第19話 砂城ルフユカヘトヌ―3



 前回のあらすじ。

 俺は勇者を殺した。





 俺は右手で勇者の頭を砕き、殺した。

 驚くほど、


「じゃあ、そいつに案内させるか」


 なにも感じなかった。


「うわあ……」

「驚くほど平常心ですね……」

「いやちょっと調子悪いかも」


 自分が自分じゃないみたいな……妙な気持ち悪さが喉の奧につかえている感じがする。

 なんというか、こう、俺ってあんなに躊躇なく人殺しが出来たっけ……?

 ……まあ、いいや。


「ほら、茶色いの。お前のボスのところまで案内してくれ」

「っ」

「別に殺したりしないよ。殺そうとしてきたら別だけど」

「っ! っ!」


 恐怖で声が出せないのだろうか、鐘を持つ茶髪の少年は必死に頷きながら奧に向けて歩き出す。

 しばらく廊下を歩いていたり階段を登ったりして、それからデカい門をくぐってようやくボスっぽいやつの前にやって来た。


「……お前達は?」


 五人の男女に囲まれた男が俺達に問う。突然現れた不審者集団に対しての第一声にしては、かなり良い方だと思う。

 て言うか六人とも、リューを見ても全然変わった様子がない。誰だ? リューがいるから余裕って言ったの?


「俺は魔王だ」

「私は吸血姫エィン」

「リューです」

「ははっ」

「魔王様?」

「悪い」


 なんか可笑しくて笑ってしまった。

 俺が真面目な顔を作って盗賊団のボスに向けてみる。


「魔王……魔王?」


 盗賊団のボスは周りの五人に間抜け面を向けていた。


「ほら、レブヌスを殺ったって噂の」

「物語でよく世界征服してるやつっすよ」

「ああ、その魔王」

「いや他にどんなのがあると思ったんすか」

「いやそういう名前なのかなって」

「いやそんなわけないでしょ」


 俺名前無いけどな。


「……それで、その魔王がなんの用だ?」

「手下にしてやるから城の所有権寄越せ」


 ……………………、


「は?」

「殺さないでやるから俺の手下になってこの城の所有権寄越せ」

「いや、言い直して欲しい訳じゃないんだけど」

「そう……」

「ああ……」

「…………」

「…………」


 ……………………、


「……いや無言にならなくても」

「あのね、わかんないなら教えて上げるけど、俺気が立ってんの。なんか知らないけど苛々してんの。別に俺の部下になったからってデメリットがある訳じゃないし、いやメリットがあるわけでもないけど」

「…………」


 すごい呆れ顔された。

 ……なんだ? なにか知らないけど、すごいイライラする。

 駄目だ、口を動かしてないと、



コイツ等全員


  殺シテシマ

 イソウダ

「トニカ……ア? ア、アー、ンんっ……あー、とにかく、俺は争うつもりなんて無い。……いや待て、ちょっと待て」

「いやまあ、暴れださない限り待つけどさ」


 それは悪手だ。敵に時間を与えるほど愚かな戦い方はない。

 …………?


「……あー、……よし。俺は神から遣わされた魔王だ。俺は世界ヲ征服……じゃない、平和にスルために……おい、オいリュー!」

「なんですか?」

「俺のコと一回ぶん殴レ!」

「死ね魔王!」

「死ね!?」


 何故か知らないけどエィンに親の仇みたいな勢いで殴られた。なにコイツ、俺に恨みでもあんの? リューに頼んだんだけどなに勝手に殴りかかってきてんの?

 でも、なんだか頭がスッキリした気がする。


「つまり、俺は魔王として世界を平和にするためにこの世界に送り込まれたんだ」

「……つまり、俺と同じ召喚者か?」


 召喚者。

 つまり、異世界からやって来た、


「勇者か」

「いやそんなわけないだろ」

「そう」


 ならいいや。


「じゃあ俺の部下になってよ。この城にいる間は安全を保証してあげるからさ」

「断る。と言うか、なんだそれ」

「殺さないでやるからさ」

「いやそれは……いやどうした?」

「あ?」


 盗賊団のボスが俺達の後ろに目をやったので振り替えって見てみれば、茶髪が焦ったように身振り手振りでなにかを説明しようとしていた。

 首を引っ掻くようにしたり、頭を殴るような仕草をしてみたり。


「……そう言えば、その右手の血はなんだ?」

「昨日犬殺して食ったの洗わなかったたけだ」

「…………」


 疑いの眼差しを向けられた。不思議。


「そんなことより、俺早く帰りたいんだけど」

「あら、何処にですか?」

「貴様に帰る場所などあったのか?」

「ほら、あの…………ボロ小屋?」

「ああ……いや、アホか」


 なんて部下だ。


「……その、なんだ? その二人はお前の部下なんだよな?」

「まあね」

「その……なんだ。……苦労してるな」


 同情の目を向けられた。


「……わかった。お前が世界平和を目指し続ける間は部下でいよう」

「頭領!?」

「黙って聞け」

「…………」


 わあ、不満そう。でも俺を睨むのは違うよね。


「だが、世界征服を企んだり、俺の部下の命をわざと危険にさらしたりするようなら、すぐにお前の下から去るからな」

「わかった」


 どうしよう、既に一人殺してんだけど。同じことを考えたのか、リューやエィンが俺のことを見てくる。

 ……よし、


「だが、俺は魔王として、意識的にでも無意識的にでも世界を危険に導こうとする勇者は殺す。それがお前の部下であってもだ。それは了解してくれ」

「……ちなみに、勇者かそうでないかの基準は?」


 そんなの決まってるだろ。


「魔王を殺そうと思ってるなら勇者だ」

「なるほど」

「…………」

「…………」

「……え? それだけ?」

「他に無いだろ」

「ええー……」


 どうして困惑したような顔をしているのかわからない。理由なんて二の次で魔王を殺すことを第一にしているのが勇者だ。どんなに力があっても魔王を殺すつもりがないなら、そいつは勇者じゃなくてただの力がある人間だ。

 魔王に立ち向かう勇気があるものだけが勇者と呼べる。


 ……あれ、

 そもそも、どうして俺は勇者を殺そうとしてるんだっけ?

 まあいいや。


「えーっと、なんだっけ。確か異世界転生者とか異世界召喚者が異世界の文化や生態系を破壊するから、これまで数えきれないほどの世界が滅んでしまった……って話を聞かされたな」

「神様ってやつから?」

「そうそう。無理矢理」

「無理矢理?」


 盗賊団のボスは不思議そうに聞き返してきた。

 ……なんか、飽きた。


「ねえ、帰って良い?」

「え、なに突然……」

「だってお前と話すのつまんないんだもん。あと目上の者には敬語を使え、常識知らず」

「得、なに……怖……いや……まあ、良いですけど……」

「そう」


 俺は踵を返し、部屋から出る。当然のような顔をしてリューやエィンもついてきた。

 俺は一度足を止め、二人に振り返る。


「二人も帰って良いよ」

「……なに?」

「私は帰る場所などないのですが」

「エィンの城に行けば良いじゃん」

「嫌ですよあんな汚い場所」

「きたな……っ!?」


 リューの言葉にエィンはショックを受けたようで、致命傷を食らったかのようによろめく。


「……それより、どうしたんですか、魔王様? 勇者を殺してから様子がおかしいですよ」

「いや別に……俺は普通だろ」

「普通じゃないですよ。確かに魔王様は飽きっぽい性格ですけど、飽きたからって会話を中断するほどクズじゃないはずですよ」


 ねえ、言葉にトゲがない? 俺の気のせいかな?


「……あれだ、人殺してなんも感じてない気がしてたけど、多分俺の心のどこかではすごいショックを受けてたんだよ、きっと」

「なんと曖昧な……」


 まだ少しフラついているが、エィンが復活した。すっげーどうでも良い。


 なんていうか、

 なにもかもがどうでも良い。


「……あー、俺あれだ、用思い出した。まだ一人部下にしないといけない奴がいたんだった」

「魔王様、彼女のこといつも忘れてますよね」

「だって興味ないし」

「その言葉、本人の前で言うでないぞ」

「言うわけないじゃん」


 俺の気持ちを知ってもらおうと思うほど関わりたいと思ってないし。

 ……まあ、そういうわけだから、


「危険な魔物連れて街の中に入るわけにも行かないし、ここでお別れだな」


 そう言い捨てて踵を返し再び歩こうとすると、両肩に手を置かれて止められた。


「なに」

「また会えますよね」

「いや知らないけど」

「じゃあ、約束してください」

「…………」


 守れない約束はしたくないんだけど。


「無言と言うことは了解ということですね」

「いやそんなわけないじゃん」

「では、また会える日を楽しみにしております」


 俺の言葉を全く無視してリューは俺の肩から手を離し、背中を押してきた。少しつんのめったように歩いてから、俺は後ろを振り返る。


 相変わらず笑顔しか表情がないリューと、相変わらず腕を組んで偉そうにしているエィン。

 大した思い出はないけど、まあ、二人のおかげであんまり退屈はしなかったかな。


「いってらっしゃい、魔王様」


 リューは胸の前で控えめに手を振る。


「ま、貴様の寝室くらいは綺麗にして待っていてやる」


 エィンはよくわからないことを別れの言葉がわりにしている。大丈夫かこの人間植物?


 ……いや、退屈しなかったっていうのは少し素直じゃなさすぎた。

 城を手に入れるというつまらない目的の旅にしては、とても楽しかった。

 話し相手になってくれる人がいるだけで、大分俺は救われてたと思う。いやよくわかんないけど。

 よくわからないけど、今すぐ死んでしまいたい。胸の内がグチャグチャで、吐き気もする。

 だが、我慢しよう。


「…………、わかったよ」


 悔しいけど、

 認めたくないけど、

 これが最後の会話になるかもしれないから。


「じゃあまた。……行ってきます」


 右手と左手で二人分。

 俺は親愛の証を二人に送った。

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