第126話 んんんんんんんんんん!!!

「みふ、何このでっかい痣。さっき大丈夫だって言ってたよね。全然大丈夫じゃないよね」

 風呂上がり、美冬が冬用のモコモコしたグレーのワンピースを着たところで捕獲し、袖をまくってみたり、容赦なく裾を捲ってみたりしたら、この有様だ。

 体中傷と痣だらけだ。

「ここにもあるし」

「あははは……」

 美冬は苦笑いで返す。

「上段蹴りを受けた跡か、これ」

 腕についた痣を見る。あの凄まじい脚力をもつ猫妖怪の蹴りを受ければ、腕もこうなるだろう。折れなかっただけマシと言うべきか。

 さて、得意の治癒魔法の出番だ。わかり易い外傷ならば治しやすい。

 とは言っても、得意だが決して簡単でも楽でもない。

 美冬を胡座の上に座らせて、魔法をかけていく。



 ここまですれば美冬も大人しい。



「魔法無しなら、自信あったんです……」

 ぽつりぽつりと話し出す。

 事実、魔法さえ使わなければ剣術の腕は言わずもがな。また、基礎的な身体能力が高く、基本的に何をやらせてもある程度の事はできた。当然、以前の経験で格闘技も多少知っている。

 そんな彼女が、豆腐未満の強度すらないメンタルの持ち主とはいえ、霞という幼い少女を相手に相当ヘコんでいるのだ。

「負けたわけじゃないんですけど、負けるかと思って」

「だから、相手が相手なんだよ」

「……。あの子、凄いですね。天才ですよ。典型的な天才。ああ言うのを才能って言うんですね」

「才能もあるけど、努力もしてるよ」

「それも踏まえて……。なんだか、自分のことが惨めに思えてしまって」

「なんでそこで自分と比較してんの」

「同じ使い魔。お互い、わざわざ品種改良されて、人間に仕えるために生まれてきた妖です。それなのに……なんですかね、この差って」

「またそんな事……。美夏の事見てて重々解ってたのに」

「改めて突き付けられたと言うか……」

 空笑い。

 美冬は未だに昔の事を思い出してはこんな話ばかりしている。加えて、頭も良いし、だが深く考えすぎる。そして、よくよく大事なことを抜かしてしまったりする。

 使い魔のそう言ったネガティブな話に付き合ってやるのは主の努めだろうか。

 だが美冬の話であれば、一緒に考えたいと思ったのが正直なところだ。

 進は、少し考える。

「逆に、みふが天才だったら、どんなメリットがあったと思う?」

「ん……と、美夏をぶっ殺せます」

「他には?」

「他は……初花も殺せます」

 いつも通り、物騒な思考で安心する。

「みふが天才だったら、初花ちゃんとそこまで険悪じゃなかったかも」

 あ……、と吃ってから耳がピンと立つ。

「……険悪じゃなかったら、ご主人様がご主人様じゃなかったかも知れないですね」

 進と美冬が今の関係になった経緯を考えれば、簡単に出てくる結果だ。

「で、でも、だとしても、ご主人様はもっと自分の魔法に集中できて……好きな事ができて……美冬じゃない、普通の人と……」

 そこまで言って、一度息を吐く。

「結局……美冬は邪魔者ですね……」

「いつも言ってることと真逆過すぎやしませんかね、ちょっと」

「普段は安心してたいんです」

「そっか」

「ご主人様は、美冬といて幸せですよね……?」

「うん」

「じゃあ、愛してるって言ってください」

「それ、みふの中でブームになってるの?」



 結局言わないから、溜息が出る。



「みふが俺の使い魔で召喚獣じゃなかったら……すごく嫌だ……」

 少し喋っているうちに、怪我は多少治せた。箇所が多すぎて疲れた。痣程度なら後には残らないだろう。



 だから、空いた手は美冬の手に重ねた。

 頼んでもいないのに、美冬がその手を握る。

 そして美冬が振り返ると、暗く少し潤った目と合う。

  

 美冬は少し背筋を伸ばす。これだけ密着していれば、後のことは容易。

 乾燥した唇同士を触れ合わせるだけ。


 だが、ピロンとそれなりの音量で鳴るスマホの通知が雰囲気をぶち壊した。

 進は急に恥ずかしくなって顔を背け、美冬は忌々しくそのスマホを取った。

 メッセージアプリの、アリスからのメッセージ通知。

 文章ではなく音声。


 一体何だろうと思って、それを再生する。


『突然ですけど、美冬の事はどう思ってるんですか?』

 葵の声だ。

『ええ……、どうって何が……ええ?』

 今度は進の声。

 少しの沈黙の後に続く。

『一人の女性として……か』

 ここまで、この会話の内容について、美冬は半分程度理解した。

 葵とかアリスとかが、進に自分の事を聞いているのだ。

「美冬、何聞いてるの?」

「今アリスから送られてきたやつで……」

 喋っている隙に誰かが喋った。進の声っぽい。

「あ、あ! まって、それちょっと待って!」

「ご主人様ちょっと静かに!」

 音声を1秒ほど少し戻して再生する。

 今度は邪魔されないよう、進の口は手で塞いだ。



『世界一可愛いと思ってる……』



 今なんと言われただろうか。

 もう一度巻き戻す。

『世界一可愛いと思ってる……』



 世界一可愛いと思ってる



「みふ、それは……」

「美冬が……世界一可愛い……ですか……?」

 顔も合わせられず、恐る恐る確認を取るしかなかった。

 当然、その音声はすぐに保存する。

「……うん」

「本当に……?」

「本当……」

「自分から言ったんですか……?」

「……そうだよ」

「強制されたわけでもなく……?」

「そうだよ……! んなこと言ったら、前にも似たようなこと言ってるし……」

「銀髪ケモミミで貧乳が好みだと言うのと、美冬のどこが良いかって質問に『可愛い』って答えたときは……半分くらい美冬が言わせたみたいなのも有りますし……。でも……今回はちょっと違うと言いますか……何ていうか」


 膝を抱えた。だがここからは絶対に離れてやらない。

 彼女は妙に冷静な頭で分析した。

 自分に必要だったのは、魔法の才能なんていうものではない。

 今このとき、主に向って言うべき言葉をすぐに編み出せる頭の良さと語彙力の方が真に必要である。


「明日のお弁当と夜ご飯……何でも言ってください……ご主人様が好きなもの何でも作りますから……」

 こんな事しか言えない自分を今すぐ殺してしまいたくなる。

 先程はああも簡単にキスなんて出来ていたのに、今は無理だ。

「みふが作ったものなら何でも好物なんで……何でも食べたいです……」

 そして帰ってきたのはクソみたいな返事だ。だが、今の美冬には無理だった。踞る以外何も出来なかった。

「んんんんんんんんんん!!!」

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