第100話≪ふたたびの始まり≫

 新・ここは世田谷豪徳寺・1(さくら編)

 ≪ふたたびの始まり≫        



 女子バレーボールワールドグランプリ日本代表は20日、強豪ロシアを撃破した。


 そして、夕べはブラジルを破って波に乗っているトルコを3セットで落とした。


 歳は少し上だけど、同じ日本の女性として胸が熱くなった。山口恵里奈は、文字通り帝都女学院バレー部のセッターなので――見た!! 見た!? 勝った!!――と、興奮丸出しのメールを送ってきた。


――やったね! 日本の女は大したもんだ!――と返しておいた。


 それから、ルンルンと気分よくお風呂に入って、頭にタオル巻き付けて洗面でガシガシ歯を磨く。鏡の前には当然若いということだけが取り柄の、たいして美人でも可愛くもない自分の顔が映っている。



 瞬間、別のものが映った。



 冬の制服で家を出て豪徳寺の駅に向かうあたし。


 駅に向かう最後の路地のところで水道工事をやっている。


 若いガードマンが交通整理。


 ライト付きの指示棒を慣れない手つきで振っている。


 注意しないと、あの指示棒でスカートが引っかけられそうだ。そう思って、あたしは鞄でスカートを庇い、オニイチャンの傍を通過……そこだけスローモーションになった。指示棒は数ミリの差で鞄にもスカートにも触れないで通過した。


 あっという間のことだったけど、変なデジャブだった。もう忘れてしまったのかもしれないけど、こんなことがあったのかもしれない。


 昨夜は夢を見た。スカートに指示棒が引っかかり、スカートがめくれ上がり、ひと悶着あったあと、あたしは女優になって泣いたり笑ったり。学校と芸能生活の両立に苦労した。おそらく半年ぐらいかと思われる波乱万丈の毎日。


 目が覚めると、当然あたしは当たり前の女子高生。


「宿題溜まってんでしょ。さっさと片付けないと、また去年みたいになるわよ」


「分かってる。朝ドラ観たらやる……」


 あたしは反抗的な子ではないけど、やっぱ、親には軽くタテをつく。


 朝ドラの主人公は坂東はるかという売り出し中の女優さんがやっていた。もちろん直に会ったことなんかないんだけど、なんだか親近感が湧く。


 夏休みの宿題は、山口恵里奈と佐久間マクサの三人でシェアしている。テレビ観終わって、昨日仕上げた社会の宿題を恵里奈とマクサにメールの添付で送る。未読のメールを見ると恵里奈から数学、マクサからは英語の宿題が送られてきていた。


「恵里奈も女バレ観ながら、よくできたな……」


 感心しながらプリントアウト。そこで、玄関のピンポンが鳴った。


「さくら、かわりに出て!」


 お洗濯で手の離せないお母さんが、少しイラついて言う。


「ハーイ……」と間延びした返事。


 返事をしながら「この返事の仕方は、お母さんいらつかせただろうなあ」と思う。言ってしまってから反省するのは、あたしの悪いクセ。


「佐倉さくらさんに、宅配です。サインお願いします」


「来たー!」


 宅配はコンビニ決済で注文しておいた『はるか ワケあり転校生の7カ月』だった。さっき観てた朝ドラの主人公やってる坂東はるかさんをモデルにした中編小説。四六判で今時嬉しい799円。これを種に、こればかりはシェアできない国語の読書感想文を書く。


 見上げた空にはぽっかり白い雲。もう終わりに近い夏休みなんだけど、なにか新しく始まったような気がした。



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