第20話 エピローグ
ゴールデンウィーク後半の連休二日目。龍平は駅前で待ち合わせをしていた。集まるのは文芸部のメンバーたち。昨日の夜に由利からメールがあったのだ。「明日はハイキングに行くから駅前に集合するように」と。そういうわけで、今日の龍平はジーンズにスニーカーという動きやすい服装だ。ここから電車で一時間かからないところに手頃なコースがあったはずだから、そこに行くのだろう。
「おはよっ」
「おはよう、龍平くん」
葉月と伊吹がちょうど一緒に来た。二人ともハイキングを意識してのパンツルックである。伊吹は弁当まで用意してきてくれていた。
「こういうのが葉月と違うところだよな」
「そう言うと思ったよ。私がお弁当を作らないなんて誰が決めたのさ」
「あるの?」
「ないよ」
時間無駄にした。
それから順々に先輩たちが来たのだが、不思議なことに二年生はあまりハイキングっぽくない格好だった。浩史や宋次郎はともかく、美紗子はロングスカート、由利はブーツである。
「それでは出発するか。今日の目的は一年と二年の親睦を深めることにある。積極的に交流して欲しい」
全員が集まったところで由利はそう言って、駅に向かおうとはせずに違う方向に歩き始めた。
「ちょっと待ってください由利先輩。今日はハイキングじゃないんですか? 電車で移動しないと……」
「何か勘違いしているようだな龍平。文芸部のハイキングといえば、その辺を歩きながら俳句や川柳を詠んでいく『俳句ING』に決まっているだろう」
「酷いダジャレ!」
ちゃんとインターネットで調べて準備してきたのに。万が一のために方位磁針とか持ってきちゃったよ。
浩史が頭に手を乗せてぽんぽん叩く。
「悪い悪い。これって毎年恒例なんだよ。で、新一年は必ず引っかかるんだ。俺らも去年はハイキングだと思って来たわけ」
美紗子は「ごめんねぇ」と微笑み、宋次郎は「ふっ、くだらん」と言いつつ手にはすでに筆ペンを握っていた。やる気満々だ。
絶対に来年は後輩を騙してやろう。
由利は用意しておいた筆ペンと長方形の紙の束を一年生に配った。今日できた俳句や川柳は後で顧問の百恵が評価し、一番いい作品の作者には何かいい物が贈られるらしい。百恵のことだから、きっとロクな物ではないだろう。
「ほら、もう始まっているぞ。『さあ行こう 素敵な今日が 待っている』」
「早速詠んだ!」
ハイキングではなくても、要は散歩だ。空も快晴で、休日の過ごし方としてはなかなかいいではないか。
「ちなみに今日のNGワードは『最上川』と『天の香具山』だ。これを使わないように気をつけるんだぞ」
「その心配はないんじゃないですかね!」
そうして俳句INGが始まった。葉月はノリノリで見た物で詠みまくり、逆に伊吹は恥ずかしいのか声に出さずに筆ペンを走らせている。龍平も、とりあえず目に入った光景を五七五に変換してみる。
目的は俳句の他にも先輩と後輩の交流というのがあるので、二年生は一年生と積極的にお喋りをしている。宋次郎の持病も今日は臨時休業らしい。
いつの間にか、龍平と由利が先を歩くような形になっていた。
「葉月のラ会行きを阻止してくれたこと、改めて礼を言う」
突然、由利がそんなことを言い出した。
「お礼を言われるようなことじゃないですよ。……でも、俺は逆にラ会が心配です。あの馴れ合いの空気のままだったら、組織を作った意味がないというか……」
ライトノベルで由利を見返すため、本気でライトノベルに取り組むために秋乃はラ会を作ったはずだ。秋乃の熱意と、ラ会の空気には温度差があるように感じる。
「言いたいことはわかる。秋乃の奴、一度だけ私にグチをこぼしたことがあるんだ。『ラ会が、自分の理想と離れていく』とな。葉月や浩史の獲得に必死なのも、はっきりと遠慮なく意見が言える人間が欲しいのだろう」
「ああ……なるほど」
浩史に関してはもっと別の感情もあるだろうけど。果たして浩史の由利への気持ちを知ってしまった秋乃はどうするのか。第三者としては非常に気になるところである。
由利は一つ息をついた。
「あいつにはちゃんとした小説を書けるだけの腕がある。環境に恵まれれば、それこそプロを目指せるだけのところに行けるはずなのだ」
もしかして、秋乃に文芸部に戻ってきて欲しいのだろうか。そんな気持ちを言葉の裏に読む。前はライトノベルを知らないばかりに対立してしまったが、今は批評できるだけの知識は蓄えている。だから、ラ会よりも質の高い批評ができる文芸部でプロを目指さないかと。
でも、龍平は問いたださなかった。何故なら、ツンデレの由利が素直に答えるはずがないから。
あるいは、文芸部とラ会という今の状態を楽しんでいるのかもしれない。
「ところで」と、由利は話を変えた。
「ショックからは立ち直ったか?」
「そもそもショックなんてそれほど受けてないですよ」
あの批評会、当然のように龍平はメッコメコにされた。いや、あれはズッタズタといった方が正しかったかもしれない。その後の葉月の批評が軽く思えたくらいである。ある意味で作戦は成功した。
口ではそんなことを言いつつ、昨日はずっと家にこもって動画サイトで動物の赤ちゃんを観ていた。癒しというのは大切である。酷評を受けた葉月の気持ちがよくわかった。「そんなに言わなくてもいいじゃん」って思っちゃうよ。
「……しかし君の小説だが、下手なのは間違いないが所々いい感じの部分があった。プロの文章をそのまま引用したりはしていないよな」
「そんなことするわけないじゃないですか。パクリなんて死んでもしません」
「ふむ……、君が盗作など微塵も疑ってはいないが……。腕を上げたということか」
「俺は日々成長してるんです。今は所々かもしれませんけど、いつかそれを全体に広げてみせますよ」
さすが人の何十倍もの読書量を誇る由利。まったくの素人である龍平の作品の中にプロが介入した痕跡に気づくとは。母はライトノベル作家なわけで、葉月にとっては神、由利にとっては悪の権化ともいえる存在だ。面倒なことになりそうなので今は明かさないでおく。
「君たちがこれからどんな作品を書いていくのか、楽しみでならないな」
心底嬉しそうに、由利は言う。
「これで由利先輩も書いてくれたら、もっと楽しくなりますよ」
その一言で、由利はすべてを察したようだった。口を滑らせたのではない、最初から言う機会をうかがっていた。
「誰から聞いた?」
浩史だと答えると、由利は「あいつめ」と後ろでお喋りをしている浩史を睨んだが、すぐに「まあ隠してもいずれわかることか」と切り替えた。
「あれだけ偉そうに批評をしていながら、私は書くのが下手だ。そしてそのせいで部を混乱させてしまった。見損なったか?」
龍平は首を横に振る。
「そんなことないです。でもみんな、由利先輩の小説を待ってると思います。下手どうし、頑張りましょうよ」
「ふふ、偉そうに。だが、私もいつまでも逃げ回っているわけにもいかないな。書きたいネタはたくさんあるのだ。書いてみるかな。……というか龍平よ、君は早く私の作品をメッコメコにしたいだけではないのか?」
「まさか。俺は自分がボコボコにされたからって仕返しで酷評するような男じゃないですよ。ちゃんと客観的に批評しますって」
「どうだかな」
言いつつ、由利は笑っていた。
おかしなものだ。本屋で売っているプロの小説の方が面白いに決まっているのに、近くにいる素人の小説の方が楽しみでならない。
その時、後ろを歩いていた美紗子が二人を呼んだ。
「由利ちゃーん、龍平くーん、そこの公園でお昼にしようよー。伊吹ちゃんがお弁当作ってきてくれたってぇー」
振り返れば、美紗子が手を振っていて、その隣では伊吹が作った弁当を葉月が自分の物のように掲げていた。
「もうそんな時間か。龍平、午後は私と俳句対決といこうか」
「そうですね、部長」
最初に文芸部を地味だと言ってしまったことを訂正しようと思う。派手じゃないけど、地味でもない。強いて言うなら、楽しい部活だ。
「おっと一句できた。『後輩が 生意気すぎて 最上川』
「それNGワード!」
ライトらいてぃんぐ 霜月久弐 @rei0398
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