第36話 「照覧」
「もし、そこな婦人よ
「何だ」
背後から声をかけられたアルメンが振り返るとそこには赤の意匠が特徴的な服装のフード姿の男がいた。意匠は赤い小ぶりの花が房のようになっていてその花が肩に垂れかかっている。
「あなたはこれまでの艱難辛苦に打ち拉がれてしまったことはありませんか」
「私は無宗教だ」
そう言うと彼女は再び男に背を向けた。
「ふぅむ」
男は顎に蓄えられた髭をさすると、今度は先ほどよりもより優しい口調で言った。
「では、あなたはコルドのことを信じていますか」
「―――何だと」
彼女の歩みが止まる。それを見た男の口元が歪む。
狭い路地から出ようとしたその足は突き動かされるようにして男の元へと向けられる。
「何が言いたいんだ」
「僕からは何も。あえて送るのならば、そうですねぇ」
男は壁面のヒビに咲く名もなき花をそっと手折ると、彼女の前に差し出した。
男はアルメンにそれを受け取るように目配せをした。彼女も何も言わずに手を伸ばす。
次の瞬間、男はその花を握りつぶし、彼女の手のひらにそれを散らしながら耳元で囁いた。
「カエノメレスはあなた達のことをずっと、見ていますからねぇ」
「……そういうことか」
「それでは僕はこれにて。あなたに天使のお導きがあらん事を」
そう言うと、男は路地裏に姿を消していった。彼女の手元に散らされた花弁が、街の隙間風で二枚、どこかへと飛んでいく。残された花弁は千切れかかっていた。
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