Episode 49.「作戦会議と舞踏曲」


「――本当に、いいんだな?」


 リンドウ先生は私の目を真っ直ぐに見つめて、そう、問うてくる。


 あれから、一晩が明けた。私は、作戦参加の是非を伝えるために、リンドウ先生たちが昨日連れて行ってくれた、あのカフェへと赴いていた。


「うん、もう、決めたんだ。私は――演算炉を止める」


 わざとらしく見えるのはわかった上で、胸を張る。そうしなければ、ボロボロの自分の中身が、見えてしまいそうになるから。


 今の私は、継ぎ接ぎのぬいぐるみのようなものだ。あちこちから漏れ出てくる綿を、どうにかこうにか押し込めて、何とか形を保っている。


 ただそれだけの――ハリボテに過ぎない。


「……正直、意外だったな」


 リンドウ先生は、ぽつりと、そんな感想を漏らす。



「てっきり、お前は今回の計画に、反対するものだと思っていた。それを言いくるめる算段も、それなりに考えてはいたんだがな」


「お生憎様、私はそんなに弱くないよ。いつまでも、弱いまんまじゃいられないんだ」



 そう、弱い私は死んだのだ。


 これからの私は、強くならなければいけない。何があっても、挫けぬように。


 ――ひとりでも、生きていけるように。


「なーに、カッコつけてるんすか」


 店の奥から、軽い調子の声が聞こえる。 


 見れば、何やら重たそうな箱を抱えた、カレンが歩いてくるところだった。彼女はそれを、カウンターの上に置くと、ひと息ついてから私を睨みつける。



「先輩、無茶してるのバレバレっすよ。あんたにゃ、隠し事とか誤魔化しとか、向いてないっす」


「……無茶なんか、してないよ」


「いーや、してるっす。だって、先輩――」


「――そこまでだ、カレン」



 割り込むようにして、先生が声を張る。



「……ヴィオレットは、決断してくれた。その内側にどんな意図があり、どんな心境があるにせよ、俺はその気持ちを尊重したい」


「……そりゃ、あんたは計画が実行できればいいから、そう言うでしょうね」


「そうでもないさ。俺だって、人並みに他人の幸せを願うことくらいはできる。それが教え子のものなら、なおさらだ」


「幸せを願うって言うなら」カレンは、語調を強めて。

「この二人を引き裂いちゃ、駄目でしょ。それを選んでる時点で、あんたは――」


「もういいの、カレン」



 堪えきれなくなって、今度は私が遮った。

 カレンの気持ちは、わかる。言っていることだって、全部全部的を射ている。


 だから、間違っているのは私だ。

 今回も、私ひとりが間違っている――。


「……シオン、先輩」


 カレンは消え入りそうな声でそうとだけ残すと、それ以上は何も言わなかった。ただ、静かに店の奥に消えてゆく。


 傷付けて、しまったのだろうか。私を赦してくれた彼女を。私を解放してくれた、彼女を。それでも、私は自分の選択を尊重したかった。


 この恋心に――止めを刺したかった。


「……ヴィオレット、計画当日の件について、話を続けてもいいか?」


 先生は何も意に介さないかのような、そんな声色で、さらに続けようとする。


 いくら、常に仏頂面の彼だって、何も思わないはずがない。だからこそ、私はただ、頷くことにした。今、何が大切なのかを、見失わないために。



「それじゃ、話していくがな……今回の作戦は、とにかく速攻。最速で奇襲をかけ、お前を演算炉の最奥に送り込む、という形になるだろう」


「送り込む、ってことは、私のことは【トリカブト】の人たちが守ってくれるってこと?」


「勿論だ、お前はとにかく、最奥部まで向かうことを――」



 私の問いに力強く頷いた先生だったが、その表情はすぐに曇ってしまう。



「――いや、一つ問題がある、単純だが、俺たちと風紀委員の戦力差だ」


「……戦力?」思わず首を傾げてしまう。



 私の知っている【トリカブト】は、戦力的にかなり充実した組織だ。ショッピングモールでも遊園地でも、それなりにしっかりと武装した奴らが、暴れていたのを目にしている。



「お前、前に俺が言ったこと、覚えてないのか?」


「え? 先生、何か言ってたっけ?」


「連中は、正規の構成員じゃない。【トリカブト】の意を借る、ただのテロリストだ」



 そういえば、そんな話をしていたような気がする。そいつらを誅して回っているのが、【全身鎧】だとも。



「……続けるぞ。恐らく、第四演算炉に割かれている警備は、風紀委員連合の一個中隊程度。多くて200人ってとこだ」


「200……なんか、めちゃくちゃ多くない? 風紀委員って、そんなに人余ってるの?」


「それだけの人数が常駐しているわけじゃないさ。ただ、招集がかかれば、そのくらいの人数はすぐに集まる。故に、かなりの規模の戦闘になるはずだ」


「じゃあ、それに対して、こっちの戦力は?」



 その問いかけに、どこか気まずそうな様子で、先生は視線を逸らした。


「……いいとこ、30人くらいか。思想には共鳴してくれたが、大規模作戦への参加は見送りたいって奴もいるだろうから、もう何人か、減るかもな」


 私はそれを聞いて、愕然とした。


 30対200。それも、相手は風紀委員だ。いくら、先生やカレンが強いとは言っても、そんな数の差を覆せるとは思えない。



「全然、人が足んないじゃん! 先生、もしかして、見切り発車で作戦立てた!?」


「み、見切り発車って言い方は無いだろ! デルフィンの計画が、予想以上に進行していたんだ、急いで動かなければ、手遅れになる」


「だからって、この数の差は無理だよ! しかも、私は演算炉の中に行かなきゃいけないから、不意打ちの大規模創造で一気に、ってわけにもいかないし……」


「一応、こっちの戦力だと、カレンは一級能力者だ。彼女の【ARC】を軸にして、場を組み立てる予定ではある」


「それ、本当に大丈夫なの……?」



 わからん、と先生は首を振った。学生省、なんて大きな相手を敵に回すのならば、つまるところ、どこか無理をしなければならないのだ。


 せめて、もう何人か、高位能力者がいてくれれば話は変わるかもしれないが、こんな危ない橋を一緒に渡ってくれる友人なんて――。


「……」


 私の脳裏を、一瞬だけ、鮮やかな黒髪が過っていった。


 けれど、彼女をこれ以上巻き込みたくはない。眼球ひとつ、決して、安くはない代償だったはずだ。



「……どうかしたのか?」


「ううん、なんでもない。それで、どうするつもりなの?」


「ああ、もう、こうなったら手は一つ――風紀委員と真っ向からやり合わず、陽動作戦を行うしかない」



 そこで、先生は手のひら大の箱を一つと、親指ほどの大きさの駒をいくつか"創造"した。それをちょいとつまみ上げると、何やら、規則正しく並べていく。


「いいか、この箱を演算炉だとしよう。正面には恐らく警備隊の本隊がいる。ここに真っ向から突っ込めば、俺たちは全滅だ」


 そこから、さらに別の形の駒を"創造"し、箱の側面に配置する。



「やるとすれば、人気の少ない裏手からの奇襲――向こうの警備の薄い部分から、こっそりと忍び込むのが最良だろう」


「……それを、上手くいかせるために、陽動を?」


「ああ」先生は、さらにいくつかの駒を、箱の正面に並べる。

「俺とカレン、あとは【トリカブト】の戦力のほとんどを、ここに投入して、派手に暴れる。ニセ【トリカブト】の連中も、扇動できたら最高だな。とにかく、お前が忍び込むまで、こっちは耐え忍ぶしかない」


「……その後は、どうするの?」


「お前が演算炉を停止させたのを確認してから、俺たちは離脱する。一応、カレンか俺――動ける方が、お前を迎えに行く予定だ」



 ただ、と先生の顔が曇る。



「お前に護衛をつけなきゃならない都合上、正直、俺たちが耐え切れるかどうかはかなり怪しくなってくるな」


「……そんな、それじゃ、私は一人で――」


「減点だ、ヴィオレット」



 ピシャリ、と先生は私を叱りつける。まるで、教室での居眠りを咎めるように。



「お前は、とにかく計画の本旨に集中しろ。停止時のエネルギーを上手く抑え込めなきゃ、命だって危ないんだ」

「なら、私も正面の戦闘に……」


「もっと駄目だ。戦いなどしたら、大規模創造に支障が出ることくらい、お前もわかってるだろう」



 う、と言葉に詰まった。


 確かに、先生の言う通りだ。私には役割がある。どころか、作戦の要だ。無計画に動くわけにはいかない。


 しかし、このままではやはり、先生たちの身が危ない。なんとか上手い方法が、ないだろうか――。




「――なら、僕が戦列に加わるよ」






 

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