様々な目覚め
シュオと呼ばれし女
女は夢を見ていた。
星明かりだけの、とても暗い真夜中。
枯れた木々が立ち並ぶ林の中に池があった。
その水面より上、宙に浮かんでいる裸の女性がいる。
その女性は夢を見ているはずの女自身と、瓜二つだった。
とても長くて白く輝く髪。
だが違う点もある。
その女性は黒い翼を持っている。
それは女性が魔天使の一人である証拠だった。
魔天使は夢を見ている女の方を、つまり、こちらを見て笑う。
「どうするの?」
下から荒い息が聞こえた。
視線を魔天使からそちらへ移すと、一人の男性が地面に横たわっていた。
夢のせいか男の姿は、おぼろげで判然としない。
ただ酷く苦しそうな感じだ。
「早くしないと、死んじゃうよ?」
視線は再び魔天使に合う。
「彼の死を回避する方法は、ただ一つ……」
魔天使は淫らに微笑むと、自分の右手の中指を咥える。
唾液に濡れた指先を己の稜線に這わせながら下へと降ろしていく。
その指は股間の白い茂みに埋没した。
「あなたのここを使って、その男の精を吐き出させることだけ……」
視線の先に片手剣の切っ先が現れる。
魔天使は、こちらを睨んだ。
「無駄よ……今宵は新月。月神様の影から生まれた私を傷付けることなど、例え神光の剣をもってしても出来ないわ」
魔天使は倒れている男を一瞥する。
「もっとも、彼の持つ魔剣なら可能かも知れないけれどね」
忌々しげに見つめる場所に視線を移すと、男の傍らに漆黒の両手剣が存在するのが見えた。
「それとも彼の心臓を使って、私を殺す?」
できないでしょう?
そういう自信があるかのように、魔天使は邪悪に嘲笑う。
事実、夢の中で女の持つ神光の剣の切っ先は、迷いのためか震えていた。
夢の視界に、また魔天使が入れられる。
夢の中の女が唇を震わせるような感覚が伝わってきた。
魔天使が少しだけ驚いて、こちらを見つめる。
「『やっぱり、騙していたのね!?』ですって?」
魔天使は顎に人差し指を当てて小首を傾げる。
「そうかもね。私は同じ魔の眷属たちが、どうなろうと知らないけれど、あなたたちもどうでもいいもの」
魔天使は誘うように手の平を上に向けて、濡れた指先でこちらを示す。
「私は自分の目的の為に、あなたたちと行動を共にしていただけ」
再び唇が震える感覚が、夢から伝わってくる。
「『目的は何?』か……」
魔天使は腕を組んで悩む。
「うーん……私ね、愛について知りたいの」
得体の知れないものに対する嫌悪の表情を、魔天使は作る。
「月神様に抱かれた時に言われたの。『おまえには
愛が無い』って……ねえ? 愛って、何?」
魔天使は口惜しそうなイライラとした顔に変わると、大きな声でこちらに尋ねてくる。
「愛って、なに!? なんなのよ!? 私は月神様の望む事なら何でもしたわ!? 痛いのを我慢して、全てを受け入れた! 私は完璧だった! なのに、あの方は冷めた目で私を見下ろした! 私にっ! 私に足りない、愛ってなんなのよっ!?」
荒くなった呼吸を整えると、魔天使は星空を睨む。
「仲間たちは誰も知らなかった。だから私は答えを探しに地上に来た。月神様は引き留めてもくれなかった」
魔天使は、どこか悲しく、つらそうだった。
「ううん、仲間の魔天使の一人だけが教えてくれたわ。愛とは人間たちの中で使われているのを耳にする事が多かったって……」
魔天使は倒れている男を見た。
「特に互いを好きでいる人間同士の間で交わされる言葉だって……」
魔天使は目を閉じて、溜め息を漏らす。
「だから、あなたたちと出会った時は期待してたんだけどなー」
魔天使は落胆した瞳で、こちらを見た。
倒れて苦しんでいる男を指差す。
「あなた、この男の事が好きなんでしょ?」
夢の中で体温が上昇していくような気がした。
それと同時に、また唇を震わせる感覚。
「『分からない』って、嘘ね」
魔天使は呆れたように言い放った。
「そんなんだから、まだるっこしいから、強行手段に訴えたのよ!」
魔天使は、こちらに向かってジト目で微笑んだ。
「あなたは、この男が好き。この男もあなたの事が好きだった。少なくとも私には、そう見えた!」
こちらで魔天使を見つめる女の頭が横に振られる。
それは何かを恐れるような、震えながらの否定だった。
「私は知っているわ。月神様に教えて貰った。あなたのような天使が、地上で処女を喪うと、二度と天には帰れない。父なる主神の声も聞こえなくなる。だから使命を果たしづらくなるって……」
魔天使の微笑みが、更に邪悪さを増す。
「あなたがこの男を愛しているのなら、使命と引き換えにこの男の命を救うはず! 違うというのなら、その男の心臓を魔剣に捧げて私を殺し、使命を果たすといいわ!」
夢を見ている女の視線が男に移る。
その頭の先から魔天使の声が響いてくる。
「さあ! 私に愛を見せてよ! 愛を教えてよ! 天に還る力と引き換えに男を救う愛でも、私を殺して使命を果たした上での主なる神への愛でも、どちらでもいい! 私に愛を! 愛を! 愛をっ!!」
神光の剣が地面に落ちる音がする。
留め金を外す音が響いて、夢を見ている女を守る鎧も下へと置かれた。
衣擦れの音が続いて、衣服が鎧の上に被せられる。
躊躇いつつも下着を脱いで、一糸纏わぬ姿になった女は、仰向けでいる男の上に跨ると、静かに腰を落とした。
苦しみながら唸る男の股間は、異様なほど膨らんでいて、女はそれを解放する。
再び腰を上げて一度だけ静止した後に、意を決したように落とした。
内腿を鮮血が伝わる。
女は破瓜の痛みに耐えつつも、必死で腰を振った。
魔天使は固唾を飲んで、その様子を見守っている。
やがて男は仰け反りつつ果てると、苦しみから解き放たれたかのように、安らかな表情のままで意識を失った。
魔天使は恍惚として、喜びに打ち震える。
両手で自らの頬を擦り、瞳には淫蕩な光が宿っていた。
「ああ、感謝するわ。私は、また一つ愛の形を知る事が出来た」
その時、夢の中にいる女の身体から何かが落ちた。
それを見た魔天使は、真剣な目で女を見る。
「サルヴァ、あなたの覚悟と恩義に報いる」
魔天使は自らの黒い翼に手を回すと、根元から引き千切った。
「私は、これからもあなたたちと共に行動する。でも、これからは本当の仲間として、あなたたちの意志に従う。いいえ、志を同じにしてみせる。これは、その証……」
血染めの黒翼を池に捨て去り、魔天使は伝える。
「魔天使シュオの名にかけて誓う。我が意志は天使サルヴァティアと共に……」
そして、女は夢から目覚めた。
豪奢な寝室のベッドから飛び起きた女は、部屋の中を見回した。
姿見が目に入る。
その鏡の中には、先ほどシュオと名乗った魔天使と同じ姿の自分があった。
彼女は汗だくの寝間着を脱ぐと背中を姿見に向ける。
首を回して自分の背中を確認した。
肩甲骨の辺りに二本の長い傷跡がある。
身に覚えのない傷跡だ。
しかし、十数年前に彼女が記憶を失う以前から存在していた傷跡だった。
あの夢は昔、実際にあった出来事だったのだろうか?
彼女は悩んでいた。
確かに自分が人間では無いことが、彼女には分かっていた。
十数年経った今でも若いまま、夢の中の魔天使そっくりの見た目だったからだ。
自分は、あの魔天使なのだろうか?
夢とは異なり、不鮮明な記憶をもどかしく感じていた。
そんな時に部屋の扉がノックされる。
「シュオ様? お目覚めになられましたか?」
よく知っているメイドの女性の声だった。
部屋の中のシュオと呼ばれし女は、少しだけ慌てて返事をする。
「ごめんなさい。これから着替える所なの」
「分かりました。朝食の準備が整いましたので、お着替えが終わりましたら、食堂までいらして下さい。旦那様がお待ちです」
メイドが事務的な口調でそう伝えると、部屋の扉から離れていく気配を感じつつ、シュオと呼ばれていた女性は急いで服を着替えようとするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます