第二十便 現実に引き戻さないでっ!

 ま、それはそうと。

「お兄ちゃん、お腹空いてない?」

 連中を見送ってから訊くと、お兄ちゃんは、「うん、夜食用のパンもあるし」って笑った。

「それに、明るくなったところでいろいろと確認しないといけないからね」

 

 お兄ちゃんがスマホをポケットから取り出す。


「やっぱり圏外か」


 あ!

 そうだ!


「お兄ちゃん! スマホだよ!」

「え、うん」

 お兄ちゃんがスマホの画面をいじる。

「GPSもダメだよ」

「そうじゃなくて、OBD2!」

 

 OBD2。いわゆる自動車事故診断機能。またはそのためのガジェット。

 お兄ちゃんはオレの状態をチェックするため、それをつけている。

 そして、ナビもドラレコも、ブルートゥース経由でこれとつながっている。

 でも、今のナビやドラレコに変える前、お兄ちゃんはスマホでそう言うデータをチェックしてた。そのアプリが、お兄ちゃんのスマホに今もあるはず。

 別電源のナビはともかく、端子はエンジンを切っていても待機電力を消費するから、つけっぱなしずっと(と言っても何日かだけど)でオレを放置するとバッテリーが上がるって代物。

 お兄ちゃんはオレをほぼ毎日運転するから、バッテリー上がりの心配はないけど。

 でも、逆に言えば、エンジンを切っていても通電してるってこと。

 

「そうか!」

 お兄ちゃんが運転席に戻った。

「スマホがブルートゥース接続でオレのコンピューター本体にアクセスできれば、もしかしたら」

「やってみる価値あるよね?」

「さすがフッフだ」


 また褒められた!


 お兄ちゃんがキーに手をかけた。

「いったんエンジンを切るよ」

「うん」


 エンジンが切れる。


 三感が遮断されて、また闇に包まれる。


「ふう、ようやく私の出番……」


 自称女神が言いかけたところで、また視界が戻る。


「え、も、もうですか?」とか聴こえたような気がするけど、気にしない。


 それより……。


「あれ、お兄ちゃん?」

 エンジンの音もなく、お兄ちゃんの顔が見えた。


「お、行けたみたいだね」

 お兄ちゃんが笑ってる。


 てか、お兄ちゃんの頭の後ろには、かっこだけのヘッドレスト。

 その更に後ろには、荷室との連絡窓。

 え?

 これ、車内?


「もしかして、オレ……」

「スマホがOBD2に接続してると、スマホを通してもフッフと喋れるんだ」


 やった!

 お兄ちゃんの顔が見える!!


「というか、フッフ、そんな顔してたんだ」


 ええ?


 オレの顔が映ってる?

「ほら」

 お兄ちゃんの手がオレに迫り、映像が180度回転する。

「自分で確認してご覧」


 ルームミラーに映ったスマホ。

 画面いっぱいのバストショット。

 

 ショートカットの女の子が、ちょっと頬を染めてオレを見つめている。


 ……女の子?


 顔つきは女の子に見える。

 でも、古くは『ストップ!ひばりくん』から、最近じゃ……、かぞえきれないあれこれの例もあるし。


 てか、これ、バストショットじゃなくて、「完全に首から上だけ」ショットじゃん!

 かろうじて見えてる肩は、ブレザーっぽくて男女の区別つかないし。

 顔を動かすと、鑑の中のオレも顔を動かす。

 右目を閉じると、鑑の中のオレが左側の目を閉じる。

 試しに手を振ってみると、スマホの画面の中で手を振っている。


 じゃ、じゃあ、背伸びしたら?


 んーーーーっ!!

 

 んーーーーーーーっ!!


 だめ。

 首から上は固定みたい。

 っていうか、胸は、胸は???

 せめて、あのグリシーヌに負けないくらいの胸は??


「可愛い顔立ちだね」


 お兄ちゃんが言ってくれた。


 えへへ。

 グリシーヌなんてどうでもいいや。


「声は、ナビの声に似てるって言えば似てるけど、少し違うような気もする。いずれにせよ女の子みたいな声だ。でも、どこか懐かしいような気もする」

 お兄ちゃんがそう言うと、スマホをダッシュボードに固定されたホルダーに戻す。


 また、お兄ちゃんと目が合う。


「ねえ、お兄ちゃん」

「何?」

「やっぱお兄ちゃん、オレが女の子の方が、いい?」

「いや、どっちでも」


 お兄ちゃんが笑う。


「フッフはそもそも車だしね」


 あっさり現実に戻された。

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