Phase3 「私の指が触れてしまう」

Episode 22.「レジスタンス」

 コロニーの天気は、自動で決まる。


 天井近くに存在する空調設備と照明、それに、雨雲の発生装置を使用した降雨も設定されている他、四季もAIの制御によって調整される。


 そのため、前時代的な"天気予報"は存在せず、あるのは"天気予告"だけ。予報外れの雨に泣かされるような風流さえ、私たちの生活圏には存在しない。


 そんな、作られた夏の生温い風を頬に受けながら、私はぼんやりと外を眺めていた。


 午前10時。教室の窓から見える景色には、何の変わり映えもない。だからこそ、考え事をするには丁度良かった。



 ――昨晩、思いついた妙案を打ち明けた私に待っていたものは、サクラの拳骨とお説教だった。



「あんた、テロリストに自分から挑んでいくなんて、駄目に決まってるでしょ!」


 そこから、まさか消灯時間いっぱいまで絞られるとは露とも思っていなかった。おかげで、瞼の奥にこびり付くような眠気が残っている。


 とはいえ、気軽に欠伸をすることもできない。流石に、ここ数日の素行が災いしたのか、リンドウ先生の視線が厳しい。


 いつものように微睡みに身を任せるわけにもいかず、できることと言えば、思考を巡らせることくらいだ。


 ――【全身鎧】を捕まえるという案は、決して悪くないと思う。


 私にだって、その危険性はわかっている。相手は風紀委員連合にも目をつけられるような凶悪犯だ。何が起こってもおかしくはない。


「……い、……レット」


 それでも、確実にデルフィン長官に近付くことができる方策ではある。私の【ARC】の力を使えば、決して不可能ではないだろう。


 問題は、そちらではない。あの【全身鎧】の居所を、どうやって探し当てるか――という部分である。


「……ヴィオ……いるの……」


 これまでに事件を起こした施設や場所を調べれば、何かわかるだろうか? いや、私にそんな探偵じみたことができるとは思えない。


 となれば、私が頼れるのはサクラくらいだ。彼女ならば、風紀委員のデータベースから情報を持ってこられるだろうから、どうにか――。



「シオン・ヴィオレット、聞いているのか、前を向け!」


「もーっ! うるさいな先生、聞こえてるってば!」



 リンドウ先生との怒鳴り合い。これもまた、私の日常だ。というか、本当は一分ほど前から、真横に立っていることには気が付いていた。


 そこからは、ひと通りいつも通りのお説教。昨晩も今日も、もううんざりだ。適当に聞き流しながら、何気なくテキストに目を落とす。


 コロニー史の授業。こんなもの聞いたって、どうにもならないじゃないか。【スクールヤード】がいつできて、どんな歴史を辿ってきたのかなんて、これっぽっちも興味がない。


 私が考えなきゃいけないのは未来のこと――ソーヤと、どうやってこれからも一緒にいるのか、それだけなのに。


「……ということだ、わかったか、ヴィオレット」


 ようやく気が済んだのか、お小言はそこで止まった。私が不服さを噛み殺して頷けば、先生もまた不機嫌そうに、教壇の方に戻っていく。


「よし、すまないな、授業を止めて。それじゃ、続きからいくぞ。34ページ、"レジスタンスの出現"から。ええと、今日の日付は……」


 仕方なくテキスト用のタブレットに目を向けた私は、その単語に、思わず反応してしまった。


 レジスタンス。

 【全身鎧】も、レジスタンスの一味だと聞いたことがある。何とかとか言う団体の、元締めだとか。


「……」

 私はテキストを視線でなぞりながら、ぼんやりと思う。


 彼らの考えが、理解できなかった。ショッピングモールの時のような、大規模なテロに巻き込まれたのは初めてだったが、多くの人が傷付いて、多くの人が被害を被ったように見える。


 一体、そこまでして何がしたいのか――私には、到底わからない。


 大体のものは"創造"することができる。

 このコロニーには、何もかも揃っていて、私たちは不自由なく大人になることができる。


 だとすれば、これ以上望むものなんて無いはずなのに――。



 ――本当に?



 考えれば考えるほど、心がささくれていくような気がした。だから、それから逃げるようにして、私は手を挙げる。


 滅多に授業で挙手などしない、私の意外な行動に、リンドウ先生が目を剥くのが見えた。それに構わず、私は問いかける。


「……ねえ、先生。レジスタンスって、なんで存在するの?」


 誰かが傷付けば悲しいはずなのに。

 誰かが死んでしまえば――耐えられないはずなのに。


 先生は私の方を見つめながら、しばらく黙していた。どう答えるのか、迷っているのかもしれない。難しい問いかけをしている――その自覚は、少なからずあった。


 答えが返ってくるまでに、数十秒。沈黙は鋭く、私を苛んだ。



「……どうして、か。むしろそれは、お前の方がわかりやすそうなものだけどな」


「どういう意味、それ……?」

 私の言葉も、思わず尖る。


「言葉通りの意味だ。丁度いい、テキストを読め。そのページの一行目からだ」



 なぜ"丁度いい"のか。疑問をぶつけるよりも早く、私の視線はタブレットに落ちる。そして、見つけた文の群れを、何も考えず、読み上げる。



「……『レジスタンスと呼ばれる反秩序組織は、各コロニー建設が一段落し、運営体制が整った後に現れ始めた。その目的は、武力によるコロニー体制の転換、政治的主張の強要、宗教的理想の実現にある』……?」


「うむ、ありがとう。つまるところ、自分たちの意見を通すために、力を使う連中、ということだな」


「でも、先生。この【スクールヤード】は"学生の國"だよ。政治的主張とか、宗教とか、そんなの大人たちより、ずっとずっと――」


「――悪いな、そこまでだ」



 リンドウ先生は冷たく言い放つ。もう、問答は終わりだと言わんばかりに。


「この世のどこにでも、"わだかまり"はある。その答えで満足しないのなら、授業の後にいくらでも付き合ってやる。だからこれ以上、皆の時間を無駄にしないでくれるか?」


 そこでようやく、私は我に返った。周囲からの、冷めた視線が痛い。一体何をそんなにムキになっているのかと、そう、言外に問われているかのような。


「……はい」


 そうなればもう、大人しく着席する以外の選択肢などあるはずもなかった。


 私には、平和に見えるこのコロニーに、もしも、彼らが暴力を振るわなければならないような、そんな"わだかまり"があるとしたら、それは一体、何なのだろうか。


「……そんなの、わかるわけないじゃんか」


 誰にも聞こえないように、小さく呟く。【全身鎧】の居所を探るための足しになるんじゃないかと思ったが、そもそも、理解できないのだから、考えても仕方ない。


 ふと、教室の中を見回せば、斜め前の席にいるサクラと目が合った。その、咎めるような視線に耐えきれず、私は思わず、目を逸らしたのだった。

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