私は、「新しい」という単語に、言葉の意味以上の関心がありません。
私の専門とする分野は、伝統的価値観に、「新」と名付けて100年が経過しています。
私が産まれる以前から存在する新しいものが、私の喉にささっているのでしょう。
けっきょくのところ、誰がボスかなんて関係なくて、なんのために生きていくかが重要であると考えさせるお話でした。
それが、新新世界なのか、旧新世界なのか。それは自分の心が決めればよいことですよね。
私は、世界が、「どちらが利口であるか」ではなく、「より愚かな方はどちらか」の勝負に進んでいることに危機感を覚えました。
Jan.2026
遠き山に日は落ちて
淡々と語られるAIと、地球最後のヒトとなった人間の物語。と、思いきや、最後の方から違った物語に変貌を遂げる。平たく言えば、どんでん返しが待っていた。二十歳になったことで、「大人」とされてAIの世界に解き放たれたヒトが、AIと共に、「人間博物館」に行く。そこで初めて、人間は服を着ると知る。AIはヒトにとって、友好的で、安全な存在だった。
「人間博物館」というと、人間がAIに支配された世界を思い浮かべる方も多いだろうが、それは違う。少なくとも、ヒトにとっては。
実際に、少数民族を博物館で展示した過去を持つ日本。この事実はあまり知られていないだろうが、これだけ非人道的なものはない。
だから、この作品は読者に語りかけるの物があるのだ。
さあ、この作品を読んで、「人間博物館」について考え、話そう。
是非、ご一読ください。