第16話

「戦闘機系からは残っていいとか、他の学校からもお誘いは一杯貰ったけどさ、どうにも気が乗らなくて」


「だから私が誘ったの。雁の巣なら整備教材用にしか使ってない飛行機たくさんあるから機材には困らないし、部活も無くなって随分経つから誰も口出ししてこないからって」


 それを聞いた純から、だったら雁の巣に来ないかと誘われたのだ。


「ついでに学長たちに私が相談したら、学長たちもノリノリで便宜図ってやるって言い出したのよ」


 雁の巣には純と鉄也が進学していた。二人はこの学校に機材があるのに目を付けていて、個人競技で航空戦競技に出場。久しぶりの参加でありながら、堂々たる成績を収めていた。


 そんな二人からの話を聞いた学長たちは隼人と面談し、雁の巣に来て欲しいと懇願。


「オレが総合競技で全国制覇目指すって言ったら、それこそ大喜びしてくれてさ。既存の部活から掛け持ちしたら予算倍とか便宜図ってくれたんだ」


 総合競技に必要な人数を集める為に、学校側は手段を選ばなかったのだ。


「私もお兄ちゃんがやろうとしているのが面白そうだったから、この学校を選びました!」


 心から愉快そうに語る尚江。その様子に紗菜は驚きを隠せなかった。


「親御さんは……、反対なさらなかったんですか?!」


 おずおずと尋ねる紗菜。だが隼人はあっけらかんと返事する。


「親父は“お前のやりたいようにやれ”ってだけ」


「お、お母様は?」


「うちのお母さんは……」


 少し考えるように、人差し指を顎にあてる尚江。


「お母さん、夜空の星かな?」


「いや、一陣の風だろ、あのお袋なら」


「!!」


 絶句してしまう紗菜。岩橋兄妹の母親はすでに他界しているというのだ。


「す、済みません……。私……」


「いいよ、もう十年も前だから」


「だから全然気にしないで下さい」 


 笑顔を見せると兄妹揃って麦茶を飲み干す。


「うちのお袋も航空戦競技の選手やってたんだ。そこに写ってるよ」


 それは北部九州地区の選抜チームの集合写真だった。若かりし日の江夏の隣で肩を組んで飛び切りの笑顔を浮かべている豪胆そうな女性が岩橋兄妹の母、宣子というのだ。


「ノブちゃんはね、飛行機がほとんど無かった糸島の六三四高校に自分たちで航空戦競技部を一から作ってね、それで雁の巣や大刀洗相手に大暴れしてたのよ……」


 紀代美は宣子と同年代で、高校時代は戦闘機乗りとして幾度も激闘を繰り広げ、大学時代は互いに背中を預けた間柄だったという。


「純ちゃんと鉄也くんのお母さんたちもそう。私は途中で脱落しちゃったけど、三人は揃って日本代表に選ばれたのよ」


 それからしばらく紀代美は懐かしそうに、少し寂しげに思い出話を紗菜に語ってくれた。


「んでお袋は親父と結婚して姉貴たちと俺、尚江産んで育てた間は現役から身を引いてたけど、尚江が五歳になってからプロに復帰したんだ」


 その後、純や鉄也の母たちと共に総合競技で活躍していたのだが……。


「ノブちゃんと笹井さんと西沢さんご夫婦が一緒に移動中に事故にあってしまって」


「そ、それじゃあお二人も……」


「そうなの。隼人のお父さんはお仕事で同伴してなかったけど、宣子おば様と私と鉄也の両親は一緒に事故に巻き込まれちゃって」


 日本の航空戦競技における最大の悲劇と呼ばれる事故に巻き込まれ、岩橋、笹井、西沢の三家は親たちを失ってしまっていたのだ。


「それでうちの親父が純と鉄也の後見人になる事にしたんだ。それこそ二人の両親と親父は小学校以来の付き合いだったから」


「だから私も鉄也も、隼人の家で中学卒業までは一緒に住んでいたのよ」


 隼人の父は家族ぐるみで付き合いが深かった両家の遺児たちを引き取って、同じ家族として養育してくれたという。


「ま、それでいてみんな揃って親のように飛行機に乗って空飛ぶってんだから、みんな大概だけどな!」


 言葉が出てこない紗菜と、ほとんど表情を変えない鉄也以外は皆にこやかに笑っていた。


「俺たちは骨の髄まで“イカロスチルドレン”だったってわけさ」


 少し遅れて自嘲するかのような小さな笑いを見せる鉄也。


 イカロスとはギリシャ神話に出てくる有名な人物である。彼はロウで鳥の羽を固めた翼を両手に付けて大空を飛び、そして太陽を目指した。だがその行いが太陽神の怒りに触れ、その翼を溶かされて墜落死したのだ。


 航空戦競技の選手の事をイカロス、あるいはイカロスチルドレンとも呼ぶことがあるが、まさに彼らのような者たちを指すのだろう。


「凄いんですね、みなさん……」


 紗菜はようやく口を開くことができた。


「バカなだけよ。良くも悪くもね」


 純の言葉に隼人も尚江も大笑い。そして鉄也は黙って小さく頷き同意していた。


「あの、私の話……、き、聞いてもらっていいですか?」


「口外はしないよ」


 即答する隼人。合わせて他も頷く。それを見た紗菜は意を決してゆっくりと口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る