トラブル解決のお礼は旨い飯だけじゃなかった
本当にあのバカ女神は……! 戻ったら罰として飯の量少なくしてやる。
とはいえ、助けてと言われても俺にはどうしようもないぞ。武器どころか戦いの経験はほぼゼロだ。敗北前提での喧嘩は何度もしてるけど。
それに相手の身体はゴツい。多分、あれも制服か何かなのだろう。固めの服装を着た上でも分かる筋肉量。俺が真正面から行っても返り討ちは目に見えてる。
一体どうすれば……。魔法でも使えれば逆転の糸口が見つけられるとは思うが……。
「……魔法か。あ」
ここで、俺はあることを思いつく。そういえば念のために持ってきておいたアレがあったな。それを使おう。
俺はデュリンにジェスチャーを送る。程なくして返信。
(何をしたいのか分かんないけど、この男たちを私に注目させればいいの?)
よし、ほぼ完璧な意志疎通だ。その通りだ、デュリン。頼むぞ。
珍しく言うことを聞いてくれたデュリンを信じ、俺は行動に移る。なるべく隠密にな。
「この俺たちを知らずにそんな口を叩ける度胸……気に入ったぜ、嬢ちゃん。俺たちの仲間にならねぇか?」
あ、なんかデュリンのやつ気に入られてスカウトされてやがる。
いやいやいやいや、どっからどう見てもそういう
「寝言は寝てからどうぞ。私には大事な召使いがいるの。あなたたちみたいな下品なのと比べるまでもないわ」
「……はっはっはっ! そうか、俺らを下品と言うか。ますます気に入った!」
召使いってもしかして俺のことか? あの野郎、また勝手な物言いを……。
ていうか、煽る度に相手もさらに関心を寄せてきた。やばいやばい、このまま対象を変えられて誘拐なんてされる前にやってしまおう。
「嬢ちゃん、名前は?」
「あなたの様な粗暴で野蛮な人間に教える名はないわ」
「そうかい。なら、俺たちの支部でじっくりと聞き出してやる。いいか、よく聞くといい。俺たちはこの辺りじゃ名のあるギ──」
なんか語り始めた。今がチャンス!
奴の背後に忍び寄り、そして──
「でぇりゃああああっ!!」
「ルぼっ!?」
命中。このブツによる一撃は発言途中の男の後頭部を見事に叩き、クリティカルヒットを決める。
ゆっくりと倒れ込む目標。起きあがらないことから察するに、意識も奪えたっぽい。
なんだよ、結構使えるじゃねぇかよ、最高神から貰った魔導書。一番最初の使い方が日誌でも魔法でもなく物理的攻撃手段なのは気には留めておかない。
「か……、カシラっ──!?」
この不意打ちに取り巻きの男二人──仮称としてA、Bと呼ぶ──は倒れたカシラとかいう人物に駆け寄る。
この隙に逃げるぜ。撤退だ。
「てめェ! 急になんだ! アイツらの仲間か!?」
あ、やばい。逃げられなかった。取り巻きたちが俺が逃げるのを阻止してきた。
ぐ……切り捨て御免に失敗。やっぱり無茶しすぎたか……?
「もう許さねぇからな! 覚悟しろ」
「け、剣!?」
どよめく現場。あろうことか、取り巻きAはその腰に帯刀していた武器を俺に向けてきた。
おいおいおい、初日にこんな事態に陥るのは勘弁して。まだ死にたくねぇよ!
「俺らの邪魔をするやつは容赦しねぇ!」
「う、うわああ!?」
取り巻きAが俺に迫る。ここまでか──と思ったその時だ。
「──でばぁっ!?」
「っ!? はっ、今だ!」
突然、取り巻きAの顔面に果物が命中する。リンゴみたいな堅そうな果実が砕けたレベルの勢いだったから、軽い怪我では済まないだろう
誰が助けてくれたのかは分からない。しかし、折角逃げるチャンスを手に入れたのだから、気にする前に行動すべきだ。
「デュリン! 逃げるぞ!」
取り巻きAの脇を通り、デュリンと喧嘩に巻き込まれていた少女の手を引いて路地裏の道に入る。何とか危機は脱したな。
危ねぇなぁ……。こんなスリルはもう金輪際遠慮したい。
「怖かったぁ……! ありがとう、シンヤ。信じてたよ!」
「このバカ野郎。二度とこんな無茶するな! あと俺は召使いじゃなくて教育担当だ」
本当に迷惑掛け上手だよ、お前は。心臓爆発するかと思ったわ。
だが、今回のいざこざでデュリンに関して新しく分かったことがあったのは収穫だった。これで、今後の教育に生かせるかもな。
「ああ、そうだ。大丈夫? 怪我とかしてない?」
「はい……ありがとうございます。デュリンさん」
……ん? あれ、なんでデュリンの名前を知ってるんだ? 俺の知る限りっていうか、ずっと一緒に行動してるからデュリンが俺の知らない所で交友関係を結んだ人なんていないはずなのに……?
その疑問は少女の顔を見た時にすべてを理解させた。
「あんた……」
「あの……はい。助けていただいて本当にありがとうございます、シンヤさん。さっき別れたばかりなのに、ちょっと……気まずいですね」
あの悪漢三人に絡まれていたのは、さっきのスカウトウーマンことリアンだったのか。こんな偶然、本当にありえるんだな。
あまりにも早すぎる再会だ。つくづくそう思う。
†
「さっきはお恥ずかしいところをお見せしちゃって……ごめんなさい」
「別に謝ることはないと思うけど……」
助けたお礼ということで、リアンの家で食事をサービスしてくれるのだそう。懐の分を使わずに済んでラッキーだ。
ちなみにデュリンが喧嘩にしゃしゃり出たのは、人混みの隙間からリアンの顔を見た時に思い出したからだと。寝てたくせによく覚えてるな。
「それで、何で喧嘩になんか巻き込まれてたんだ? まさか、本当に泥棒とかしたの?」
「そんなわけないですよ。あれは喧嘩じゃなくて、他のギルドから勧誘されただけなんです」
他のギルドから勧誘されてた? どういうこと?
「詳しい話は私の家でします。もう着きますよ」
という訳で到着したリアンの家。そこは他の建物と建物の間に挟まれるような形になった、細長い外観。看板もあり、そこには……何と書いてあるのかは俺には判別不能だ。
いくつか分かったのは、ここが店の類いであるということ。そして、ただの店ではないということだ。
「ただいまー」
「おかえり、リアン。今日も上手くいかなか──って、人!?」
中に入ると、外観通り奥行きのある店内に一人の女性がいた。ロングヘアーの物静かそうな見た目だ。
その人は帰ってきたリアンの後にいた俺たちを見るやいなや、目を丸くしてカウンターから駆け寄ってくる。
「リアン! もしかして……!」
「あー、ごめん。実は新しく入る人じゃなくて、いつものギルドのちょっかいに困ってたのを助けてくれただけだよ。そのお礼にさ」
「あぁ……。そ、そうだったの、それは残念ね」
うわぁ、何だろうこの罪悪感。別に入る入らないは勝手なのに、今のやりとりを目の前で見せられるのは何というか、精神的にキツい。
「すいません。妹がお世話になりました。私はこの店の店長で、同時にギルドリーダーを務めておりますレンズと申します」
「あ、はい。自分はシンヤ、こっちのはデュリンって言います」
律儀な挨拶と自己紹介に、俺らも一礼で返す。
なるほど、やっぱりここはリアンの所属するギルド本部だったってことか。まぁ、察しは付いてたけど。
「あんまりものは無いですけど、ゆっくりしていってください」
姉妹のエスコートで一番奥のカウンター席に座ると、早速メニューを開くデュリン。早えーなおい。
共に同じ料理をオーダー、出来上がるまでを待つ間にあの話の続きを聞くことにする。
「そういえば、さっきの話の続きだけど。他のギルドって……」
「ああ、あの三人組のことでしたね。彼らは『レイエックス』というギルドのスカウトマンで、私たちの様な規模の弱いギルドを勧誘しては吸収合併してるんです」
ギルドの吸収合併をしてる……? え、別に良くね? 形はどうあれギルドの活動は続けられるわけだし、それを拒む理由がスカウトマンの態度以外にあるのか?
「実はあのギルド、あんまり良くない噂が流れてるんですよ。合併したギルドの団員全員大怪我させたとか、若い女の人を連れて夜な夜な遊んでたりみたいな」
「あ、そういう……。それは良くないな」
なるほど、そんな噂があるんじゃ当然拒むわな。俺もその立場だったらそうする。
「しかも、あそこは本部が本国の方にあって、さらには優良ギルドだっていうんです。ちょっとした事件ならもみ消しちゃうんですよ!」
「うわぁ、そんなことすんのか。なおさら入りたくはねぇな」
つまり、簡潔に言うと権力者の下で好き勝手やってるグループがこの町にいるってことか。こりゃギルドっていうかほぼギャングじゃん。
他のギルドグループにとっては迷惑極まりないだろうな。設立したてのギルドは特にだ。
「もしかして、この本部の場所も割れてるのか?」
「はい、一応……。でも、そこは大丈夫なんです。ギルドの結成に当たって守らないといけないルールは最低限守ってるらしいので、直接家に来て勧誘したりすることはありません。それに、このギルドには用心棒がいますから」
「用心棒?」
一応はルールを守ってるらしいな、レイエックスのギルド員。それはそれとして、このギルドの用心棒って誰のことだ?
俺が内心で疑問を浮かべてるのを察したのか、リアンはカウンターの奥から小さな板を持ってきた。それには名前が綴られており──もっとも俺にはなんて書いてるのか分かんないけど──、その一番下にある文字を指す。
「この『ザイン・バウンザー』さんって人が、用心棒兼このギルドの男性職員です。今はお使いでいませんけど、とっても強くて頼りになるんです」
ふーん。そんな人がこのこぢんまりとしたギルドに在籍してるのか。よくスカウト出来たな。
あ、そういえばだけど、悪名轟くレイエックスに手を出した俺らって、もしかして危ない?
自衛手段も乏しく、それでいて相手は権力持ちの強敵。取り巻きに顔を見られてるから、後々報復される可能性が考えられる……。
「……どうかしました?」
「一ついいかな? 俺らがレイエックスの奴らに報復される可能性はある?」
「……ほぼ間違いなしかもしれません」
「そっか……」
うん、俺は一つ決めたぞ。
「……入るよ、ギルド。俺とデュリンの二人な」
「え……? ほ、本当ですか……!?」
この決定にリアンがとても驚いた顔で問い直してきた。それに俺は頷きだけで返答する。
今回ばかりは流石に命の危機を感じる。殺される可能性を少しで下げるなら、ギルド入団は現状での最有力防衛手段。
それに仕事が早々に見つかったのは良いことだ。その方が今後の異世界生活でも都合がいい。
「こ、ここここれで私とお姉ちゃん、ザインさんにシンヤさんとデュリンさん……全員あわせて五人……。五人……!」
震える指で俺らも含めたギルドの総人数を計算。ちょっと動揺しすぎではなかろうか? 増えたことがそんなに嬉しいのか……。
「はぁい。お待たせしました。こちら白パンのガリックトーストと付け合わせのレゴンのコンポートになりまぁす」
「やったぁ! 来た来た!」
ここでギルドリーダーのレンズさんがオーダーしてた料理を持ってきた。とても良い香りなのだが、それとは別のものが気になって仕方ない。
ぶるぶると震えるリアン。それに気付いた姉は様子を聞く。
「どうしたの? 寒いの?」
「……るって。入るって……。シンヤさんとデュリンさん、私たちのギルドに。これで、やっと五人目だよ!」
「…………!」
妹方と比べて容姿相応の静かな反応だが、目の見開き加減からどれほど驚愕しているのかを表してくれる。
そんなに驚くことなのか。五人目という言葉も執拗に連呼するから、ギルドにとって大事な数字なんだろう。
「……やったわね。今日はお店を閉めてお祝いしなくちゃ!」
「その前に入団届けと申告書! あ、それと二人用の制服を出さないと!」
目尻に涙を浮かべて静かに喜ぶ姉、早速申告の用意をするために忙しなく動き始める妹。姉妹で忙しさが違うなぁ。まぁ、嬉しい限りでなにより。
こういう経緯により、俺とデュリンはこのギルドの仲間入りを果たした。まぁ、こうなる運命だったと思っておくことにする。
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