第13話《死んだらどうなる!?》お母さん編

VARIATIONS*さくら*13

《死んだらどうなる!?》お母さん編



 お茶とお菓子を持って階段を上がると聞こえてしまった。

 

 階段を上がった突き当りがさくらの部屋。

 それに、春とは思えぬ暑さの為に、襖が半分以上開いているのだから聞こえないふりも不自然。


『白石優奈という子は、イヤな子なの。このまま大人になっても人の災いになるだけ、だから終わりにしようと思ったの……』

「どうして、そう思っちゃうのかしら?」

 気づいたら口にしていた。

「お母さん!」

「あ、お邪魔してます(^_^;)。さくらさんにはお礼の言いようもないんですけど……」

「ごめんなさいね、つい聞こえちゃったもんだから。どうぞ二人で話してちょうだい」

 お茶とお菓子を置いて、部屋を出ようとしたら優奈ちゃんが乗り出してくる。

「よかったら、お母さんも、お話聞いていただけません?」

「……え、ええ、いいわよ」


 半分は、さくらと同い年の子の、死のうとまでした悩みを放っておけない気持ちから。

 もう半分は作家の好奇心。


「えと……どこから話そうかしら……」

「白石優奈って子がイヤになった……あたりから、どうかしら?」

 さくらが整理した。わたしは優奈ちゃんと並んでベッドに腰掛けた。

「あたしって、外面だけの人間なんです。自分で言うのもなんなんですけど、頭の回転は早い方……だから、人の話の先回りをして、適当なこと言って、人を惑わしちゃうんです……」

「たとえば?」

「中学の時、進路に自信のない友だちがいて、あたし、いい加減に励ましたんです『あたしが付いてるから、いっしょに帝都受けよう』って」

「あ……」

 さくらは、その子を思いついたようだった。優子ちゃんとは違うけど、我が娘ながら頭の回転がいい。

「分かっていても、名前は言わないで。匿名の抽象論として話したいから」

「うん……」

「その子、勉強が付いていけ無くって、もうじき学校辞めるんです。来年の春に別の学校受けるって言ってますけど、ずっと家に引きこもったまんまで……あと、着るものや、お昼の食堂のメニューまで、人のやることに干渉しちゃうんです」

「食堂で、白石さんのこと見かけたことあるけど、そう言うのって『頼りにされてる』って言うんじゃないかな」

「このままだったら、この先、もっと人に迷惑かける。進路とか、恋人の善し悪し、結婚相手、果ては、その結果生まれてくる子まで……あたしが悪い影響を与えてしまう」

「考え過ぎよ、白石さん」

「もう少し優奈ちゃんの話聞こう。まあ、お茶でも飲んで、頭整理してみて」

「あたし、百回生まれ変わったんです。前世はバブルのころが青春時代でした。仲間引き連れてジュリアナのお立ち台で踊ってました。不動産で儲けて、自分を含めてお金の値打ちが分からない人間いっぱいにして、その絶頂で気づいてリセットしたんです。その前は、女性解放運動の闘士。その前は国防婦人会のトップにいました。あれは比較的長い人生でした。夫がいました。陸軍の統制派の軍人で、わたしは夫の尻を叩いて、対米戦争をやれとハッパを掛けていました。石原 莞爾閣下のお茶に下剤を仕込んで大事な会議に遅刻させたのも、わたしです。結果、日本は無謀な戦争に走ってしまいました。それから……」


「それは、思いこみよ」


 わたしは制止した。

「そう言われると思いました。前世があると思うのは、おかしいですもんね」

「人間に前世なんてないわ。あるのは、今の自分だけよ」

「でも、あたしには記憶があるんです」

「優奈ちゃん、ちょっと外の景色を見て。そして、一番目に付いたものを言って」

「……スカイツリーです」

「じゃ、十数えて、部屋の襖を見て……どう、襖にスカイツリーが見えたでしょう」

「残像ですね」

「そう。このベッドを持ち上げると、フローリングの床が、そこだけ若い。さくら、そこの本棚の広辞苑出して」

「うん、これ?」

「うん。ほら、このカバー、他の本に隠れていたところだけ日に焼けてないでしょ。これも残像」

「残像……?」

「そうよ、景色や空間にも残像が残ると、あたしは思うの。大きな事件が起こると空間に残像が残るの。それが感覚の鋭い人には、幽霊や、時代を超えた透視能力のように感じられる。それを自分自身の中に感じると、まるで前世であったように感じてしまう」

「でも……」

「あなたは鋭すぎるのよ。さくらも鋭い方なんだけど、さくらは内にこもってしまうタイプ。優奈ちゃんみたいな人が友だちでいてくれたら、足して二で割って、いい感じになるんだけど」

「……」


 二人の鋭すぎる少女が黙り込んでしまった。


「理屈じゃ、分からないわよね。実際やってみれば分かる。さっき言ってたひきこもりの子、お日さまの下に引っぱり出してごらんなさいな。多分あなたの認識変わると思うわよ」


 頭のいい子なので、オウム返しの返事などしなかったけど、やってみようという気になったことが目の色で分かった。


 さくらは優奈ちゃんを駅まで送っていった。その姿を見ていると、やっと花が付き始めた桜の若木に見えた。わたしの残像。


 洗濯物を干して、本業の本書きにかかった。

 


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