Episode 26.「次の舞台」
「【全身鎧】の強みは、正しく、その身に纏っている強固な鎧にあるっす」
カレンは手にした飲み物の蓋を捻りながら、淡々とした調子で、そう話し始めた。
先程の一戦から、ほんの数分。昼休みの終わりまであと15分ほどを残して、私たちは語り合う。授業なんて、私はサボっても構わなかったが、彼女は風紀委員だし、ここにも体育の授業を受けに、生徒たちがやってくるだろう。
【Helper】に表示された文字盤を見ながら、私は答える。
「鎧、ね。確かに、なんか派手なの着込んでたけど」
私は明るくないけれど、それこそ、SFモノのコミックに出てきそう――なんて、印象を受けたことを覚えている。
「そうっすね、名前の由来にもなったあの装備が、あいつの戦闘力の源になってるんすよ」
「戦闘力……って、ただの鎧じゃない? 確かに、攻撃は効かなさそうだけど……」
それこそ、【ARC】能力なら、鎧の上から拘束する方法などいくらでもある。
旧時代とは違う。暴徒の鎮圧に銃火器やテーザー銃を使用したりもしない。であれば、あんな鎧は、動きが鈍くなる分、不利なだけだと思うのだが。
そんな私の予想に反して、カレンは首を振った。
「そんなこともないんすよ。まず、あの鎧は全部【ARC】によって、"創造"されたものっす。動きを鈍らせるほど重くないし、後から能力でいくらでも拡張できるんす」
「へえ、そうなんだ。でも、その上から拘束しちゃえば――」
「そこで厄介なのが、あいつがこの鎧を十全に使いこなしてることっすね」
そこで、カレンは立ち上がる。そして、足元に視線を向けると、彼女の両足に"造源"がまとわりついていった。
数秒の後、現れたのは鎧のブーツ部分。細部は少しだけ【全身鎧】のものとは違ったが、彼女の足のラインにフィットした、動きやすそうなデザインだ。
「例えば、あいつがよくやる移動手段として、このブーツを変形させる、っていうのがあるっす」
「……変形?」私は聞き返す。
「うい、まあ、見ててください」
言うが早いか、彼女の履いたブーツの踵部分が、爆発的な速度で伸びた。
自然、押し出された彼女の体は、前方に加速する。人間のそれとは違う、そう、形容するのなら――バネ人形のような動きで。
「――っ! これって!」
私はそれに、見覚えがあった。あのショッピングモールで、【全身鎧】が見せた動きがまさにこれだ。
カレンが着地する頃には、踵の部分の"造源"は解けて消えていく。そうして、バランスを取るように片足で立った彼女は、くるりと振り返る。
「うい、うい。こんな感じで、素早く移動したり、時には鎧の一部を変形させて、敵と距離を取ったり。鎧を攻防一体の要として、全身を活用して戦うのが、あいつのやり方っすね」
なるほど、と私は膝を打った。
確かに、これならば近接での戦闘では無類の強さを誇るだろう。拘束具を嵌めようにも、あのバネ人形のような飛び退きや、鎧の一部を脱ぐような動きを絡められれば、かなり骨が折れそうなのは一目でわかった。
「まさに、そこっす。修羅場を潜っているだけあって、一年や二年訓練しただけの風紀委員じゃ、相手にもならないんすよ」
「……なら、なおさら、私なんて通用しなさそうだけど」
「普通なら、そうかもしれないっすね。でも、シオン先輩には規格外の【ARC】がある」
私は、手のひらに目を落とした。
正直、まだ、この力を使いこなせているとは言えない。大きなものの"創造"にはそれなりに時間がかかるし、創れるものの限界だって、測りかねている。
「そんなに、いいもんじゃないけどね」
自嘲するように、私は。
「不安定……っていうのかな、思うように力を引き出すことも、まだ、できてないし」
「ふうん、もしかして、それが能力を隠している理由だったりするっすか?」
私は答えなかった。カレンには露見してしまったが、そもそも、フウリンからは口止めされている。曲がりなりにも風紀委員に口を滑らせれば、彼女にも何かしら、不利な影響があるかもしれない。
だから、とりあえず話を逸らすことにした。
「……とにかく、やるなら、広範囲を一気に。例の踵を伸ばした緊急回避も間に合わないくらいの速度で、逃げ場を無くす……っていうのが、一番いいのかな?」
「そうっすね、アタシも、その作戦が一番だと思うっす。もっとも、向こうもそれは警戒してるでしょうから、何か気を引く手段は必要だと思うっすけどね」
「……気を引く、か」
私はぼんやりと思考する。
こんな時、サクラが協力してくれれば、話は早いというのに。
あの時、ショッピングモールでは怪我のせいもあって、不覚を取ったようだったが、彼女のカタナの腕前ならば、きっと、【全身鎧】にも引けを取らない。
しかし、たらればをいくら並べても仕方がない。今はとにかく、手持ちのカードで戦うしかない。
「ちなみに、あなたは一緒に戦ってくれるの? さっきも、槍を使って戦えるみたいだったし……」
私の問いかけに、カレンは再び首を振る。
「いえ、それは難しいっすね。アタシは当日、避難誘導をする予定っす。シオン先輩は、そのごたごたに乗じる形で、【全身鎧】の捕縛に挑んでもらうことになるっすね」
「……避難誘導?」
「うい。まあ、次に【全身鎧】の出現が予想されている場所が、場所なもんでして」
そこで、彼女は【Helper】を翳してくる。同時に、手首に僅かな振動。見れば、メッセージが送られてきていた。
短い文面――日付と、大体の時間帯が載せられている他には、写真が一枚と、外部のウェブサイトへのリンクが一つだけ、記載されている。
深く読み込むよりも早く、目に入ってきたのは写真の方だ。そこに写った景色を目にして、私は思わず、驚愕してしまう。
「――え?」
まず見えたのは、観覧車。コロニーの建築制限ギリギリのところを攻めたというそれは、他の地区からも見えるほどの大きさを誇っている。
ローラーコースターは、【スクールヤード】に三つある遊園地の中でも、最速を誇るそのスリルを売りにしていたはずだ。絶叫系が苦手な私は避けていたが、特徴的な車体の形には、見覚えがあった。
その他にも、メリーゴーランド、コーヒーカップ、ゴーカート……どれもに、胸の奥を撫でるような懐かしさが残っている。
「……明後日、祝日なのは知ってるっすよね?」
「うん、確か、今の長官……デルフィン長官だっけ? の、就任記念日とかで」
「そう、まさに、【全身鎧】……いや、彼の率いる【トリカブト】は、その日にテロを起こすつもりなんすよ」
「でも、どうしてここなの?」
私は、声の震えを隠すように努めながら、そう問いかけた。よりによって、どうして。
そんな動揺を知ってか知らずか、カレンは事も無げな様子で続ける。
「まあ、襲撃の候補は何箇所かあるっすけど、ここは"管理者"時代のデルフィン長官が私財を投じて、建設を急がせた場所でもあるっす。だから、何か秘密があるんじゃないかと、そう睨んでるんじゃないですかね」
秘密。
そんなものが本当にあるのかはともかくとして、私は、その場所のことをよく知っていた。
一日では回りきれないくらいのアトラクションとアクティビティがある。そして、夕方になるとパーティが始まって、園内はきらびやかな輝きに包まれるのだ。
「……ともかく、ここが次の襲撃地点であることは、疑いを挟む余地もないっす。南地区、中央に位置する、コロニーでも有数の規模の遊園地。名前を――」
どうして、私がそんなに詳しく知っているのか。それは――。
「――テーマパーク、"コスモ・エクスプローラ"。シオン先輩には、ここに客として潜り込んでもらうっす」
――昔、ソーヤと共に訪れた場所だからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます