた者たちだ」
「総督様…」
驚きのあまり、マーヤは硬直する。
「まずは感謝を。君がいなければ私たちも他の親衛隊の者らも死んでいたはずだ。怪我をした者は多いがね、誰も死んではいない。マタイも無事だ。マタイは怪我もしていない」
「…良かった」
そう言われてマーヤはとりあえず安堵をした。
「次に謝罪を。ドラゴンスレイヤーとなればこの国の歴史でも片手に余るほどしかいない。君はその数少ないドラゴンスレイヤーの一人になったわけだが、属州都スーペルビアのすぐ近くにドラゴンが発生したことは、治安上、公には出来ない。多少、手に負えない魔物が発生して、親衛隊がなんとか撃退した、そう言うことになっている。無論、内々で恩賞は授ける手はずだが、ドラゴンスレイヤーの名誉は与えられない」
「私はそんなものはどうでも…隠してくれるならその方がいいです」
マーヤのその答えに、ガレアッツォはふっと笑った。
「隠してくれた方がいいか。君は、あの老兄妹の元に戻るつもりなのか? 平民ならばドラゴンスレイヤーなどになれば悪目立ちもするだろうが…君は平民ではあるまい?」
「…」
「自分が魔力持ちであること、すなわち貴族であることを知っていたのだな?」
マーヤはこくんと頷いた。そして、
「マタイとラケルは知らなかったんです。悪いのは私なんです。二人はどうか罰しないでください」
と頼んだ。
「我々としては放っておくことも出来ず、レニングス兄妹には事情を聴取した。話の筋は通っていたから嘘を言っているとは思わない。彼らは何も悪いことをしていないから罰する理由がない。それどころか感謝をしてもしきれぬ。私の姪を保護していてくれたのだから」
「姪?」
「君は平民の中で育ったから知らないだろうが ― 貴族の出生は国にとっては最重要管理案件だ。当然、誰が妊娠したのか、誰が生まれたのか、当人や周囲には報告義務があるし、それは隠しきれるものではない。だが調べたが、君に該当する出生記録は無かった。通常はこう言うことはあり得ない。あり得ないが、あり得るとすればひとつしか可能性はない。
報告を受ける側が情報を隠匿していたか捏造していた場合だ。
前総督イルモーロ。それが君の実父であり、前総督妃グイネヴィア、それが君の実母だ。イルモーロは私の兄だから、君は私の姪になる。
グイネヴィアは、先の戦争で自決をしたのだが、死ぬ1年前から公には姿を現さなかった。おそらくは妊娠を隠すためだろう。貴族の妊娠報告、出生報告は総督妃である彼女が管轄する案件だった」
「…でも、それだけで私が前総督様の娘とは言い切れないのではないでしょうか。私は森に捨てられていたと聞いています」
マーヤの言葉に、ガレアッツォは頷く。
懐からペンダントを取り出し、蓋を開いて見せた。そこには、前総督イルモーロの姿が描かれていた。
「よく似ているではないか。目元も口元も、否定しようがないほどに。男ながらその辺の美女など太刀打ちできぬほど美しい人だった。黒髪と青い瞳も特徴的だ。君もそうだね? これは南方の属州インヴィディアの特徴なんだ。スーペルビアには滅多にいない色合いだ。イルモーロの母親、先々代の総督の総督妃がインヴィディアの出身だったから。このペンダントは君にあげよう」
開いたままのペンダントをガレアッツォは、マーヤに握らせた。
「私が…前総督の娘…この人が私のお父さん?」
「君の母親、グイネヴィアが妊娠を隠し、君が生まれたことを隠す理由もあった。グイネヴィアはジークフリート王の娘だ。だが、ジークフリート王の死後、現在の王ラインハルト王が王位継承を主張してね。ジークフリート王家とラインハルト王家は国を二分しての戦いになった。
当然、スーペルビアは、ジークフリート王の娘婿だから、ジークフリート王家に加担したが、終始劣勢で、敗戦は必至と思われた。実際、敗けたのだがね。
兄イルモーロは妻がジークフリート王の娘だ。自分の存在自体が講和の障害になることが分かっていた。それで敢えて無謀な戦闘に赴き、戦死した。
グイネヴィアも自殺することによってスーペルビアを救ったのだが。おそらくはその前に君を産んでいたのだよ。
グイネヴィアはただの王女ではない。正妃が産んだ第一子で王の長女だ。プリンセスロイヤルの称号を持っていた。年の離れた庶子の弟が生まれるまでは、暫定王位継承者だったのだよ。
王女の子は、普通は相手の男が王族でなければ王族とは認められないが、プリンセスロイヤルの子は別だ。プリンセスロイヤルの子は王族だ。つまり君は本来ならば、王女なんだよ。それもジークフリート王家唯一の生き残りの王女だ。
スーペルビア総督の地位は私が継ぐことで、ラインハルト王に恭順が認められた。そんなところにジークフリート王家の王女が新たに生まれていればどうなっていたと思う? スーペルビアは前総督の子を誇りに掛けても差し出せないし、そうなればスーペルビアが滅ぼされていただろう。
それが分かっていたから、グイネヴィアは君の誕生を公には出来なかったのだと思う。そしておそらくは殺そうとした。しかし出来なかった。だから ― 」
「だから森に捨てられた」
ガレアッツォは頷いた。
「そのままならば人知れず死んでいただろうが ― マタイが見つけて、君を保護した。そして君はマーヤ・ラーリーとして育てられた」
ガレアッツォは立ち上がり、歩き回る。
「君は上級貴族だ。それも総督子だ。君の魔力量は通常の上級貴族をはるかに上回っている。もう限界だよ、平民の中では暮らしてはいけない。マタイとラケルとは ― もう会わない方良い」
「そんな…」
「マーヤ・ラーリーは不幸にして魔域で魔物に襲われて死んだ。そう言うことになる。既に葬式も済んでいる。成人するにつれて学ばねば君は魔力を統御できなくなってくる。無意識の威圧を漏らすことになる。そうなればおそらくここにいる上級貴族のフェルカムでさえまともには立ってはいられまい。君の威圧は ― 王女の威圧なのだから。平民相手ならば、威圧だけで殺してしまうことにもなりかねない」
「…どうしてっ」
涙が溢れた。
「私はただっ、私はただっ、二人と一緒に生きていきたいだけなのにっ!」
泣きじゃくるマーヤに、三人の男たちは言葉も無く立ち尽くすしかなかった。
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