第18話 メロスのバイク②

 五月に入って最初の登校日、教室に入るとすぐに津村に捕まった。

「さあて、連休は何をしていたのか教えてもらおうか」

 バスケ部は一日だけ休みがあったようで、津村から誘いのメールが来ていたことを思い出す。十秒で断りの返信をした。

「特に何もしてねえよ」

「だったら付き合ってくれてもよかったじゃんよ。隠すなよ。君島さんとデートとかしてたんだろ?」

 まだこいつは葉月との関係を疑っているのか。しつこい奴である。

「違うって。……部活してたんだよ」

「部活って文芸部? へえ、休みでもやるんだな。つーか、やっぱり君島さんとは会ってたんじゃん」

 事情を知らない津村はそんなことを言って細川のところへ行ってしまった。

 やっと席につくと、今度は伊吹が来た。こちらは大歓迎である。

「龍平くん、部活……あったっけ?」

「いや、学校に来たわけじゃなくて、部屋で個人活動してただけなんだけど」

 ほのかに、伊吹の表情が緩んだ。

「小説、書いたの? 私、読んでみたいっ……」

「あ、いや、そのうち読んでもらおうとは思ってるんだけど、今は……」

 時計を見ると、まだホームルームまでは時間がある。龍平は原稿を入れたファイルを鞄から取り出すと席を立った。

「葉月ちゃんのところ、行くの?」

「うん。あいつに言わなくちゃいけないことがある」

 A組の教室に行って、ドアの近くから教室を覗いてみる。葉月はいつも堂々とD組に入ってくるのだが、龍平はそこまで図々しくない。近くにいた女子に声をかける。

「はづ……君島さん来てる?」

 するとその女子は「あっ」と声をあげ、教室の中に思い切り叫んだ。

「葉月ちゃん隠れて! 柚木くん来た!」

 それに答えるように机が動くガタガタという音が聞こえて、何かを確認した女子は龍平に向かって満面の笑み。

「ごめんなさい。葉月ちゃんはまだ来てないの」

「堂々と居留守宣言してるけど!?」

「違うって。今のは私の独り言だもん」

「独り言でけえよ! んじゃ、入るよっ」

 葉月が来ているのは確定している。だったらもう呼び出してもらわずに入った方が早い。制止しようとする女子を乱暴にならない程度に押しのけて、龍平はA組に入ろうとする。

「あ、ちょっ、みんな! 対柚木くん陣形!」

「まかせろ!」

 次の瞬間、A組にいた生徒たちが雑談を打ち切り、訓練されたかのような動きで壁を作っていく。龍平がまだ一歩しか教室に入っていないというのに、そこには葉月を守っているであろう人の壁ができあがっていた。ぴったり揃った声が教室に響く。

「One for all! All for one!」

「何だよこの一体感! うわっ」

 龍平は体格のいい男子三人に担がれて、そのまま廊下を進んでD組まで帰ってきてしまった。伊吹の前に投げ捨てられる。

「龍平くん……おかえりなさい」

「……ただいま」

 恐れるべきはA組の団結力。

 あいつ、クラスメイトの協力までしてもらって、文芸部と顔を合わせないつもりだ。合わせる顔がないのだろうが、そうはいくものか。

 こうなったら、意地でも捕まえてやる。

 龍平の意気込みもむなしく、葉月と接触できないまま放課後になった。A組に行っても壁を作られてしまうので入りようがない。試しに津村と細川を壁にぶつけてみたが、あえなく跳ね返ってきた。葉月の奴は、いつまでこんなことを続けるつもりなのか。

 ホームルームが終わってA組に行っても当然のように葉月の姿はなく、伊吹と共に視聴覚室に行ってみるとラ会のメンバーは数人いたが、葉月は来ていないとのこと。

 もしかしたらと部室に向かう途中、伊吹が口を開いた。

「龍平くんは、葉月ちゃんに戻ってきて欲しいの?」

「……質問返して悪いんだけど、伊吹さんは?」

「私は、戻ってきて欲しいけど……。葉月ちゃんのことを考えると、ライトノベル同好会の方がいいかもって……思うこともある、かな」

「俺もその方がいいかって思ったこともあったんだけど、それだとあいつのためにならないって気づいたんだ」

「え? どういうこと……?」

 伊吹はまだ知らないのだ。葉月がラ会に行ったらどうなってしまうか。ラ会というのが、どういう組織なのか。

 話せばきっと、伊吹も葉月を連れ戻すのに協力してくれる。部室で説明して、これからのことを考えよう。

 図書館に併設された司書室兼文芸部室のドアを開けると、由利と浩史がいた。長机の上には封筒が置かれている。それを見つめる先輩二人は、どこか暗い表情だ。

「こんにちは。……あの、どうしました?」

 答えたのは浩史。

「さっき、葉月が退部届を出しに来た。入れ違いだな」

「なっ……!」

 ついに決めたか、あいつ。今日ずっと逃げ回っていたのは、退部を決めていたからもう会う必要がないとでもいうのだろうか。いや、そこまで薄情な奴じゃない。単に、退部すると言うタイミングを計りかねていただけだ。

「由利先輩っ! 葉月ちゃんの退部、認めたんですか?」

 伊吹が身を乗り出す。由利は首を横に振った。

「私はあくまで部長としてこれを受け取っただけで、受理するのは顧問だ。ウチの顧問はなかなか捕まらないから、渡すのは明日以降になるだろうな」

 辞める辞めないは、最終的には本人の意思だ。葉月がそう決めたなら、誰も文句は言えない。でも、交渉する余地はあってもいいではないか。葉月には、すべてを知った上で考えてもらいたい。文芸部か、ラ会か。

「由利先輩、それ、まだ預かってもらっていていいですか? 俺、あいつを連れ戻してきますから」

「ほう。連れ戻す、か。ラ会の本質に気づいたな?」

「はい。俺、頭もいいし察しもいいんで」

「その上で葉月をこっちに連れてくるか。理由を聞こう」

 挑発的な由利の表情。笑顔よりも、怒った顔よりも、何よりこの表情が一番似合う。

「二つあります。一つは、俺は努力を見せない人が好きだからってことで、もう一つは、俺は常に何事にも全力を尽くす主義だからです」

 そう言うと、由利は微笑んだ。

「ふふ。わかった。これは預かっておこう。では龍平、君に期待することにしよう」

「はい。入れ違いってことは、まだあいつは校内に……」

 龍平の声を遮って、部室に新たな客が現れた。

「失礼します!」

 秋乃である。その手には、葉月の退部届と同じ封筒が握られていた。

「なんだお前か。何か用か?」

 嘆息する由利に対して、秋乃は誇らしげに笑う。

「つい先ほど、葉月さんから入会届を受け取りました。これが顧問に受理されれば、晴れて葉月さんはラ会の一員です。それを報告しに来ただけですわ。まあ、すでに昨日、『Danger Elopement』の批評会もしましたし、すでに入会したようなものですけど」

 わざわざそのために来たのか。由利に因縁のある秋乃ならわからなくもないが。しかしもう批評会をしたとは。ラ会は意欲的に活動をしているようである。

 だが、それが失敗だった。由利はおもむろに席を立ち、葉月の退部届をシャツの中に突っ込んだ。

「秋乃よ。たった今、葉月の退部は保留となった。よって、ラ会への入会も保留してもらおうか」

「な、何を言うのです。葉月さんの件はもはや決定事項です。今さら……」

「ならば力づくで奪うまでだ! いくぞ浩史!」

「任せろ!」

 二年生の二人は同時に机に足をかけ、秋乃に向かって跳ぶ。話し合いで解決しようという気はさらさらない、即断即決の行動である。

「なんと野蛮なっ!」

 と言いつつ、秋乃はまんざらでもなさそうだ。その理由は明白で、想いを寄せる浩史が自分に飛びかかってきているからに他ならない。あわよくば浩史と密着してやろうという欲望が見え隠れしている。

 しかし秋乃もおとなしく入会届を奪われるわけにはいかず、そこからバックステップで部室を出る。ブレザーのポケットから携帯電話を取り出し、「緊急事態です!」と、どこかに連絡をとる。

「逃がさん! 龍平! ここは私たちに任せて葉月のところへ行け!」

「は、はいっ!」

「伊吹は援護に回れ! 秋乃は一筋縄でいく相手ではないぞ!」

「わ、わかりましたっ……」

 伊吹は言われるがままに流されていく。日常生活の中で「援護に回る」ことってない。

 逃げる秋乃は図書館を出る。意外にも足が速い。龍平も由利に並んで外に出る。すると幸運なことに前から美紗子と宋次郎が来ていた。挟み打ちの形になる。

「ドントクライ! 秋乃の持っている封筒を奪え! 部長命令だ!」

「オーケー、ボス」

 宋次郎は由利の命令に迷わず鞄を投げ捨てると、眼帯を外した。三秒後が見える眼、フォルス・アイが発動する。

「秘技、秋乃ファントム!」

 秋乃はスピードを落とさずに体を左右に振ると、右足を軸にして華麗なターンを決める。目の前にいた宋次郎からは、まるで幻を見ているような錯覚に陥るはずだ。多分。

「くっ……、しまった!」

「三秒後見えてねえ!」

 あっさり抜かれる宋次郎。しかも秋乃に追いつこうとして強引に体を捻った拍子に足をもつれさせて「こてん」とかわいくコケた。

 だが宋次郎はともかく、まだ美紗子がいる。宋次郎には悪いが美紗子の方が頼りになる。

 っていうか、どうして文芸部とライトノベル同好会という文化系の組織どうしの部員を巡る争いでこんなアクション要素が入ってくるのか。しかし冷静に考えるだけの余裕を龍平は持ち合せていなかった。

「美紗子さん……おとなしく退いてください」

 葉月の入会届をブレザーの内ポケットにしまって、秋乃は両手を自由にする。まさか美紗子とやるつもりなのだろうか。

「秋乃ちゃん、ケンカはよくないよぉ……」

 さすがに美紗子にも躊躇いが見える。が、由利は容赦なく部員に命令をくだす。

「構わん美紗子。肋骨の二、三本は私が許可する」

「どうしてあなたが許可するんですか!」

「ええい! やれ美紗子!」

「少しは聞きなさいよ! あなたはいつもっ……」

 今にも秋乃の髪が逆立ちそうだ。由利を動かせるのは由利だけ。そうなのだ。

 でも、これはシャレにならないのではないか。

「由利先輩、まずくないですか? いくらなんでも格闘技やってる美紗子先輩じゃ、秋乃先輩がケガしますよ」

 逆に美紗子が素人でないからケガをしないように上手く手加減できるのかもしれないが、何かの拍子でポキっと、ということもあり得る。

「いや、秋乃をただのライトノベルバカだと思ったら大間違いだぞ」

「え? じゃあ秋乃先輩も空手とか……」

「わずかだが……美紗子よりも秋乃の方が女子力が高い」

「だから何だ!」

 女子力で戦えるなんて聞いたことない。

「いいから走れ龍平! 葉月セリヌンティウスが待っているぞ!」

「とってつけたように文芸部っぽいこと言った!」

 だいたい、葉月は竹馬の友でも何でもない。

 でも龍平は走った。葉月を探して走った。いるとすればラ会が活動している視聴覚室。すれ違う教師に注意されても無視し、龍平は校内を全力で走り抜けた。内申点など、もうどうにでもなれ。

「葉月!」

 視聴覚室のドアを開けると、そこには男子が一人しかいなかった。確か、ラ会の見学に行った時に批評を受けていた「異世界が何とか」の作者、高城だ。

「あ……、どうしたの?」

 高城はどこか怯えた表情で龍平に向き直った。

「葉月はここに来たか?」

「君島さん? 会長に入会届を出して、今日は帰ったと思うけど……」

 葉月の奴、帰りやがったのか。おそらくは、退部届を出したことを知った龍平や伊吹が来ることを予期してのことだろう。とことん逃げるつもりか、見損なったぞ。

 龍平も一つミスに気づく。図書館から校舎に戻ってきた時に、葉月の靴を確認しておけばよかったのだ。自分としたことが、冷静さを欠いていた。

「で、お前はここで何してるの? 一人で」

「さっき会長から応援要請の電話があって、みんな会長を助けに行ったんだ。僕は非戦闘員だから……」

「他は戦闘員かよ!」

 どんな集団だよ。って、文芸部も似たようなものだけど。

 ここにいても仕方ないので、龍平はまた走って校門へ向かう。葉月が帰るならスクールバスに乗る。タイミングが悪ければバス停で待たされているはずだ。

 が、運は龍平に味方しなかった。

 龍平が校門を出たと同時に、バスが出発してしまったのだ。あれに葉月が乗っていた可能性が高い。走ったって間に合わない。浩史に自転車を借りても微妙なところだ。

 すぐさま校舎に戻ると、今度は二階の職員室を目指す。走りっぱなしで息は切れ、制服の下は汗だくだ。

「失礼します!」

 走った勢いのまま大声で挨拶し、龍平は職員室へ入る。大股でずいずいと進み、一年A組の担任のもとへ。

「君は確かD組の……」

「セリヌンティウスの住所を教えてください!」

「知るか!」

 間違えた。

「失礼しました。君島葉月さんの住所を教えてください」

 やっと呼吸が整ってきて、袖で額に浮かんだ汗を拭う。

こうなったら、直接家に乗り込んでやる。

先生は訝しげな顔を隠しもしない。

「君島の? ダメだダメだ。今は個人情報とかうるさいんだ。生徒にも教えられない」

「悪用なんて誓ってしません。見せたいものがあるだけなんです」

「一応訊くが……何を見せるんだ?」

「俺の、恥ずかしいものです」

「それ悪用だろ!」

 頑固な先生である。こうなったら最後の手段だ。

「わかりました。もし教えてくれたら、将来先生を文部科学省の大臣に任命してあげますよ」

「何様だお前は!」

 何が気に障ったのか怒りだした先生によって、龍平は職員室を追い出されてしまった。厚生労働省にするべきだったか。せっかく由利たちが時間を稼いでくれているのに、このまま葉月に会えずに明日になってしまったら、文芸部の退部とラ会への入会が受理されてしまう。

「おい、ドラゴン」

 コードネームを呼ばれた。こう呼ぶのは一人しかいないし、呼ぶのやめて欲しい。

 職員室を出たところにいたのは宋次郎だった。

 壁に体重を預けている宋次郎の頬には土がつき、ブレザーは擦り切れ、ズボンには芝生が散りばめられている。髪の毛もぐしゃぐしゃだった。

「ドントクライ先輩……どうやったらこの短時間でそんなにボロボロになれるんですか?」

「秋乃の奴の仲間が来てな。女子力に耐性のない俺はこのザマさ」

「物理的な!?」

 自分が校内を走っている間に何が起きたというのか。ラ会のメンバーが秋乃を助けにいったようだが、まさか殴り合いではないだろうな。

「……で、ドラゴン。行くんだろ? 葉月嬢のところへ」

「はい。乗り込んでやろうと思ったんですけど、俺、あいつの家知らなくて」

 すると宋次郎はくいっと親指を校門の方へ向けた。

「問題ない。足は用意してある。行け」

「足……?」

 つまりは移動手段。スクールバスに乗ってしまった葉月に追いつく方法があるというのだろうか。現実的なところでタクシーを呼んでくれたとか。いや、宋次郎が組織に頼んでヘリコプターを用意してくれたのかもしれない。

「行けドラゴン。言っただろ? 男を見せろとな」

「は、はいっ!」

 足というのが何かわからないが、龍平は先輩を信じて校門へ走る。「一体俺は何をやっているんだろう」なんて野暮なことは考えない。文芸部なんていう地味で小規模な部で起きた、一人の部員が辞める辞めないという小規模な事件で、大多数の人にとってはどうでもいいことで、だけど自分や近くにいる人にとっては大きなこと。

「よう、待ってたぜ」

 まだ馴染まない革靴に苦労しながら校門を出ると、そこには真紅のバイクと革のライダージャケットを纏った一人の女性がいた。歳は二十代半ばといったところか。明らかに生徒ではないが、教師にも見えない。まさかこれが宋次郎の言っていた「足」なのかと龍平が問う前に、その女性は無造作にヘルメットを投げて寄こした。

「あの……」

「ドントクライから聞いてる。乗りな」

 女性はバイクにまたがると、後ろの座席を軽く叩いた。これは確か、ビッグスクーターと呼ばれるバイクだ。

 肩に届かないショートカットの女性はヘルメットをかぶると、一度エンジンをふかす。下校中の生徒が視線を集める中、龍平もヘルメットをかぶった。こうなったら、この人が誰であろうと信じるしかない。

 原稿の入った鞄を片手で抱き、もう一方の手でしっかりと脇の手すりを掴む。バイクの二人乗りというと前の人に抱きつくような格好がイメージされるが、このタイプだとそうでもないようだ。だいたい、初対面の女性に後ろから抱きつくなんてできない。

「お願いします」

「任せておきな」

「うわっ……」

 そしてバイクは発進した。ある程度の速度は覚悟していたのだが、それ以上だった。風を感じるなんて余裕はなく、龍平はカーブのたびに振り落とされそうになる恐怖と戦った。バイクは次々と前を行く車を抜き去っていく。まるで映画のワンシーンのようだった。

 走る道は、駅に向かう道ではない。スクールバスを追うのではなく、葉月の家に直接行くつもりのようだ。

 何個目かの信号でやっとバイクは速度を落とし、停止した。女性が前を向いたまま口を開く。

「柚木龍平だったか。優等生顔だが、なかなか熱いじゃないか」

 宋次郎の知り合いなのだから名前を知っていることには驚かないが、迷わず葉月の家に向かっていることが気にかかる。

「どうして葉月の家を知ってるんですか?」

「そりゃ知ってるさ。私は文芸部の顧問だからな」

「へえ……はい!?」

 さらりと放たれた女性の言葉。信号が青になり、再びバイクが走りだす。

「杏泉高校図書館司書、ついでに文芸部顧問、舟木百恵。名前の由来は山口百恵。これからよろしく頼む」

 驚異的な加速に全身を強張らせながら、龍平はやっとのことで声を出す。

「よ、よろしくお願い……舟木!?」

 どこかで聞いたことのある苗字である。

「弟が世話になっている。変な奴だが、仲良くやってくれ」

「ドントクライ先輩のお姉さんですかっ!」

「さしずめ私はドントウォーリーといったところだな」

「どこもさしずめてねえ!」

 宋次郎は身内の影響で読書をするようになったみたいなことを言っていた。おそらくは、本の多い環境で育ったのだろう。そして姉の百恵は司書になった、と。

 百恵は弟の宋次郎が「あんな人」だということを知っているのだろうか。組織だとか三秒後が見えるとか。家でもあのキャラクターを貫いているのなら、もう逆に尊敬する。

「君島葉月を説得しに行くのか?」

 そういえば百恵が顧問だということは、この人が退部届を受け取ったら、その瞬間に葉月の退部が決まるということだ。

「はい。言ってやりたいことがあるんで」

「顧問としても、部員が減るのはいただけない。協力は惜しまん!」

 スピードが上がる。もしもパトカーや白バイに出くわしたらアウトだ。サイレンが聞こえてこないことを祈りながら、龍平を乗せたバイクは二車線の道を疾走する。あの世界にバイクがあれば、セリヌンティウスを待たせることもなかったのに、なんて。

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