〜平田くん〜
小5の2学期初日に転校生が来た。
平田光太郎くん(仮)だ。
俺らの学校は田舎だったけど
そこそこ大きくて人数もいたから
転校生もそんなに珍しくはなかった。
それでもクラスに新しい仲間が加わるのだ。
その日は彼の話題で持ち切りだった。
平田くんはどちらかというと少し背が低いほうで痩せているわけでも太っているわけでもないけど運動は苦手そうな感じだった。
実際のところ運動は苦手だったし髪も切り揃えられていかにもお坊ちゃんって雰囲気だった。
うちのクラスといえば男子のほとんどが少年野球かサッカーチームに所属していて坊主頭でガサツな連中ばかりだったと思う。俺自身もクラブには入っていなかったがヤンチャな友達が多かった。
話は平田くんがやってきた日に戻る。
転校初日担任からの紹介のあと
平田くんはけっこうな声量で名乗り、周囲を驚かせた。緊張しているのはみてとれたが、にしても声がでかい。
平田くんは担任の指示で1番うしろの席の
吉木あきらくん(仮)の隣になった。
人数の都合で隣が男同士だ。
でも、これは担任の配慮もあったのかもしれない。というのもこの吉木あきらは少しやんちゃ系だが、みんなに好かれるタイプでクラスの中心にいた。
少年野球でも6年を差し置いてベンチ入りしているらしく活発で話しやすい奴だった。
休み時間平田くんも吉木くんを介して周囲と話していた。
うちのクラスは仲がよかった。
運動系のクラブに入っていようがいまいが放課後はみんなでサッカーしたり、ふざけあっていた。女子もそれを見て楽しんだり、追いかけっことかには参加していた。
その日も平田くんも誘ってサッカーが始まった。
俺も気をつかって平田くんにわざとパスしたりしてたんだけど、けっこう取りこぼしたりしてた。
それでも誰も何か言うわけではない。みんな楽しんでいたと思う。
そろそろキーパーを変えようと言う話になった。そのときにやるお決まりのものが俺らにはあった。
今キーパーは増谷(仮)くんという子がしていたが
「増谷の次のキーパーは〜 」
「増谷!」
「また俺かよww」
と同じやつを周りが指名してキーパーはリアクションを取るというやつだ
二、三回繰り返して
「しょうがねえから俺がやるよw」
って言うやつが出るのを待つというくだらない遊びだ。
この日もこれが始まったのだが
「やめなよ!!」
いきなり平田くんが叫んだ。すごい剣幕だ。
近くにいた吉木くんが
「いや、平田、これそういやつでさ、な?」
と説明するが平田くんはまた同じように叫ぶ。俺も
「わ、わかったから、キーパー俺やるし」
と言ったがもうこの場の雰囲気は続ける感じでもない。
誰かが
「あ、やべ。お、俺そろそろ帰るわ」
なんて言い出して結局お開きになった。
吉木くんと家の方向が同じ俺は
「さっきの平田、怖かったな」
「真面目なんよ、きっと」
「でもさー」
なんて話をしながら帰った。
でも初日で俺らの遊びの雰囲気を理解しろってほうが難しいというものだ。
しかし平田くんにはあまり冗談は通じないのかもしれない。この後も学校で急に声を荒げることはたまにあった。
それでもそんなヤツなんだと思って、わりと仲良くしてた。
あるとき俺が帰ろうと下駄箱で靴を脱いでると吉木くんに話しかけられた。
「今日、このあと暇?」
「なんで?てか吉木くん野球ないん?」
「今日はない。暇なら遊ぼうぜ」
「いいけど、どこで?うちくる?」
「いや、それがさ、さっき平田に家で遊ぼうって誘われてよ」
初めてのことだったので俺も最初はへーと思ったが平田くんの家が気になったし行ってみることにした。
一度俺は帰りランドセルを置いてから吉木くんと合流した。
「あ、なんだよ。お前帰ってねえのかよ」
「へへ、めんどうでなー」
吉木くんはランドセル持ったままだった。
「そういや平田くん家わかんの?」
「いや、でもここに平田来てくれるはず」
そうすると五分もたたないぐらいに自転車に乗って平田くんがあらわれた。
「急でごめん、吉木くんにきいてさ。今日俺も行っていい?」
「いいよ、いいよ。でも家おばあちゃんが厳しいから気をつけてね。」
「オッケー」
なんて言いながら家に向かい始めた。
最初は他愛もないことを話していたんだと思う。だが、それまでの会話の内容は忘れたが平田くんが急に
「郵政民営化ってどう思う?」
と聞いてきた。
「え、え?わかんねーよ」
「どう思うって言われても...」
言葉は知っていたが当時小学生だった俺は困惑した。
吉木くんだってそうだろう。
さらに続けて平田くんは政治関連のニュースできくような単語を並べてきたが、俺らにはさっぱりわからなかった。
ちゃんと受け応えなど出来なかったが平田くんは満足そうな顔をしていた。
平田くんの家はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
というかこの家を俺は知っていた。よく遊びに行く通りにある空き家だった。木造で年季が入っている。
周りは草の根が這ったブロック屏に囲まれて、その間に家を囲むように裏まで細い砂利道が続いている。裏は庭かなんかなのだろう。
ガラガラガラ
引き戸の玄関を開けて中に入る。
「おばあちゃんいないみたい。」
玄関で平田くんが言った。たしかに俺ら以外の靴はない。
なかは薄暗いが綺麗だった。しっかりとした木で出来た廊下を進む。少し狭目の部屋に通されたがここ以外で遊ぶとおばあちゃんに怒られるのだそうだ。
平田くんはいろいろとゲームを出してきた。
P○P、D○、ゲームキュー◯。
ソフトも俺も持ってるものもある。
なんだ堅い家なのかと思ったけどこれなら俺も持ってくりゃよかったかな。
でも3人で遊べるのが少なかったせいか、少しして家を出て公園に行くことになった。
部屋を片付けて家の玄関に出てから俺は尿意を感じた。だいたいタイミング悪くトイレにいきたくなるのはよくあることだった。
「あ、ごめん。トイレ借りていい?」
「廊下の右だよ」
「んだよー。さっきすませとけよなー」
「わりいわりい」
また引き戸の玄関を開けて中に入る。
ガラガラガラ
俺は早々と用を済ませてまた廊下に出るがトイレの裏には玄関から見えないかたちで二階へと続く階段があった。
そしてそこにはかなり痩せた女の人が立っていた。俺はかなり焦ったが年齢的に平田くんのお母さんだろう。
「あ、お、お邪魔してます。」
俺の挨拶には平田くんのお母さんは微笑んで何も言わない。
数秒して
「光太郎のお友達?」
「あ、はい!外にもう1人いるんですけど遊びにきました」
「今度みんなで星を見ましょうね。」
どういうことだろう?
なにを言ってるのかわからなかった。
「おーい、行こうぜー!」
外からの吉木くんの声で我に返った俺は
もう一度挨拶して家を出た。お母さんは階段から動かなかった。
「あのさ、さっき、、」
「光太郎!こんな時間からもう遊びに行くのやめなさい!!」
俺の言葉を遮って砂利道から声がした。ヒラヒラな服を着たお婆ちゃんが立っていた。頭にはつばの広い帽子を被っている。
「え、でもまだ約束の時間じゃないよ」
「いいから家にもどりなさい!あんたらも今日はもう終わり!また今度遊んでやってね!」
強引に平田くんは家に連れ戻されてしまった。
やっぱ平田くんの家は少し変わってるんだと思ったが、俺は吉木くんと帰りの途中にある駄菓子屋でラムネを買ってその日はもう帰った。
その日の翌日から平田くんは俺らを毎日のように呼ぶようになった。
でも吉木くんは少年野球で放課後遊べず俺もなんとなく用事を言って断っていた。が執拗に吉木くんには野球がいつ休みかきいていた。
そして数日後事件は起きた。
算数の授業中のことだった。
「なんで俺の教科書使ってんだよっ!」
吉木くんがいきなり叫んだ。全員後ろを振り返る。
吉木くんはかなり焦ったというかパニックで平田くんを掴みかかろうとしていた。
先生が仲裁に入る。
「こいつが勝手に教科書に名前書いてたんだよ!」
いまいち意味がわからなかったが、吉木くんが言うには昨日から算数の教科書がなく、家で気づいたときは学校にあると思っていた。
でも登校して机を見ても教科書はなく、授業になったら隣に見せてもらおうと思ったが平田くんが出してきたのは自分の教科書だったらしい。
どうやら落書きに見覚えがあって名前欄を見たら真っ黒に塗り潰され、「平田光太郎」と下に書かれていたそうだ。
よく見ると塗り潰された隙間から吉木の字が見えないこともない。
「名前間違えて書いちゃって、だからマジックで塗って書いたんです。」
平田くんが吉木くんを無視して先生に言う。
だが先生もわかってるのかなんとか認めさせようと平田くんに問う。
「でも、吉木ってここに書いてあるように見えるけど?」
「はい。だから「吉木あきら」って間違えて書いたので上から消しました。」
教室が一瞬シーンとなった。
平田くんが平然と答えた声がこだましているような感覚に陥る。
「と、とりあえずこの教科書はあずかるから2人は授業が終わったら職員室に来なさい。」
先生もどうしたものかと結局机を離させて授業を続けた。
でも混乱は治らない。クラスの誰もがヒソヒソと平田くんについて話している。俺も隣の女の子から話しかけられた。
「ねぇ、私見たの。」
「うん?」
「平田くんが吉木くんの雑巾になんか書いてそのまま自分のとこにぶらさげてた。」
雑巾は真ん中にでかでかと名前を書いて自分の椅子の足につけた洗濯バサミにつけるのが決まりになっていた。だが授業中いちばん後ろの席の彼らの椅子は見えなかった。
授業が終わると先生が2人のとこに行き、そのまま3人で教室を出た。吉木くんはさきほどまでの怒り顔と違って少し困惑している表情だった。平田くんの顔は見えなかった。
俺はすぐに教室のうしろに行き2人の椅子を確認した。たしかに吉木くんの椅子には雑巾がない。
そして平田くんの雑巾は折りたたまれてぶら下がっている。嫌な予感がしたが外してそれを広げてゾッとした。内側はやはり真っ黒だった。
マジックで何度も何度も繰り返し塗ったようになっている。反対側には「ひらた」と書いてあった。
俺に教えてくれた女の子も見て驚いていた。
次の授業のとき吉木くんだけが帰ってきた。
なんだか少し泣きそうな悲しそうな顔していた。
その日平田くんは教室には戻ってこなかった。
吉木くんは教室ではだんまりを決め込んでいたが帰り道俺にポツリとポツリと語りだした。
はじめは職員室で2人で話をきかれていたのだそうだが平田くんが
「吉木くんになりたい。」
と言いだしたのを皮切りに平田くんが声を荒げ始めたので2人は別々の部屋に移動させられ最終的に担任からは
「平田くんは病気なの。許してあげて。」
と言われたらしい。
吉木くんははじめこそ戸惑ったが怒鳴ってしまい可哀想なことをしたと思ったらしい。
次の日平田くんは学校に来なかった。
その次の日もその次の日も休んだ。
そして週が明けて先生から
「平田くんは家の都合で引っ越すことになった」
と伝えられた。クラス中もうよくわかっていなかったが、どうやら水曜日に引っ越すらしい。
俺と吉木くんは
あいつ変だったけどなんか可哀想だな
と思ったのと、もう半分は好奇心で放課後お別れを言いに行くことに決めた。クラスの友達にも話すと行けるやつは行くことになった。
だいたい10人いかないぐらいで平田くんの家に向かった。知ってるのは俺と吉木くんだけだったから先導していた。
平田くんの家が見えてきた。
家財とかを運んでいる様子はない。
俺がチャイムを鳴らすが誰も反応しない。
変だな、引っ越しは水曜って言ってたのに。
ガチャガチャガチャ
引き戸に手をかけるがカギがかかっている。
「ほんとにここかよ?」
「もう出てったんじゃねえの?」
他の連中がぼやき始めた。
「うーん、いねえのかな。裏まわってみっか?」
吉木くんが言いながら砂利道を進む。
家の裏もただの砂利道になっていた。裏の窓は雨戸が閉まっていた。
「あっ」
「どうした?」
「ソフト落ちてる」
ポ◯モンのソフトだった。
「こっちにもあんぞ!サル◯ッチュじゃん!」
家の裏には合計5本ゲームソフトが落ちていた。
「こんなことあんのかよ」
「なぁこれもらってもいいかな笑」
馬鹿なことを言い出すやつもあらわれた。
「いや、これ平田のだろ?つか家の裏にソフトってなんだよ笑」
「とりあえず使えるか確認してみんべー」
「だれかP◯Pもっとらんの?」
「D◯ならあるわ」
落ちてたソフトでD○で使えたのはポ○モンとパワ○ロだけだったので野球ゲームのほうを差し込んだ。
「これ濡れとんかな。つかんな。」
「いや、ついたついた」
1度目はダメでも何度かしたら動いたようだ。
「使えるやん!もらっとく?これデータもあるでー、うわっ!!」
ゲーム機持ったやつが叫んだ。
俺たちはどうしたどうしたとあわてて画面を覗きこむ。
そして叫び声の理由に気づく。
画面に映し出された異様な光景に
一気に血の気がひいた。
そこには登録してあるすべての選手の名前が
「吉木あきら」になっていた。
俺たちはソフトを投げ、その場から逃げた。
それからどうなったかはあまり覚えていない。ただこの日を境にみんな平田くんのことを一切口にしなくなった。そして今でも同窓会で集まってもこの話は極力しない。してはいけない気がするのだ。
とくに吉木くんの前では。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます