第31話《プロモデビュー》

ここは世田谷豪徳寺・31(さくら編)

《プロモデビュー》



 降って湧いたとは、このことだ!


「プロモのモデルになって欲しいんだけど」

 オノダプロの吾妻という名刺を出しながら、そのオジサンが言った。まくさと恵里奈は、下の部屋で待ってくれている。

「今度、あたしたち『おもいろシャウト』って曲出すんだけどね、そのプロモに出て欲しいの。さっき駅前でオジサンとオネエサンがもめてたでしょ。それを吾妻さんが見てて、あの子いいねえってことになったの。で、見たら去年、学校で飛び降りようとした子(白石優奈)を助けた子じゃん。それで、同学のよしみで、あたしが声をかけに行ったの」

「むろんメインは、鈴奈たち『おもいろタンポポ』だけど、カットバックで、君がシャウトしてるところを入れたいんだ。まあ、アクセントのカットバックなんだけどね」


「あの……なんで、なんの取り柄もないあたしが?」


「案外いないんだよ、普通そうな女子高生って。それが、さっきシャウトしてる姿見て、この子だって思ったんだ。あ、これ絵コンテ」

 見せてもらった絵コンテには『おもいろタンポポ』が歌っているコマの間に『普通の女子高生のシャウト』というコマが、全部で8コマ入っていた。時間は0・5ずつ7回で、3・5秒だった。

 3・5秒とは言え、プロモ、動画サイトやテレビでも使われるかも知れない。

「あたし未成年だから、ここでお答えはできません」

「むろん、こちらから保護者の方には連絡して許可をいただくよ」

「学校の方は大丈夫。あたしたちがやってるんだから問題ないわよ」

「はあ……」

「ギャラは、あんまり出せないけど。手取り十万でどうだろ?」


 あたしは、この十万で決意してしまった!


 たった一日の撮影と、3・5秒という時間に騙された。

 二三時間あれば終わると思っていたけど、スタジオでの撮影は、まるまる一日かかった。


 緑色のセットだったので、背景とかはCGのはめ込みかと安心していたが……。

 衣装の制服に水はかけられるわ、送風機にあおられるわ、人工雪まみれになるわ、機関銃を撃って熱々の薬莢が顔に当たるわ、極めつけは宙づりにされ空中で回転するわ、もうバラエティーの罰ゲームを一日やったようなものだった。

 シャウトする言葉は「お・も・い・ろ・シャ・ウ・ト」この7文字をブツブツに百回ぐらいいろんなものにまみれながらやらされた。


 十万のギャラは、そんなに割がいいとは思わなくなっていた(^_^;)。


 全部のOKが出た後、ラッシュっていう撮ったまんまの映像を見せられた。

 我ながら、すごい形相。送風機にあおられたやつなんか、スカートが捲れ上がり目も当てられない。

 でもスタッフは真剣そのもの。

「この捲れ上がる寸前の0・5秒をどこで切るかだな……」

 むろんミセパン穿いてるとは言え、このシーンをなんどもくり返されるのにはまいった。


「どうもありがとうね」

 ラッシュの終わり頃に鈴奈がやってきて労をねぎらってくれた……でも、正直ボロボロになっていて、鈴奈が小悪魔に見えた。


「どうだ、さくらプロモの撮影は!?」

「さくら!?」


 家に帰ると、お父さんもお母さんも、まるであたしがアイドルにでもなったような気でいた。


 十枚の福沢諭吉……近い将来渋沢栄一に替わるそうだけど、わたしはお婆ちゃんになっても、一万円札は諭吉の肖像で思い出すだろうね。

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