第93話『MAMORI』
ここは世田谷豪徳寺・93(惣一編)
『MAMORI』
その日、課業が終了すると私服に着替えて横須賀の街に出た。
明菜はカウンターの奥に座っていた。
「半年ぶりだな」
そう言いながら、マスターに「いつもの」という顔をしておいた。
この店は、志忠屋といい、大阪、東京に次ぐ3号店で、イタ飯屋の看板をあげた無国籍料理と酒の店だ。
「あたし、こんなことをやってるの」
明菜が名刺を出すのと、ピザが出てくるのが一緒だった。
「あ、あたしのピザなのに……」
ピザの一枚を見敵必殺の呼吸でかっさらうと、明菜がさくらを思い出させるように膨れた。
「妹みたいなこというなよ」
「さくらちゃんはスターよ」
「明菜だってスターだ」
「あたしが?」
「流れ星だけどな。一瞬輝いたかと思うと、すぐに消えちまう……丸川書店MAMORI編集 白川明菜。今度は雑誌社か」
「元防大で採用。女子にターゲットを絞った防衛雑誌。実はね……」
明菜は、この半年を超える空白を埋めるように多弁だった。以前は、こんなに自分から喋る奴じゃなかった。
「はい、いつもの。特盛とレギュラーにしといたよ」
マスターが、そう言いながら定番の海の幸のパスタを並べてくれた。
「レギュラーじゃ足りないだろう。オレの少しやるわ」
フォークとスプーンで、適量分けてやる。
「マスター、ソーセージの盛り合わせも。二人分」
「いいぜ、佐世保沖の記事。一応室長の許可はとらなきゃいけないけどな」
「単に海戦のことだけじゃなくて、手のひら返したような政府と国民の意識も平行して、これは、あたしが書くんだけど」
「その原稿は、あらかじめ見せてくれよな。うちは表に関わることは書けないから」
「大丈夫、文責ははっきり区別しとくから。もちろん事前に見せるけど」
そのあと、薩摩白波を飲みながら、脈絡のない話の末に、明菜がポツリと言った。
「自衛隊が、本当に戦闘やるなんて思わなかった。惣一がサルボーとかテーッなんて実戦で叫んでるとこなんて想像つかない」
「おれは、たかやすじゃ居候みたいなもんだったから、ただ吉本艦長のケツにくっついいていただけさ」
「でも、いずれは、そういう立場になるんだ……」
「……そうだな」
吉本艦長の姿が頭をよぎり、少し厳粛な言い回しになってしまった。
「惣一……」
「うん……?」
オレは前を向いたまま、明菜の言葉を待った。変な沈黙になってしまった。
「じゃ、今夜はありがとう。これがうまくいったら、本採用になれるかもね。いいからいいから、経費で落としとくから」
そういうと明菜は伝票を掴んで、レジに行った。
「あ、小銭ないから、崩すね」
マスターは、そう言って万札をオレにつきつけた。
「もう少し砕けろや。私服なんだしよ」
「え、ああ……」
万札を崩しながら、あいまいな返事にしかならない。
「あ、経費なら領収書いるよね。ごめん切らしてるから、こいつに買わせにいかせるから。一尉さん、そこの文具屋まで行って、水でも飲んで」
言われるままに領収書を買ってきた。マスターはゆっくりと領収書を書いた。
「今度、惣一が命令するとこ見たいわね。あんた、年上の部下にはまだ『実施』としか言えないんでしょ」
「んなことねえよ。明菜も……」
「なによ」
「いつか、かっこよく命令するとこ見せてやっから」
「ハハ、できたら、You Tubeにでも投稿しといて。じゃ、またね」
最後は、いつもの調子で明菜は、ドアの外に消えた。
ドガ!
マスターに、思い切りケツを蹴り上げられた。
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