第89話『長徳寺の終戦・2』
ここは世田谷豪徳寺・89(さくら編)
『長徳寺の終戦・2』
なるほど、後ろ姿はそっくりだ。
初日、衣装を着けメイクが終わってカメラテストで前後左右から撮られ、モニターで確認していると、ディレクターが呟いた。
自分でも、そう思った。
横顔のロングも違和感がない。豪徳寺で三越紀香さんに会ったときは、似てるのは背の高さぐらいかと思ったけど、四か所ほど、同じ姿勢、動きでやってみると、我ながら似ている。
「さくら君、事前にかなり読み込んでくれたね」
ディレクターは誉めてくれたけど、あたしは、一回しか読んでいない。期末テストの勉強だってあるし、戦時中の設定なので、分からない言葉が二三ページに一つは出てくる。
たとえば訓導という役職の先生。生活指導みたいなもんかと思ったが、どうやら、それより強い力を持っているようだ。お寺に疎開してくる学童の世話を懸命にやっている先生で、人柄は良さそうだった。で、その人柄に対しての演技でぶつかってみようと思った。
配属将校。これも分からない。
学校に、軍人。それも将校がいるのは、まるで惣一兄ちゃんがうちの学校にいるようなもんで、想像したら吹き出してしまった。
とにかく、ざっと読んだだけなんだけど、明るくて頭の回転がよくて、でも大きなところで抜けているのが、あたしの役のかづゑという役だと理解した。
そうそう、まず最初に、この名前が分からなかった。
「え、かづ……最後の字はなんて読むんだ?」
この「る」だか「ん」だか、よく分からない字一つで一時間。あたしは、そういうところで引っかかると次に進めない性質なので、苦労した。
あいにくお母さんもいなくて、お姉ちゃんにスマホで「かづゑ」を写して送ったけど、忙しいのか返事がかえってこない。
仕方がないので裏のアパートのチュウクンに聞いてみる。あっさり「かづえ」と読みがいっしょだと分かったけど、ちょっと驚いた。アパートに妹の篤子さんとは違うきれいな女の人がいたのだ。質問に来た身であるので、あからさまに聞くことははばかられ、ちょっと演技した。
「あの、もう一個聞きたいんだけど」
そうやって、チュウクンを廊下に呼び出した。
「なんだ?」
「ちょっと、だれなのよ、あのきれいな人?」
「ないしょ!」
そう言われると気になるもんで、アパートの住人のハニーさんに聞いてみる。
「フフ、それがね。さくらって言うらしいわよ」
と、ニューハーフの聞き耳頭巾は教えてくれた。
「あたしと、同じ名前?」
「うん、なんかわけあり。偶然なのか、倒錯したさくらちゃんへの愛情からなのか、興味津々なのよね!」
と、ここでも三十分ほどのロス。
ま、こんな感じでトロトロ読んでいるもんだから、昨日の本番までに一回しか読めなかった。
最初は家族九人の集合写真。他の役者さんも来るのかと思ったら。撮影は、あたし一人。あとはデジタルのはめ込みでやるらしい。
他の演技も、大方このやり方。
「糸枝ちゃん、あたしがするから。いいよ気にしなくっても」
「お父さん、また休み? この非常時に……あ、戦死した中村さんのお葬式? じゃ、昼からは出勤できるわね。そう言っとくよ」
「あ、すみません。急いでたもんで!」
などなどの台詞を相手役無しでやる。後ろ向き横向きは三越さんのをまんま使って、声だけ吹き替える。どうにもやりにくい。
でも、一番やりにくいのは、相手役ありの撮りなおしだった。はめ込みでも処理できないことはないんだけど。相手がこだわりのある人で納得しないらしい。
その相手役は、なんと、この撮り直しのためだけにアメリカから来たのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます