特異臨界

会話標本

 再生:パイソン・ポイゾネス、米国帰還より二時間後の会話内容。対話担当はカーター大佐。録音のみであったため、部屋の状況は物音で判断している。


 カーター大佐が鉄扉を開く音。既に、室内にいたパイソン・ポイゾネスへと声をかけた。


「おかえり。無事な顔を拝めてホッとしたよ」

「それで? まさか、帰国そうそうにまた任務を言い渡されるとは思わなかったぞ」


 不機嫌を形にしたような声は、先程、大佐の秘書から聞かされた任務内容についての抗議の意味を持っていたようだ。パイソン・ポイゾネスのものと思われる嚥下の音。任務中の会話から察するに、カーター大佐が用意させたビールであろう。


「すまないが、この不可能任務ミッション・インポッシブルを可能にするには、君の力が必要なのだ」

「一介のコックを随分買いかぶっているようだ」

「ケーシー……いや、パイソン。ただのコックがあの困難な状況から生還などできようはずもない。やはり、君でなければいけない」

「パイソンって呼ぶってことは、やはりサルドパラディナ関係――例の〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟か」

「隠すつもりはない。そのとおりだ」

「せめて、もう少し休暇を与えてやってもいいと思うがな?」

「一週間の猶予はこちらとしても妥協の限界なのだ。例の蜘蛛ヽヽに人型兵器……〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟の関与があったとみて間違いない」


 二秒ほどの間。テーブルにジョッキが置かれる音がし、パイソン・ポイゾネスが口を開く。


「…………まただ。大佐、〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟ってのは米国アメリカに反旗を翻しているのか?」

「それは無い」

「だが、その〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟が供与した可能性が高いのなら、国会に対する背任だろう? 明らかな利敵行為だ」

「〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟は我が国を敵とは見做していない。いや、むしろ〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟は〝敵〟という概念すら持ち合わせていまい」

「……それを聞いたところで満足な返答はくれないんだろうな」

「そうだ」


 パイソン・ポイゾネスの重いため息。


「そう腐るな。君への報酬は用意しているそうだ。二回人生をやり直しても足りぬほどの金額だそうだ」

「期待しないでおくよ」

「そうだ。MBムラサマの乗り心地はどうだったかね?」

「サウナに入っているような気分だったよ。しかも狭くって、汗を拭うこともできん。閉所恐怖症に悩まされるところだ」

「なるほど。狭さについては期待に応えられないが、空調に関しては今、改良中だ。流石に、あの沙漠の日照りで熱された密閉空間となると、君の身体が心配でね。私から掛け合ったのだ」

「ご厚意痛み入る」


 嚥下。続けて、つまみ――音色から察するに乾燥した豆類――を歯で砕く音。


「君がもたらしてくれた情報でMBは更に磨きをかけられ、早晩、戦車や歩兵に連なる兵器となるだろう。大量破壊兵器の時代が去り、情報が要となった今世紀を代表する兵器として、な」

「別に兵器開発の協力をしたつもりはないんだが……」


 数秒、両者の呼吸音だけが録音される。


「ちなみに、俺が断ったとしたらどうなる?」

「どうにもならん。世界の警察は辞退したものの、未だに〝大国〟には違いない我が国が秘密裏に処理ができないとなると、あとは前時代の遺物に頼るしかあるまいが、その決断をホワイトハウスが下すと思うか?」

「核か。なるほど、決断できねぇよな。それこそ、前世紀に仄めかされていた第三次世界大戦の銃爪となり得るってもんだ」

「……或いは、それ以上の事態を引き起こしかねん。今や核兵器の実験データが拡散してきている時代だ。テロリストも核兵器を持ちかねない――或いは、既に保有していてもおかしくない時代だが、彼らが核攻撃をしないのは資金問題もさることながら、絶大すぎる威力と相互確証破壊MADにある」

「核テロリズムって奴か? まさに狂気MADだな。国家とテロリストが核を振りかざして睨めっこ、とはね」


 軽い笑いは両者から。


「核はテロリストが手にするには威力が高すぎる武器であり、リスクが大きすぎる。核兵器を使用するということは使用されるリスクを孕んでおり、更には核兵器をひた隠しにすることも困難だ。逆に言えば、核でテロリストを壊滅することも、またできない。もっとも、追い詰められた獣は何よりも恐ろしい……。つまり使用される前に芽を摘むことこそ……」

「戦略級情報戦でリスクを嗅ぎ取った上で、次世代戦場情報統制システムによる戦術級情報戦で片を付ける……か。なるほど、読めてきたな。そんな大事な次世代システムを惜しげもなく投入するわけだ。米国あんたたちは〝パラディナの雨〟が核兵器を保有している可能性が高いと睨んでいるわけだ。つまり、〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟は核兵器か、それに類するもの……とか?」

「喋りすぎたようだ。これ以上は〝ZARATHUSTRAツァラトゥストラ〟については触れないでおこう」

「俺も聞きすぎたな。あんたの立場を悪くしたいわけじゃなかった。もうやめよう」

「……感謝する」


「で、一週間後、またもサルドパラディナ行きか?」

「そうだ。先日のMBを使ったHALO降下とは違い、今度は通常通りに入国してもらう。偽造パスポートを使って、空路で現地へと向かってもらう。少なくとも、機内で快適に寛げる時間はできるはずだ」

「それはありがたい」

「MBは別路で用意しておく。後は現地工作員を介して、細かな指示を与える。当然ながら、Willnoidは機内に持ち込めないため、こちらについても別で輸送を行う」

「まあ、あんなワクワクガジェットなんて税関で没収されるわな」

「そうだ。本来ならば、前回同様の方法で侵入させたいところだが、〝パラディナの雨〟によって王家に情報が渡っている可能性があった。遺憾ながらの別ルートでの入国となる」

「楽しそうな旅行になりそうだな」


 連続した嚥下はビールを体内に流し込んでいるとみられる。椅子から立ち上がる音がし、ジョッキがテーブルに置かれる音がした。


「大佐。とりあえず、夕食をおごってくれ。それくらいの義理ねんきんはあるだろう?」

「ああ、いいだろう。再開を祝そう」

「それと、任務の成功をな」


 鉄扉が閉ざされる音。本会話はサンプリング化した後、今後の任務への情報として組み込まれる。両者共にこの録音については知らされていないため、自然なサンプリングが取れた。なお、彼らの移動先についてもサンプリングを行っており、その情報についても参考とする。

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