第十四便 キスなんてしないでっ!

 お兄ちゃんはそんなことは全く気にもしていないみたいで、爽やかすぎる笑顔を浮かべて箱のふたを引き上げた。

「開きました。他も開けちゃっていいですかね?」

 お兄ちゃんが未開封の箱を指さす。おっさんが戸惑いながら頷いた。


 お兄ちゃんは次から次へと『炎の剣』で錠を切って行く。そしてふたを開けると、また、その薬草をおっさんと野良メスが分配した。偉そうな奴は、何か言いたげに見ていたけど、そのうちに諦めて護衛に戻って行った。


 全ての箱が開いて、薬草も空になった。お兄ちゃんがオレのところに戻って来て、グラインダーとほうきをルーフキャリアの道具箱に戻した。

「何か言ってたけど」

「『炎の剣』だって。何か、伝説の勇者みたいな扱いだったよ」

「伝説の勇者、か」

 お兄ちゃんが少し笑った。向こうからおっさんがやって来るのが見えた。

 その隣には野良メスが控えている。


「お兄ちゃん! 後ろ!」

「ん、ああ」

 お兄ちゃんが振り返った。

『異国の方よ、何とお礼を申したらいいのか』

 おっさんが軽く頭を下げた。

「フッフ、通訳頼むよ」

『そうだ、感謝しろ』

「丁重に、ね」

 お兄ちゃんがもう一度オレを見る。

 また見抜かれた。


「でも、お兄ちゃんは今や勇者さまで……」

「そんなのただの勘違いだし、そもそも俺は、人に頭を下げるのは慣れてるから」

「うう」


 仕方ない。

 お兄ちゃんの命令だし。

 オレはまともな通訳をすることにした。



「ええと、事情はよくわかりませんが、大丈夫ですか?」

『ああ、おかげで薬草が皆に行き渡った』

おっさんが言った。尊大な態度は鼻につくけど、一応の敬意はあるみたいだから許す。

『国の若者の多くは戦争に行っておる。残ったもので何とかやっておったが、二十日程前からの流行り病で、その多くが倒れた。グリシーヌが』

 と、おっさんが隣の娘を見た

『海の向こうから定期的に来る貿易船に薬草を買い付けに行ったが、正直間に合わないと思っていた』

『ええ。あの、馬車が壊れた場所から城まで、通常3時間かかる距離を、荷物を積んで、一時間もかからずに』

「一時間足らず?」

 お兄ちゃんがオレを見た。

「うん。そう言ったよ」

「やっぱり、時間の単位が違うんだね」

『どうされたか?』

「あ、何でもありません。で、薬は間に合ったんですか?」

『ああ、あの薬草は、この流行り病に唯一効くと言われておる。煎じて飲み、安静にしていれば、二、三日で治るだろう』

「そうですか、それは良かったですね」

『全てそなたのおかげだ』

『ええ』

「いや、まあ、それより、立派なお姫様ですね。国民のことを思って、自ら薬の買い付けに行くなんて」

『えーと、立派なビッチ』

「フッフ!」

 お兄ちゃんがオレを遮った。

「その言葉が侮辱的なものだってのは、さすがに俺も学んだよ」

「うう」

『構いませんよ』

 野良メスがオレに向かって微笑んだ。

『あなたは、ご主人様が大好きなんですよね? だから、妬いてしまうんですよね?』


 な、何をっ!


『でも、薬草が間に合ったのは、あなたのおかげでもあります。ありがとう、魔獣さん』

 野良メスがそう言うと、オレのミラーに唇を寄せた。


 がーっ!

 そんなんじゃ、これから「野良メス」って呼べなくなるじゃん!

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