第1章 第2節 「蠭天来襲」
3. イビルアイズ・リポート(with dear his family)
「ん…………」
目が覚めた。視線の先には、ダウンライトの照明と、見覚えのある木の天井。
理里がまず感じたのは、両手をそれぞれ、誰かに握られている感覚だった。
と、思いきや。
「…………あっ!」
左手を握っていた誰かの両手が、ぱっ、と離される。
「き、
「あ、あ、あの、えっと」
布団に横たわる理里の左側で所在無げにオドオドしているのは、くりっと大きい目が特徴の可憐な少女。
怪原家の
「そっか……看病、してくれてたんだな。ありがとな」
「え、あ、うん……」
顔を赤らめ、もじもじと人差し指をこすり合わせる綺羅。今にも抱きしめてやりたくなる可愛さだ。
「え、えっと……ま、ママ、呼んでくる」
「ああ……頼むよ」
理里がうなずくと、折れそうな細い脚で、綺羅はとてとて部屋を出ていった。
「…………ああ」
息をつき、理里は身体を起こす。
言うまでもなく、ここは怪原家。3階建てのこの家の、1階にひとつだけある、応接用の和室だ。泊まりの来客があった時や、家族の誰かが病気の時(怪物でも病気はする。治癒能力が高いため、人間より回復は早いが)は、こうして寝室としても使われる部屋だ。
はっきりしない頭で、辺りを少し見回す。すると……もう一方、右側の人影が目に入った。
「………………」
理里の手を握ったまま眠るボブカットの女性。ぱちっと
それがあの姉だと分かっていても、しばらく見惚れてしまったのは……理里もまだまだ、修行が足りないということだろうか。
「見つけてくれたのか……。ありがとな、
眠ってくれていてよかった。面と向かってお礼なんて、照れくさくて仕方ないから
「りいいいいいくうううううううんんんん‼」
「どわぁ!?」
突然。
「やっと……やっと目が覚めたのね! よかったわ……
「むぐぐ、むぐぐぐぐ、むぐっ」
なにやら柔らかい、とてつもなく大きな2つの物体に視界も口もふさがれて、理里は息ができない。
「おいおい母さん、その辺にしといてやれよ。理里、息が止まってるぜ」
「えっ!?」
若い男の声で、パッ、と解放された理里の顔は
「ぶはっ……し、死ぬかと思った」
「ご、ごめんなさい! 本当に心配だったから、つい……」
明るくなった視界に居たのは、母の
目は切れ長、しかし黒目は大きく、睫毛が恐ろしく長い。腰まで伸ばした黒髪は、濡れ烏も頭を下げる
しかし最も目を引くのは、胸部に搭載された2つのふくらみだろう。決してスマートとは言えないものの、完全に太っているとも断定しがたいムチっとした
「やれやれ。普段はクールな美魔女だってのに、家族のことになるとこうなっちまうんだよなぁ……」
恵奈の後ろでニヒルに
目が細く、目元には睡眠時間が足りていないことを示す深い
「
「すいませんでした以後気をつけますッ!」
恵奈が凄むと、希瑠は即座に土下座した。
(それでいいのかアンタのプライド……)
理里が呆れていると、今度は前からカナリヤのごとき美声が聞こえてくる。
「フッ。永き眠りからの目覚め、ご苦労。汝の居ぬ間に世界は少しばかり変わってしまったが……委細問題無し。貴様のその『力』なれば……」
「その胸焼けのするセリフは……
「おおっと、
「はいはい、処女の蛇サンね」
「翻訳すなぁ!
この通り、年齢どおり
母、長男、長女、三男、次女、三女。以上6名が、現在の怪原家に残るメンバーということになる。
ムキになったことが後から恥ずかしくなったのか、吹羅は咳払いをして、続ける。
「……し、しかし、『永き眠り』というのは事実なのだぞ? 何せ貴様、3日間も眠りっぱなしだったのだからな」
「えっ、3日!?」
理里が驚いて辺りを見回すと、他の家族もうなずく。
「ああ、本当だぜ。まるで死んだみたいに眠っちまってよ、1日経つごとにどんどん母さんのキャラが壊れていって」
「し、仕方ないでしょう。心配なものは心配なんだから……それにしても、いったい何があったの? と言っても、おおよその予測はついているけれど」
「ああ、実は……」
理里は入学式後、手塩と戦闘になったところまでを、かいつまんで家族に説明した。
その情報量に、しばらく8畳の和室は静寂に包まれる。
「…………そう。ついに、"英雄"が動き出したのね」
ようやく口を開いたのは、恵奈だった。低い声でつぶやき、丸めのあごに手を当てた彼女は、虚空を見つめた。
この言葉に驚いたのは理里だ。
「えっ……母さん、英雄のこと知ってたのか?」
「私だけじゃないわ。希瑠くんもそうだし、
「そう……なのか。じゃあ、父さんのことも……」
理里が意気消沈してつぶやくと、恵奈は目を見開く。そして、顔をしかめた。
「そこまで聞かされてしまったのね」
「……え、えっ? 何だ、どういうことなのだ? 父上が何か関係あるのか?」
吹羅が理里と恵奈とを交互に見る。綺羅も、不安そうに吹羅のパジャマの
「ええ。あなたたちのお父さんが消えてしまった理由。それをりーくんは、図らずも知ってしまったの。
もう少し大きくなってから、私の口から伝えようと思っていたのだけれど……はあ。そうね、いいきっかけかもしれないわ」
すう、はあ、深呼吸をひとつ。その後、恵奈は紅い唇を開いた。
「確かに、お父さんの行方は分からない。けれど、ただ蒸発してしまったわけでもないの」
そこからは、手塩が語ったことと同じだった。『ロスト』の夜、父さんは天界を襲撃し、神と英雄の連合軍に敗北して、今は行方知れずになってしまったと。
「……どうしてっ!」
吹羅が、ダンッと畳を殴りつけた。
「どうして父上は、そんな愚かな行動に出たのだ! 私たち家族のこともかえりみずにっ!」
うずくまってしまった吹羅を、綺羅がなだめる。しかし、彼女もまた、憤怒と困惑が入り交じった表情であった。
理里も妹に同調し、問う。
「確かに、そこは俺も気になってた……いったい、どういう理由なんだ?」
母や兄、珠飛亜に聞くところの優しい父親像とはかけ離れた邪智暴虐の行動。もし、破壊への欲望を満たすためだけにそんなことをしたのだとしたら、理里は父を許せる自信がなかった。
納得のいかない3人に、恵奈が目を伏せ、哀しげに笑う。
「さあ……そのあたりは、わたしにも分からないわ。あの日、あの人は突然
あの人が何をしたのかは、後から知り合いに聞いたわ。とても驚いた……けれど」
そこで、恵奈の目が変わった。
「わたしが、わたしたちが一緒に過ごしたあのヒトは……少なくとも、悪いものではなかったと思う。あなたたちのことを、本当に愛していたわ。それだけは確か。
だから。お父さんのことを、嫌いにならないであげて」
恵奈の目には、「力」が籠もっていた。まるで、目の中に揺るがぬ柱が1本、立っているようだった。
それは、己の愛する者を、徹底して信じ抜く心。その絶対的な信頼に、理里たちはにわかに圧倒された。
静まり返る和室。……ひとコマ置いて、希瑠が、口を開く。
「……ま、ただ信じろっつわれても、難しい話だと思うがよ。その辺りのことは、いずれ明らかになるだろうからよ」
「……? どういう意味です、兄上」
たずねる吹羅に、希瑠は声を明るくして答えた。
「ほら、父さんって不死身だろ? 死なないんだったら、いつかは俺たちも会う機会があるはずだぜ。真相はその時にでも聞けばいいさ。今はただ、黙って信じてやるのみだぜ」
「むう……」
吹羅は釈然としないふうだったが、そのうち、ブンブン、と頭を振って、
「兄上がそう仰るのでしたら、そういたします」
「おう、そうしてくれ、ハハ……」
ぎこちない笑みを浮かべる長兄に、何度もうなずいた。
と……その希瑠が、布団に入ったままの
「それで理里。そろそろ聞きてえんだけど……」
「うん?」
前触れもなく水を向けられた理里は戸惑う。
しかし。その後の希瑠の質問は、さらに彼を混乱の渦に叩きこむこととなる。
「何でお前の前髪、半分だけ
「…………ええっ!?」
言われて初めて、理里は目線を上にやった。
眉を越えるくらいの長さの前髪は、いつの間にか、自分から見て左半分だけ、白く染まってしまっている。
「嘘だろ!? なんで、こんなことにっ」
「ああ、それ。ぴあちゃんが見つけた時から、その状態だったらしいわよ。テセウスに何かされたの?」
「いやあ、何かされたっていうか……」
どちらかというと、『何かした』のは理里のほうだった。
(……せっかくだし、ここであのことも話しておいた方が良さそうだ)
「どうも俺、『目覚め』ちまったみたいなんだ」
「……え?」
「は?」
「むう?」
「……え、えっ?」
数秒、皆の思考が止まる。
「むにゃあ……おはよ。あれ、りーくん目が覚めたんだぁ! 良かっ……え? みんな、どうしたの? ぼーっとしちゃって」
ようやく起きた珠飛亜が、不思議そうに辺りを見回した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます